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第三章
第38話『国境を目指して』
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いよいよヴェレンを旅立つ日になった。暑い季節がやってきそうな今日この頃、比較して朝は心地の良い気温帯であった。ただ、ギルドでは人が集って蒸すようになることが多い。だから前日に依頼書を手に取り、翌朝街を出る冒険者も少なくない。
食堂で朝食を摂って宿屋から出る頃には、街も忙しなくなってきた。冒険者はギルドから、街から出ていく者たちばかりで、街人は何かしらの荷物を持って街中を移動している。特に農家の格好をした大人は、片手にバケツを、もう片手には大きな袋を持って歩いていた。バケツには水が一杯入っていた。袋のほうは見た目では何が入っているか分からないが、大方肥料とかが入っているに違いない。
私も馬車の方へ向かおうかな。
移動用の馬車は街の広場より東側にある。ギルドの管轄ではないらしく、個人業で担っているところが多いらしい。この世界の主な公共交通機関といっても過言ではないだろう。
馬車の元まで行くと、皿に入った水をぺろぺろと舐める二頭の馬と、その後ろに二つ連結された馬車、その馬車を綺麗に掃除している男の姿があった。きっとあれが御者なのだろう。
「すみません」
声を掛けると男は動かしていた手を止めて、なんだい、と返した。
「この馬車が出発するのはいつですか?」
「この清掃が終わってからだ。まぁ、まだ掛かるから心配しなくていいさ」
曖昧だなぁ。せめてあと何分後とか、昼前には出るとか、確定した情報が欲しかったけど。
でも他にすることもないし。このまま待合所で涼みながら終わるのを待っていようかな。
広場では子供たちの姿がちらほらと見えてきた。朝が早い大人に比べ、子供は時間に縛られず、悠々自適に過ごしている。でもこういうところの子供って、教養をどう学ぶのだろうか?アルガード学院は貴族とか富豪とかの子が通っているけれど。それともあれか、私の偏見が過ぎていて、実はここの子も裕福で、そのうち都に移り住むとかなのだろうか。
私が考えに入り浸っているところ、子どもたちは何かの遊びをし始めた。一人が広場に残り両手で目を隠しており、他の子どもたちは方々へ散っていったのである。鬼ごっことか、かくれんぼとか、そんなところなのかな。
するとこちらへ向かってくる子がいた。見覚えのある見た目だと思ったら、度々ここで出会っていたあの女の子だった。
「おねーちゃん!」
女の子は元気な様子で、しかし小さな声で私を呼び、手を振った。私も小さく手を振っていると、女の子は周りをきょろきょろとし始め、次に広場にいる子から見えないように馬車の裏側へ隠れた。やはりかくれんぼだったようだ。女の子は私に向かって、しーっ、と合図をしたので、私も指を口に当てて、静かにするよと返した。
かくれんぼか。あんまり懐かしさは感じない…。そりゃそうか、記憶がないんだから。でも、見ていると楽しそうな雰囲気は充分に伝わってくる。
制限時間になったのか、広場に残った子は塞いでいた目を開けて、またこれもキョロキョロとしはじめた。どこから探すのかな、と様子を見ていると、その子は待合所とは反対の、人通りの多いお店側の道へ走って向かっていった。
女の子も馬車の下から反対側へ向かっていったのを確認して、余裕が出たのか、私の隣に座ってきた。
「かくれんぼ?」
私が確認すると、女の子は足を前後にバタバタとしながら答えた。
「そう!私結構得意なんだよ!」
かくれんぼに得手不得手があるのだろうか、という疑問があったけれど、現に女の子は一番見つかる気配がしなかったから、そこは上手く飲み込むことにした。
「おねーちゃん、どっかいっちゃうの?」
今度は女の子のほうから訊いてきた。馬車の待合所で座っているのだから、当然の認識である。
「そうだよ。東の国に行くんだ」
「そっかぁ…」
女の子は少ししょんぼりとした表情を見せた。バタつかせていた足も元気がなくなったように止まっていた。けれど、ゆっくりとこちらを向き、確かめるように聞いてきた。
「また、来てくれる?」
