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第三章
第32話『要所』
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【名称】ビッグベア
【種族】獣
【体力】5,200/5,200
【魔力】100/100
【属性】地
【弱点】火
【スキル】
【異常】-
パンダのような座り方をして動物を貪っているビッグベアは、私の体格より縦にも横にも大きかった。あれで立ち上がったら見上げるほどに大きくなると考えると、本当にEランク級の魔物なのかと疑いたくなってきた。
「レイン、もっかい言うけど、依頼を請けたのが私たちってことなら、私たちが倒すんだからね」
「わかったわかった。でも、危なくなったら加勢するからね」
名目として私はこの依頼に関与していない。例え私が加勢したとしても、その報酬金はチーム雷神に回る。だがそれは良くないとアンナから待ったが掛かり、極力私たちだけでなんとかする、とギルドで言われた。どうしようかと考えたが、万が一ピンチになったら、敵の動きを止めるくらいの時間は多分作れるだろうと高を括り、その提案を受け入れた。
四人は一度顔を合わせ頷くと、その場から一斉に飛び出し魔物と対峙した。魔物は突然現れた雷神を警戒しつつ、涎を垂らしながらゆっくりと近づいてきている。
すると雷神は二手に分かれ、ポールとジェイシーはその場に居座り、アンナとデニスは横方向に駆けていった。魔物は一度アンナたちのほうを見たが、逃げない獲物を仕留めるためか、じわじわとポールたちに近づいてきた。
しかし、魔物は後方の足音に気付いて振り返る。アンナたちが背後を取っていたのだ。雷神は完全に挟み撃ちの陣形をとっていた。
「同じようなことを、魔物にされたなぁ…」
しみじみと呟いた。無論、ラーシャム湖沼のときのことである。
前と後ろを同時に見ることなどできやしないわけで、今度魔物はアンナたちのほうへ襲いかかる。のそのそと歩いていたとは思えないような、俊敏な動きだった。
<<ストーンバレット>>!!
今度はジェイシーが魔法で攻撃をする。不意打ちを受けた魔物は怒り狂い、驀地に彼女に向かってきた。そしてそうはさせまいとポールが彼女の前に立ちはだかり、迎撃する構えをとっていた。
<<ブライトネス>>!!
しかし、またも後方から攻撃される。今度はデニスの魔法である。魔物は二組の間を行ったり来たりして、却って攻撃する機会を失っていた。
なるほど。相手が単体だからこそできる作戦だ。しかも戦闘に入る前に、相談などせずにただ顔を見合わせていただけだから、予めこういう戦い方にしようと決めていたのだろう。多勢に無勢とは正にこのことで、チームという利点を最大限に活かしていると言える。
あとは時間の問題だろう。相手の体力を削っていけば動きも鈍くなる。このまま手助け要らずに四人で倒しちゃいそうだな。
そう思っていたときだった。
「ぐわぁっ!!」
「ポール!!」
気を引こうとしたポールが魔物の爪攻撃に当たってぶっ飛ばされた。近づきすぎたのだ。叫んだデニスも、他の二人もポールに駆け寄ろうとした。
ところが注目の的が外れた魔物もポールに向かっていった。あの速度だとアンナたちでは追い付けそうにない。
<<ウインドカッター>>!!
ジェイシーが魔法でその動きを止めようとする。しかし、走っている魔物に当てるのは難しく。惜しくも命中しなかった。
これは、流石にまずい。そう思って魔法を唱えた。
<<サンダー>>!!
電撃はコンマ数秒で魔物の元へ届き、ほんの数秒間だけ動きを止めた。魔物はなんだと思ってキョロキョロと周りを見渡している。すると他の四人とは少し離れた位置に居た私に気付き、轟轟く咆哮を私に向け、なんと駆け走ってきた。最早目の前の餌を貪りたいという欲求は消え失せ、兎に角相手をズタズタにしたいという殺意だけが残っているように見えた。
ここまできたら加勢しない理由はないと、四の五の言わず魔法を唱えた。
<<フレイムサークル>>!!
タイミングを計って放った魔法によって、魔物は円状に燃えた炎の中へ飛び込んでいった。そのまま突っ切ることはできなかったようで、炎が落ち着くと、毛皮がはがれ皮膚がところどころ見えている魔物の姿があった。
「はぁっ!!」
更にそこへアンナの追撃が加わり、魔物は完全にバランスを崩し、身体を地面に打ち付けた。
<<エイド>>!!
その隙にデニスがポールの元に辿り着き、彼の傷を癒していた。十分に時間稼ぎはできたようだ。
魔物はまだ戦う意思があるようで、立ち上がっては身体を大きく上下に動かしている。体力は既につきそうで、注意力が緩慢になっているというのに、私という敵も増えているわけで、最早相手に勝ち目などなかった。
そこへアンナがトドメの一撃を、魔物の脇腹に食らわした。再び横たわった魔物は最初は足搔こうともがいていたが、直にその動きも無くなっていった。
これでビッグベアの討伐は完了した。ポールを除いたら全員無傷で、そのポールもデニスのお陰である程度回復しており、動きのなくなった魔物に近づき、その消息を確かめていた。
「結局レインさんに助けられちったな」
ポールは溜め息混じりに呟き、頭を搔いていた。
「ううん。みんな無事でよかったよ」
私がそう言って励ますと、ポールとアンナは困ったような笑顔を見せ、デニスは何故か恍惚な表情を浮かべていた。ただ、ジェイシーだけは立ったまま顔を伏せていた。
ヴェレンに戻りギルドで討伐の報告をする。討伐依頼だから報酬金は明日ということで、今日はもう休もうと宿屋に戻った。
その後は夕食ではチーム雷神と一緒に摂り、浴場ではアンナとジェイシーと共に今日の疲れを癒していた。そして浴場から上がり、おやすみの挨拶をして彼女らと別れた。
余談だが、浴場ではアンナがほぼデニスのことをあれこれ言っていた。不満というよりかは、彼の女誑しエピソードを二個三個聞かされた感じだった。ちょっと面白かった。
部屋に戻ってあとはやれることといえば寝ることだけだ。が、私には日記を書くというルーティーンがある。かれこれ一ヶ月以上も続けているけれど、今日みたいな外に出た日には余白が足りないと思うぐらいによく書ける。反対に、雨とかで全く外に出ない日とかになると余白が半分くらい余ってしまう。
まぁ、むしろそれがいいというか、分量に抑揚があって読み返して気疲れしないというか、普通に過ごせていると実感できる。
今日も椅子に座り日記を書こうと思ったとき、トントン、と部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「レインさん。起きてますか?」
ジェイシーの声だった。入り口へ行き扉を開けると、宿屋で提供される寝間着の姿と、真剣な表情がそこにあった。
「どうしたの?」
「その、今日のことについて、ちょっと」
その一言で、何をしたいのかはすぐに分かった。
「今日のことってことは、反省会ってところかな?」
そう訊くとと彼女は静かに首を縦に振った。それならこのままここで話すのも良くないと思い、中に入るように道を開けた。お邪魔します、と彼女は言いながら、微かな靴音を立てて部屋に入った。
「そこの椅子に座っていいよ」
私が手で示すと、失礼します、と言って彼女は椅子に腰を下ろした。常々思っていたけれど、彼女は結構礼儀正しい気がする。言葉遣いは勿論だけど、振る舞いが上品だ。
「今日の私の戦いは、どうでしたかっ」
彼女が早速本題を切り出した。私はしっかり応えられるように考えつつベッドに座った。
一見総じて問題はなかったように思える。道中の魔物は全員で個別撃破していたし、ジェイシーは私や他三人より多く敵を倒していた。
討伐対象の魔物だってしっかり貢献していたように見えた。勿論結果としてボールが危なくなっまけれど、ジェイシーもそれを助けるために魔法を唱えていたし。命中率という名の精度を上げろと言ってしまえばそれまでだが、それは一朝一夕でなんとかなるようなものではないし、上げる方法も私はわからない。
「うーん。特に気になるところはなかったかなぁ」
そう言うと、彼女は少し目を伏せた。問題ないと言われれば普通多少の安堵を覚えそうなものだけど。彼女自身は思うところがあるのだろうか。