どんな返答をするか迷った。絶対に戻ってくる保証なんて無い。かといって女の子の残念がる姿を見て、分からない、と安易に答えるのも憚られた。
「うん。またここに戻ってくるよ」
「わかった!じゃあ待ってるから、絶対に戻ってきてね」
少々の逡巡の末、やはり曖昧な答え方はよくないと思い、ヴェレンに帰ってくる約束を女の子と交わした。女の子はまた元気を取り戻して、ご機嫌に小刻みにリズムをとっていた。
また守りたい約束が増えてしまった。けれど、この約束もこれまでの約束も、段々と人との繋がりが広がっていくような感覚があって、嫌じゃなかった。
私の旅では、いつ、どこでどんなことを知って、どんなことが起こるのかわからない。急に槍が降って死ぬかもしれない。けれど約束が増える度に、簡単に死ぬなんてことは絶対に起こさないという、固い決意も重なってきている。
…流石に大袈裟か。やめやめ。死ぬかもしれないなんて下手なこと考えるべきじゃないな。
馬車の方はどうなっているかというと、御者は馬車の外側の清掃が終わり、内側の作業に取りかかっていた。もうすぐ出発の頃合いなのかな。
ところで私以外に乗る人はいないのかな。いくら国境を跨るとはいえ、冒険者の二人が三人くらいいてもおかしくないと思ったけど。流石に他の人が全員徒歩でいくとは考えづらいし…。案外国を移動する人は少ないのかな。
すると女の子が私の腕をぎゅって掴んできた。
「どうしたの?」
女の子は腕と指を真っ直ぐ伸ばして正面の方向を指した。そこには待合所に向かって歩いてくる一人の冒険者がいた。
リンネだった。類を見ない白髪とその体格には不釣り合いな大剣を引き摺っていた。その周囲の人の視線も彼女に向いているのが分かる。しかし、当の本人は周りの視線に臆すことなく、淡々と歩いていた。
「あれは恐いおねーちゃん。冷たそうで、目がギロッとしててるから…」
女の子の言葉を聞いて、初めてリンネと会話した時のことを思い出した。近づくことさえ許されない雰囲気だったけれど、少ないながらも話しているうちに、私を気にかけてくれるほど優しい人だと分かった。
「リンネ!」
声が届くように立って彼女を呼ぶと、彼女はそれに反応し、ほんの一瞬だけ動きが止まった。が、何事もなかったかのようにまた歩き出して、待合所に辿り着いた。
「…お前か」
おはよう、と私が返しても特に返事はない。女の子のほうをちらと見ると、怯えた様子で私の背中に隠れている。本当の鬼が来たみたいだった。
「この人はね、実はとっても優しいおねえちゃんなんだよ。それでね、ユキくらいに強いんだよ」
「ユキって、あのユキ?」
「そう。街やみんなを守ってくれる、とっても勇敢なおねーちゃん。ね?」
リンネに返事を促すと、彼女は身動ぎもしなかったものの、目線だけは困ったように泳いでいた。女の子がじーっとリンネの方を見ているのを真似して、私もそのままじーっと見ていると、少しため息をついて、女の子の頭を優しく撫でた。女の子はびくっと少し驚いていた。
チリンチリンという音が聴こえた。御者がベルを鳴らしたのである。馬車の掃除が終わり、腹ごなしに握り飯を食べていた。
リンネはそのベル音が聴こえるや否や御者の方へ向かって、お金を出して馬車に乗り込んでしまった。重そうな大剣を表情一つ変えず持ち上げるものだから、御者は目を丸くしていた。
「恐いおねーちゃんって、優しいおねーちゃんだったんだね」
一方女の子はまだ私のローブの裾を掴んだままだったものの、怯えた様子はもう無くなっていた。もっと時間があれば、ユキの物語中の子供みたいに、お話したんだろうな。
さて、私もそろそろ乗車しようかな。
「じゃあね、また会おうね」
「うん!また二人とも来てね!」
女の子が掌を立てて出してきたので、目線を合わせるように屈んで、ハイタッチをしてあげた。
御者の元へ行き、いくらですか、と尋ねると、大銀貨1枚だ、という。だいぶ高いな、と思ったが、この移動は個人業らしいから高くなっているのかもしれない。それに道すがら魔物や悪党に襲われる虞も考えたら、結構妥当な額な気がしてきた。
料金を払い、連結された二つの馬車を見比べた。前車のほうがわりかし綺麗で、後車は少し古めかしい黒さがあった。それでもさきほど御者が丁寧に清掃をしていたからか、汚いとは思わなかった。あの人は御者の鑑だ。