「…ジェイシーは納得してないの?」
「…はい。…レインさんにポールを助けていただきましたが、私が助けられたらって…」
やっぱりそこか。まぁ仲間のことだから気にならないはずがないだろうけど。
あのときの情景をもう一度思い出した。ずっとジェイシーを観察していたわけではないけれど、それでも彼女を観ていて気になったことを一生懸命探した。ポールが振り飛ばされたときじゃなくても、戦闘が始まる前のことでもいいから探した。例えば、私ならこうする、みたいなことでもいいから探した。
そしてあることに気付いた。
「そうだ。一ついい?」
「は、はい!」
「ジェイシーは道中の魔物に魔術レベルが3のスキルも使ってたよね。でもクマにはどうして弱い魔法ばかりだったの?」
ビッグベアとの戦闘で、彼女は一度もレベル2以上の魔法を使っていないのだ。普通強い魔物にはそれ相応の魔法を使ったほうが手っ取り早く倒せるはずだ。魔力の節約だとしても、道中の魔物には惜しみなく放っていた。今になってみれば不思議だった。
「それは…ポールやアンナに当たるかもしれないから」
同士討ちを恐がっているのか。
確かにチームとして最もやってはいけないのは、味方に攻撃を当ててしまうことかもしれない。敵に隙を与えてしまうどころか、一気に連係が崩れてしまう。そのときはなんとかなっても、次からは不信感さえ生まれてしまうかもしれない。
でもそれで彼女の成長線の律速部分がわかった。
「ジェイシーの成長に歯止めをかけているのはそこかも」
「え?」
「ビッグベアみたいなEランク級の魔物なら弱い魔法でも対処できるかもしれない。けどランクがあがれば、魔物も強くなるはずだよね。いずれジェイシーが持ってる一番いい魔法を、彼らに当てないように放たないと勝てないときがくるんじゃないかな」
「…」
彼女は胸に手を当てて黙り込んだ。もしかしたら薄々感じていたことだったのかもしれない。
私もラーシャム湖沼でナイトホークと相対したときのことを思い出していた。あの魔物がどの程度のランクの魔物なのかは分からないけれど、少なくともEランク級の魔物ではないだろう。もしリンネがいなかったら、もし魔物の体力が満タンだったら、もし私に分析スキルがなければ、きっと勝てなかったはずだ。
「まぁ…だとして、じゃあどうすればいいかって言われたら、いい案はないんだけど」
「いえ、そんなっ。むしろ気づかせてくれてありがとうございました」
彼女はそう言いながら私に頭を下げた。そんな感謝されるほど大した助言はできていないと思っているけれど、顔を上げた彼女の表情は少し晴れたような気がした。
そうだ。この際私の戦い方についても訊いてみよう。というか元々そうやってお互い高めあっていこうという約束をしたんだった。
「逆に私はどうだった?」
「えっと、そうですね…。レインさんは、魔法の威力を上げるような練習とか、工夫とか、なされてるんですか?」
「うん?してないけど…どうして?」
「どの魔物も、私の魔法よりレインさんの魔法のほうが、威力があるような感じがしていて」
そう言われて私も考え込む。特別な練習も工夫施した覚えはない。武器によって特定の魔法が強化されることはあるけれど、今回は多分関係ない。強いて言えば…
「弱点を突いているから、かな?」
「弱点…なるほど。じゃあ今回遭遇した魔物の弱点は元々知っていたわけですね」
「そう、だね」
その場で初めて知ったケースのほうが多いけれど、そこは敢えて伏せておいた。実際ウルフギャングとかに関しては、以前別の依頼で遭遇したことがあり、弱点は知っていたわけだから、強ち間違いではない。
「凄いですね…。獣系の魔物は弱点を探すのに苦労したんじゃ?」
「えっ、どうして?」
「獣系統の魔物は固定した弱点というものが無くて、種族ごとに違うと習いました」
魔物の種類ごとに固定した弱点があるのか。初めて知った。んで、獣系の魔物は固定の弱点がないのか。いいことを知った。
「へぇ。誰に教えてもらったの?」
「あっ、その、誰というか、学校で」
「え?」
学校?この世界の学校は王族、貴族や富豪ぐらいしか入学できないはずだ。いやまぁ私みたいにギルドから特別講師として呼ばれることがあったのかもしれないけれど。それにしても、習った、って言い方はしない気がするな。
「もしかして、ジェイシーって高貴な人?」
「…はい。恥ずかしながら」
思わず目を丸くした。こんな身近にいると思ってなかった。今まで馴れ馴れしく話しかけてしまっていたのが凄く恥ずかしくなってきた。
「あっ、でもっ、だからといって今まで通りの話し方にしていただけたほうが、私も緊張しなくなるのでっ、そうしてくれればと」
「…そのほうが私もありがたいかも。でも、ってことは他の三人も?」
「いえ、三人は貴族的な身分ではないんです」
ってことは学校に通っていたのはジェイシーだけなのか。吃驚するところだった。これで四人とも貴族なんて言われてしまったら、明日から身の振る舞いを見直さないといけないところだった。
「でも、身分なんて関係なく引っ込み思案の私に常に気を掛けてくれて、遊んでくれて、冒険にまで誘ってくれたから、三人が大好きなんです。だから力になりたいんです」
彼女は小さく、しかしはっきりと聞こえる声で話した。心の奥底から湧き出てくるような想いが如実に表れていた。
彼女がここまで本気で強くなりたい気持ちが初めてわかった。
夜も更けていき、部屋の外の廊下を歩く足音は聞こえなくなり、冒険者も就寝する時間帯になってきた。
「そろそろ部屋に戻りますね。すみません。夜に押しかけてしまって」
ジェイシーも椅子から立ち上がり、軽く会釈をして部屋から出ようとしていた。
「ううん、全然。また明日も頑張ろうね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
彼女が私の部屋から退いて、一人の静かな時間がやってきた。騒がしかった昼が嘘のようである、
ベッドに仰向けに倒れ込み、暗い天井をぼうっと見つめ、彼女が成長できる案を考えた。何か策はないかと模索した。しかしチームで活動していない私には具体的な考えが纏まらないまま、気づけば脳の意識を失っていった。
【種族】獣
【体力】5,200/5,200
【魔力】100/100
【属性】地
【弱点】火
【スキル】
【異常】-
パンダのような座り方をして動物を貪っているビッグベアは、私の体格より縦にも横にも大きかった。あれで立ち上がったら見上げるほどに大きくなると考えると、本当にEランク級の魔物なのかと疑いたくなってきた。
「レイン、もっかい言うけど、依頼を請けたのが私たちってことなら、私たちが倒すんだからね」
「わかったわかった。でも、危なくなったら加勢するからね」
名目として私はこの依頼に関与していない。例え私が加勢したとしても、その報酬金はチーム雷神に回る。だがそれは良くないとアンナから待ったが掛かり、極力私たちだけでなんとかする、とギルドで言われた。どうしようかと考えたが、万が一ピンチになったら、敵の動きを止めるくらいの時間は多分作れるだろうと高を括り、その提案を受け入れた。
四人は一度顔を合わせ頷くと、その場から一斉に飛び出し魔物と対峙した。魔物は突然現れた雷神を警戒しつつ、涎を垂らしながらゆっくりと近づいてきている。
すると雷神は二手に分かれ、ポールとジェイシーはその場に居座り、アンナとデニスは横方向に駆けていった。魔物は一度アンナたちのほうを見たが、逃げない獲物を仕留めるためか、じわじわとポールたちに近づいてきた。
しかし、魔物は後方の足音に気付いて振り返る。アンナたちが背後を取っていたのだ。雷神は完全に挟み撃ちの陣形をとっていた。
「同じようなことを、魔物にされたなぁ…」
しみじみと呟いた。無論、ラーシャム湖沼のときのことである。
前と後ろを同時に見ることなどできやしないわけで、今度魔物はアンナたちのほうへ襲いかかる。のそのそと歩いていたとは思えないような、俊敏な動きだった。
<<ストーンバレット>>!!
今度はジェイシーが魔法で攻撃をする。不意打ちを受けた魔物は怒り狂い、驀地に彼女に向かってきた。そしてそうはさせまいとポールが彼女の前に立ちはだかり、迎撃する構えをとっていた。
<<ブライトネス>>!!