まぁ、だらだらと感想を持ちつつ、わざわざ古い方に乗る理由もないので、前車のほうに乗り込んだ。
席は乗車口から見て左右に向かい合うように用意されていた。乗車して右手前にリンネが座っており、右奥には彼女の大剣が立てかけられている。ただその大きさはこの馬車が想定するよりも大きく、向かい側の席の足元にまで及んでいた。
空いている席は左手前のところだけだったので、とりあえずそこに座った。リンネの姿がよく見える。彼女は足を組んで左手で頬杖をしながら、乗車口の反対側にある、広場の方の景色を眺めていた。
そういえばなんだかんだいってしっかり顔を見ることなんて無かったかもしれない。大体夜とか洞窟とか暗い場所だったし、暗視スキルはあったけどそれどころじゃなかったからなぁ。
「街や皆を守るだなんて、聞こえのいい言葉だったな」
リンネが視線をずっと広場のほうを向けたまま、話し始めた。ただ、建物を見ているのか、行き交う人々を見ているのか、両方なのかまでは分からなかった。
「私は少なくともリンネはそういう人だと思ってるよ」
「そりゃどうも」
姿勢一つ変えず彼女は返事をした。それきり、何か言ってくることはなかった。どうして急にそんなこと言ってきたのか、私には分からなかった。
「リンネもデルタ帝国に行くんだね」
窺うように聞くと、彼女はただ小さく頷くだけで、それ以上の返事はなかった。
暫くの間、会話などなく、聞こえてくるのは広場にいる子供たちの燥ぐ声だけだった。私もその風景をぼうっと眺めていたら、御者がまたベルを鳴らして、次は御者台に座っていた。間もなく出発するんだろう。
反対側を見ると、女の子は待合所の裏側に移動して隠れていた。まだ見つかっていないようだ。
しかし、遂に馬車が動き出すと、女の子は陰からこちらのほうへ手を振ってきた。私も振り返すと、女の子は嬉しそうにニコッと笑った。思わず私も微笑んでしまう。
動き出した場所に対して大概の人は無関心だった。ギルドの輸送車に比べそういう人が多いのは、役割が違うからなんだろうな。ただ子供たちだけは、いっぱいに手を振って見送りをしていた。
畑道を通り、茨の鉄柵を抜けると、周りの景色に人の姿はなくなった。あるのは広大な土地と、集団で草を食べる草食動物たちだけである。後ろを見ると、遠ざかっていくヴェレン街がまだあった。
食堂で朝食を摂って宿屋から出る頃には、街も忙しなくなってきた。冒険者はギルドから、街から出ていく者たちばかりで、街人は何かしらの荷物を持って街中を移動している。特に農家の格好をした大人は、片手にバケツを、もう片手には大きな袋を持って歩いていた。バケツには水が一杯入っていた。袋のほうは見た目では何が入っているか分からないが、大方肥料とかが入っているに違いない。
私も馬車の方へ向かおうかな。
移動用の馬車は街の広場より東側にある。ギルドの管轄ではないらしく、個人業で担っているところが多いらしい。この世界の主な公共交通機関といっても過言ではないだろう。
馬車の元まで行くと、皿に入った水をぺろぺろと舐める二頭の馬と、その後ろに二つ連結された馬車、その馬車を綺麗に掃除している男の姿があった。きっとあれが御者なのだろう。
「すみません」
声を掛けると男は動かしていた手を止めて、なんだい、と返した。
「この馬車が出発するのはいつですか?」
「この清掃が終わってからだ。まぁ、まだ掛かるから心配しなくていいさ」
曖昧だなぁ。せめてあと何分後とか、昼前には出るとか、確定した情報が欲しかったけど。
でも他にすることもないし。このまま待合所で涼みながら終わるのを待っていようかな。
広場では子供たちの姿がちらほらと見えてきた。朝が早い大人に比べ、子供は時間に縛られず、悠々自適に過ごしている。でもこういうところの子供って、教養をどう学ぶのだろうか?アルガード学院は貴族とか富豪とかの子が通っているけれど。それともあれか、私の偏見が過ぎていて、実はここの子も裕福で、そのうち都に移り住むとかなのだろうか。
私が考えに入り浸っているところ、子どもたちは何かの遊びをし始めた。一人が広場に残り両手で目を隠しており、他の子どもたちは方々へ散っていったのである。鬼ごっことか、かくれんぼとか、そんなところなのかな。