しかし、またも後方から攻撃される。今度はデニスの魔法である。魔物は二組の間を行ったり来たりして、却って攻撃する機会を失っていた。
なるほど。相手が単体だからこそできる作戦だ。しかも戦闘に入る前に、相談などせずにただ顔を見合わせていただけだから、予めこういう戦い方にしようと決めていたのだろう。多勢に無勢とは正にこのことで、チームという利点を最大限に活かしていると言える。
あとは時間の問題だろう。相手の体力を削っていけば動きも鈍くなる。このまま手助け要らずに四人で倒しちゃいそうだな。
そう思っていたときだった。
「ぐわぁっ!!」
「ポール!!」
気を引こうとしたポールが魔物の爪攻撃に当たってぶっ飛ばされた。近づきすぎたのだ。叫んだデニスも、他の二人もポールに駆け寄ろうとした。
ところが注目の的が外れた魔物もポールに向かっていった。あの速度だとアンナたちでは追い付けそうにない。
<<ウインドカッター>>!!
ジェイシーが魔法でその動きを止めようとする。しかし、走っている魔物に当てるのは難しく。惜しくも命中しなかった。
これは、流石にまずい。そう思って魔法を唱えた。
<<サンダー>>!!
電撃はコンマ数秒で魔物の元へ届き、ほんの数秒間だけ動きを止めた。魔物はなんだと思ってキョロキョロと周りを見渡している。すると他の四人とは少し離れた位置に居た私に気付き、轟轟く咆哮を私に向け、なんと駆け走ってきた。最早目の前の餌を貪りたいという欲求は消え失せ、兎に角相手をズタズタにしたいという殺意だけが残っているように見えた。
ここまできたら加勢しない理由はないと、四の五の言わず魔法を唱えた。
<<フレイムサークル>>!!
タイミングを計って放った魔法によって、魔物は円状に燃えた炎の中へ飛び込んでいった。そのまま突っ切ることはできなかったようで、炎が落ち着くと、毛皮がはがれ皮膚がところどころ見えている魔物の姿があった。
「はぁっ!!」
更にそこへアンナの追撃が加わり、魔物は完全にバランスを崩し、身体を地面に打ち付けた。
<<エイド>>!!
その隙にデニスがポールの元に辿り着き、彼の傷を癒していた。十分に時間稼ぎはできたようだ。
魔物はまだ戦う意思があるようで、立ち上がっては身体を大きく上下に動かしている。体力は既につきそうで、注意力が緩慢になっているというのに、私という敵も増えているわけで、最早相手に勝ち目などなかった。
そこへアンナがトドメの一撃を、魔物の脇腹に食らわした。再び横たわった魔物は最初は足搔こうともがいていたが、直にその動きも無くなっていった。
これでビッグベアの討伐は完了した。ポールを除いたら全員無傷で、そのポールもデニスのお陰である程度回復しており、動きのなくなった魔物に近づき、その消息を確かめていた。
「結局レインさんに助けられちったな」
ポールは溜め息混じりに呟き、頭を搔いていた。
「ううん。みんな無事でよかったよ」
私がそう言って励ますと、ポールとアンナは困ったような笑顔を見せ、デニスは何故か恍惚な表情を浮かべていた。ただ、ジェイシーだけは立ったまま顔を伏せていた。
ヴェレンに戻りギルドで討伐の報告をする。討伐依頼だから報酬金は明日ということで、今日はもう休もうと宿屋に戻った。
その後は夕食ではチーム雷神と一緒に摂り、浴場ではアンナとジェイシーと共に今日の疲れを癒していた。そして浴場から上がり、おやすみの挨拶をして彼女らと別れた。
余談だが、浴場ではアンナがほぼデニスのことをあれこれ言っていた。不満というよりかは、彼の女誑しエピソードを二個三個聞かされた感じだった。ちょっと面白かった。
部屋に戻ってあとはやれることといえば寝ることだけだ。が、私には日記を書くというルーティーンがある。かれこれ一ヶ月以上も続けているけれど、今日みたいな外に出た日には余白が足りないと思うぐらいによく書ける。反対に、雨とかで全く外に出ない日とかになると余白が半分くらい余ってしまう。
まぁ、むしろそれがいいというか、分量に抑揚があって読み返して気疲れしないというか、普通に過ごせていると実感できる。
今日も椅子に座り日記を書こうと思ったとき、トントン、と部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「レインさん。起きてますか?」
ジェイシーの声だった。入り口へ行き扉を開けると、宿屋で提供される寝間着の姿と、真剣な表情がそこにあった。
「どうしたの?」
「その、今日のことについて、ちょっと」
その一言で、何をしたいのかはすぐに分かった。
「今日のことってことは、反省会ってところかな?」
そう訊くとと彼女は静かに首を縦に振った。それならこのままここで話すのも良くないと思い、中に入るように道を開けた。お邪魔します、と彼女は言いながら、微かな靴音を立てて部屋に入った。
「そこの椅子に座っていいよ」
私が手で示すと、失礼します、と言って彼女は椅子に腰を下ろした。常々思っていたけれど、彼女は結構礼儀正しい気がする。言葉遣いは勿論だけど、振る舞いが上品だ。
「今日の私の戦いは、どうでしたかっ」
彼女が早速本題を切り出した。私はしっかり応えられるように考えつつベッドに座った。
一見総じて問題はなかったように思える。道中の魔物は全員で個別撃破していたし、ジェイシーは私や他三人より多く敵を倒していた。
討伐対象の魔物だってしっかり貢献していたように見えた。勿論結果としてボールが危なくなっまけれど、ジェイシーもそれを助けるために魔法を唱えていたし。命中率という名の精度を上げろと言ってしまえばそれまでだが、それは一朝一夕でなんとかなるようなものではないし、上げる方法も私はわからない。
「うーん。特に気になるところはなかったかなぁ」
そう言うと、彼女は少し目を伏せた。問題ないと言われれば普通多少の安堵を覚えそうなものだけど。彼女自身は思うところがあるのだろうか。
「…ジェイシーは納得してないの?」
「…はい。…レインさんにポールを助けていただきましたが、私が助けられたらって…」
やっぱりそこか。まぁ仲間のことだから気にならないはずがないだろうけど。
あのときの情景をもう一度思い出した。ずっとジェイシーを観察していたわけではないけれど、それでも彼女を観ていて気になったことを一生懸命探した。ポールが振り飛ばされたときじゃなくても、戦闘が始まる前のことでもいいから探した。例えば、私ならこうする、みたいなことでもいいから探した。
そしてあることに気付いた。
「そうだ。一ついい?」
「は、はい!」
「ジェイシーは道中の魔物に魔術レベルが3のスキルも使ってたよね。でもクマにはどうして弱い魔法ばかりだったの?」
ビッグベアとの戦闘で、彼女は一度もレベル2以上の魔法を使っていないのだ。普通強い魔物にはそれ相応の魔法を使ったほうが手っ取り早く倒せるはずだ。魔力の節約だとしても、道中の魔物には惜しみなく放っていた。今になってみれば不思議だった。
「それは…ポールやアンナに当たるかもしれないから」
同士討ちを恐がっているのか。
確かにチームとして最もやってはいけないのは、味方に攻撃を当ててしまうことかもしれない。敵に隙を与えてしまうどころか、一気に連係が崩れてしまう。そのときはなんとかなっても、次からは不信感さえ生まれてしまうかもしれない。
でもそれで彼女の成長線の律速部分がわかった。
「ジェイシーの成長に歯止めをかけているのはそこかも」
「え?」
「ビッグベアみたいなEランク級の魔物なら弱い魔法でも対処できるかもしれない。けどランクがあがれば、魔物も強くなるはずだよね。いずれジェイシーが持ってる一番いい魔法を、彼らに当てないように放たないと勝てないときがくるんじゃないかな」
「…」
彼女は胸に手を当てて黙り込んだ。もしかしたら薄々感じていたことだったのかもしれない。
私もラーシャム湖沼でナイトホークと相対したときのことを思い出していた。あの魔物がどの程度のランクの魔物なのかは分からないけれど、少なくともEランク級の魔物ではないだろう。もしリンネがいなかったら、もし魔物の体力が満タンだったら、もし私に分析スキルがなければ、きっと勝てなかったはずだ。
「まぁ…だとして、じゃあどうすればいいかって言われたら、いい案はないんだけど」
「いえ、そんなっ。むしろ気づかせてくれてありがとうございました」