するとこちらへ向かってくる子がいた。見覚えのある見た目だと思ったら、度々ここで出会っていたあの女の子だった。
「おねーちゃん!」
女の子は元気な様子で、しかし小さな声で私を呼び、手を振った。私も小さく手を振っていると、女の子は周りをきょろきょろとし始め、次に広場にいる子から見えないように馬車の裏側へ隠れた。やはりかくれんぼだったようだ。女の子は私に向かって、しーっ、と合図をしたので、私も指を口に当てて、静かにするよと返した。
かくれんぼか。あんまり懐かしさは感じない…。そりゃそうか、記憶がないんだから。でも、見ていると楽しそうな雰囲気は充分に伝わってくる。
制限時間になったのか、広場に残った子は塞いでいた目を開けて、またこれもキョロキョロとしはじめた。どこから探すのかな、と様子を見ていると、その子は待合所とは反対の、人通りの多いお店側の道へ走って向かっていった。
女の子も馬車の下から反対側へ向かっていったのを確認して、余裕が出たのか、私の隣に座ってきた。
「かくれんぼ?」
私が確認すると、女の子は足を前後にバタバタとしながら答えた。
「そう!私結構得意なんだよ!」
かくれんぼに得手不得手があるのだろうか、という疑問があったけれど、現に女の子は一番見つかる気配がしなかったから、そこは上手く飲み込むことにした。
「おねーちゃん、どっかいっちゃうの?」
今度は女の子のほうから訊いてきた。馬車の待合所で座っているのだから、当然の認識である。
「そうだよ。東の国に行くんだ」
「そっかぁ…」
女の子は少ししょんぼりとした表情を見せた。バタつかせていた足も元気がなくなったように止まっていた。けれど、ゆっくりとこちらを向き、確かめるように聞いてきた。
「また、来てくれる?」
どんな返答をするか迷った。絶対に戻ってくる保証なんて無い。かといって女の子の残念がる姿を見て、分からない、と安易に答えるのも憚られた。
「うん。またここに戻ってくるよ」
「わかった!じゃあ待ってるから、絶対に戻ってきてね」
少々の逡巡の末、やはり曖昧な答え方はよくないと思い、ヴェレンに帰ってくる約束を女の子と交わした。女の子はまた元気を取り戻して、ご機嫌に小刻みにリズムをとっていた。
また守りたい約束が増えてしまった。けれど、この約束もこれまでの約束も、段々と人との繋がりが広がっていくような感覚があって、嫌じゃなかった。
私の旅では、いつ、どこでどんなことを知って、どんなことが起こるのかわからない。急に槍が降って死ぬかもしれない。けれど約束が増える度に、簡単に死ぬなんてことは絶対に起こさないという、固い決意も重なってきている。
…流石に大袈裟か。やめやめ。死ぬかもしれないなんて下手なこと考えるべきじゃないな。
馬車の方はどうなっているかというと、御者は馬車の外側の清掃が終わり、内側の作業に取りかかっていた。もうすぐ出発の頃合いなのかな。
ところで私以外に乗る人はいないのかな。いくら国境を跨るとはいえ、冒険者の二人が三人くらいいてもおかしくないと思ったけど。流石に他の人が全員徒歩でいくとは考えづらいし…。案外国を移動する人は少ないのかな。
すると女の子が私の腕をぎゅって掴んできた。
「どうしたの?」
女の子は腕と指を真っ直ぐ伸ばして正面の方向を指した。そこには待合所に向かって歩いてくる一人の冒険者がいた。
リンネだった。類を見ない白髪とその体格には不釣り合いな大剣を引き摺っていた。その周囲の人の視線も彼女に向いているのが分かる。しかし、当の本人は周りの視線に臆すことなく、淡々と歩いていた。
「あれは恐いおねーちゃん。冷たそうで、目がギロッとしててるから…」
女の子の言葉を聞いて、初めてリンネと会話した時のことを思い出した。近づくことさえ許されない雰囲気だったけれど、少ないながらも話しているうちに、私を気にかけてくれるほど優しい人だと分かった。
「リンネ!」
声が届くように立って彼女を呼ぶと、彼女はそれに反応し、ほんの一瞬だけ動きが止まった。が、何事もなかったかのようにまた歩き出して、待合所に辿り着いた。
「…お前か」
おはよう、と私が返しても特に返事はない。女の子のほうをちらと見ると、怯えた様子で私の背中に隠れている。本当の鬼が来たみたいだった。