彼女はそう言いながら私に頭を下げた。そんな感謝されるほど大した助言はできていないと思っているけれど、顔を上げた彼女の表情は少し晴れたような気がした。
そうだ。この際私の戦い方についても訊いてみよう。というか元々そうやってお互い高めあっていこうという約束をしたんだった。
「逆に私はどうだった?」
「えっと、そうですね…。レインさんは、魔法の威力を上げるような練習とか、工夫とか、なされてるんですか?」
「うん?してないけど…どうして?」
「どの魔物も、私の魔法よりレインさんの魔法のほうが、威力があるような感じがしていて」
そう言われて私も考え込む。特別な練習も工夫施した覚えはない。武器によって特定の魔法が強化されることはあるけれど、今回は多分関係ない。強いて言えば…
「弱点を突いているから、かな?」
「弱点…なるほど。じゃあ今回遭遇した魔物の弱点は元々知っていたわけですね」
「そう、だね」
その場で初めて知ったケースのほうが多いけれど、そこは敢えて伏せておいた。実際ウルフギャングとかに関しては、以前別の依頼で遭遇したことがあり、弱点は知っていたわけだから、強ち間違いではない。
「凄いですね…。獣系の魔物は弱点を探すのに苦労したんじゃ?」
「えっ、どうして?」
「獣系統の魔物は固定した弱点というものが無くて、種族ごとに違うと習いました」
魔物の種類ごとに固定した弱点があるのか。初めて知った。んで、獣系の魔物は固定の弱点がないのか。いいことを知った。
「へぇ。誰に教えてもらったの?」
「あっ、その、誰というか、学校で」
「え?」
学校?この世界の学校は王族、貴族や富豪ぐらいしか入学できないはずだ。いやまぁ私みたいにギルドから特別講師として呼ばれることがあったのかもしれないけれど。それにしても、習った、って言い方はしない気がするな。
「もしかして、ジェイシーって高貴な人?」
「…はい。恥ずかしながら」
思わず目を丸くした。こんな身近にいると思ってなかった。今まで馴れ馴れしく話しかけてしまっていたのが凄く恥ずかしくなってきた。
「あっ、でもっ、だからといって今まで通りの話し方にしていただけたほうが、私も緊張しなくなるのでっ、そうしてくれればと」
「…そのほうが私もありがたいかも。でも、ってことは他の三人も?」
「いえ、三人は貴族的な身分ではないんです」
ってことは学校に通っていたのはジェイシーだけなのか。吃驚するところだった。これで四人とも貴族なんて言われてしまったら、明日から身の振る舞いを見直さないといけないところだった。
「でも、身分なんて関係なく引っ込み思案の私に常に気を掛けてくれて、遊んでくれて、冒険にまで誘ってくれたから、三人が大好きなんです。だから力になりたいんです」
彼女は小さく、しかしはっきりと聞こえる声で話した。心の奥底から湧き出てくるような想いが如実に表れていた。
彼女がここまで本気で強くなりたい気持ちが初めてわかった。
夜も更けていき、部屋の外の廊下を歩く足音は聞こえなくなり、冒険者も就寝する時間帯になってきた。
「そろそろ部屋に戻りますね。すみません。夜に押しかけてしまって」
ジェイシーも椅子から立ち上がり、軽く会釈をして部屋から出ようとしていた。
「ううん、全然。また明日も頑張ろうね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
彼女が私の部屋から退いて、一人の静かな時間がやってきた。騒がしかった昼が嘘のようである、
ベッドに仰向けに倒れ込み、暗い天井をぼうっと見つめ、彼女が成長できる案を考えた。何か策はないかと模索した。しかしチームで活動していない私には具体的な考えが纏まらないまま、気づけば脳の意識を失っていった。
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常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
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