「この人はね、実はとっても優しいおねえちゃんなんだよ。それでね、ユキくらいに強いんだよ」
「ユキって、あのユキ?」
「そう。街やみんなを守ってくれる、とっても勇敢なおねーちゃん。ね?」
リンネに返事を促すと、彼女は身動ぎもしなかったものの、目線だけは困ったように泳いでいた。女の子がじーっとリンネの方を見ているのを真似して、私もそのままじーっと見ていると、少しため息をついて、女の子の頭を優しく撫でた。女の子はびくっと少し驚いていた。
チリンチリンという音が聴こえた。御者がベルを鳴らしたのである。馬車の掃除が終わり、腹ごなしに握り飯を食べていた。
リンネはそのベル音が聴こえるや否や御者の方へ向かって、お金を出して馬車に乗り込んでしまった。重そうな大剣を表情一つ変えず持ち上げるものだから、御者は目を丸くしていた。
「恐いおねーちゃんって、優しいおねーちゃんだったんだね」
一方女の子はまだ私のローブの裾を掴んだままだったものの、怯えた様子はもう無くなっていた。もっと時間があれば、ユキの物語中の子供みたいに、お話したんだろうな。
さて、私もそろそろ乗車しようかな。
「じゃあね、また会おうね」
「うん!また二人とも来てね!」
女の子が掌を立てて出してきたので、目線を合わせるように屈んで、ハイタッチをしてあげた。
御者の元へ行き、いくらですか、と尋ねると、大銀貨1枚だ、という。だいぶ高いな、と思ったが、この移動は個人業らしいから高くなっているのかもしれない。それに道すがら魔物や悪党に襲われる虞も考えたら、結構妥当な額な気がしてきた。
料金を払い、連結された二つの馬車を見比べた。前車のほうがわりかし綺麗で、後車は少し古めかしい黒さがあった。それでもさきほど御者が丁寧に清掃をしていたからか、汚いとは思わなかった。あの人は御者の鑑だ。
まぁ、だらだらと感想を持ちつつ、わざわざ古い方に乗る理由もないので、前車のほうに乗り込んだ。
席は乗車口から見て左右に向かい合うように用意されていた。乗車して右手前にリンネが座っており、右奥には彼女の大剣が立てかけられている。ただその大きさはこの馬車が想定するよりも大きく、向かい側の席の足元にまで及んでいた。
空いている席は左手前のところだけだったので、とりあえずそこに座った。リンネの姿がよく見える。彼女は足を組んで左手で頬杖をしながら、乗車口の反対側にある、広場の方の景色を眺めていた。
そういえばなんだかんだいってしっかり顔を見ることなんて無かったかもしれない。大体夜とか洞窟とか暗い場所だったし、暗視スキルはあったけどそれどころじゃなかったからなぁ。
「街や皆を守るだなんて、聞こえのいい言葉だったな」
リンネが視線をずっと広場のほうを向けたまま、話し始めた。ただ、建物を見ているのか、行き交う人々を見ているのか、両方なのかまでは分からなかった。
「私は少なくともリンネはそういう人だと思ってるよ」
「そりゃどうも」
姿勢一つ変えず彼女は返事をした。それきり、何か言ってくることはなかった。どうして急にそんなこと言ってきたのか、私には分からなかった。
「リンネもデルタ帝国に行くんだね」
窺うように聞くと、彼女はただ小さく頷くだけで、それ以上の返事はなかった。
暫くの間、会話などなく、聞こえてくるのは広場にいる子供たちの燥ぐ声だけだった。私もその風景をぼうっと眺めていたら、御者がまたベルを鳴らして、次は御者台に座っていた。間もなく出発するんだろう。
反対側を見ると、女の子は待合所の裏側に移動して隠れていた。まだ見つかっていないようだ。
しかし、遂に馬車が動き出すと、女の子は陰からこちらのほうへ手を振ってきた。私も振り返すと、女の子は嬉しそうにニコッと笑った。思わず私も微笑んでしまう。
動き出した場所に対して大概の人は無関心だった。ギルドの輸送車に比べそういう人が多いのは、役割が違うからなんだろうな。ただ子供たちだけは、いっぱいに手を振って見送りをしていた。
畑道を通り、茨の鉄柵を抜けると、周りの景色に人の姿はなくなった。あるのは広大な土地と、集団で草を食べる草食動物たちだけである。後ろを見ると、遠ざかっていくヴェレン街がまだあった。
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