18 / 54
本編
(19)ハーシェル
しおりを挟む応接間で待っていたのは、本当に騎士の制服を着たハーシェル様でした。
私が部屋に入ると笑顔で立ち上がり、丁寧な礼をしてくれました。
「ご機嫌よう、奥方殿。突然押しかける非礼をお許しください」
そう言いながら、ちらりと壁際に立つルーナを見やります。
つられて目を向けると、元気なメイドは誇らしそうに胸を張りました。
やっぱり、ルーナが原因のようですね。
……あなたの伝手、大物過ぎますよ!
「エレナ、早く座りなさい。レイマン様にご用件を伺えないでしょう?」
頭が動かない私を促したのは、アルチーナ姉様でした。
「ご機嫌よう、レイマン様。父も母も不在ですので、私が妹と同席させていただきますわね」
「これは、アルチーナ嬢。今日も大変にお美しい。しかしご覧の通り、今は軍人として来ています。家名ではなく、ハーシェルとお呼びください」
いつの間にか、アルチーナ姉様も応接間にいました。
当然のように割って入り、私を座らせて自分も隣に座ります。ハーシェル様も微笑みながら向かいにいます。
……が。
なぜか肌がピリピリするというか、和やかな空気とは少し違うような……。
「そう言えば、アルチーナ嬢は近く正式に婚約なさるとか。おめでとうございます、と今回は申し上げてよかったかな?」
「もちろんですわ。妹のおかげで、今度こそ幸せになれますもの」
……ん?
「その幸せ者の婚約者殿は、今日はいないのですね。一度、ゆっくり挨拶をしてみたかったのだが。それとも第二軍の制服を見るだけで怖気付いてしまうから、控えるべきですか?」
……んん?
「あら、ロエルは優しい人ですが、腰抜けではありませんわよ? 今日の話を聞いたらきっと残念に思うはずですわ。レイマン様がこんなに急にお見えにならなかったら同席できたのに、と」
……え?
「どうか、家名ではなくハーシェルとお呼びください」
「これは失礼しました。なんだか目の前に家名がチラついている気がして、うっかりしてしまいましたわ」
……えっと……?
二人とも微笑んでいますし、流れるような会話をかわしているのですが。
肌がピリピリどころか、胃のあたりがきゅっと痛くなって来ました。一体何があっているのでしょう。
でも永遠に笑顔の会話を聞いているわけにはいきませんから、私は思い切って口を挟むことにしました。
「ハーシェル様。わざわざお見えになった理由を伺ってもいいですか?」
「……あら、これからが楽しいのに」
横でお姉様がつぶやいていますが、無視します。
「メイドに伝言を頼んでいましたが、その件でしょうか。それとも他に、直接お話しいただくようなことがあったのでしょうか」
「ああ、失礼。姉君とのお話に、つい夢中になってしまいました」
「光栄ですけれど、私にはロエルがいることを忘れないでくださいませ」
「あいにく私は、他人のものを欲しがる悪癖はありませんので」
話が戻りかけたのに、また混乱しかけていますね。
この二人の言葉に、いちいち棘があるのはなぜでしょう。
「こほん」
内心頭を抱えながら、大袈裟に咳払いをしました。
それでやっと、ハーシェル様はお姉様から私に目を戻しました。
「そうそう、オズウェルのことでしたね。彼に、手紙を送りたいと」
「はい」
「恋文ですか?」
「えっ? まさか! そんな失礼なことはしません! お聞きしたいことがあるだけです!」
「恋文は失礼ではありませんよ? 姉君もそう思いますよね?」
「さあ、どうかしら」
「そ、それで送り先を正確に知りたいのですが! 部外秘だったら諦めますっ!」
また混乱しそうだったので、私は強引に話を進めました。
ハーシェル様は面白そうな顔をしましたが、すぐに真顔に戻して体をやや前にのり出しました。
「特に秘密にすることではありませんよ。でも、手紙を送るのなら私が預かりましょう」
「え?」
「普通に手紙を送るとなると、それなりに日数がかかってしまいますからね。返事まで待っていたら、向こうの状況によってはオズウェルの帰還の方が先になってしまいます」
「……それは、そうかもしれませんが」
「私が直接預かれば、特権を濫用してもっと早くお届けできます。替え馬を使えば、まあ三日か四日くらいかな。私は彼の代理ができますから、内容によっては入れ替わりに帰還させることもできますよ」
実現すれば、早そうだし話も複雑にならないでしょうし、魅力的な提案ではありますが。
それは……ありなのですか?
いや、そこまでしていただくような内容ではないですよね。
「つまらない用件ですから、流石にそれは」
「しかし、奥方がわざわざ王宮まで問い合わせに来るほどのことでしょう?」
「本当に大したことではないのです! その、侯爵様がお持ちの屋敷を見てみたいというだけでっ!」
「屋敷?」
ハーシェル様が首を傾げました。
やや考えてから、問いかけるようにお姉様に目を向けます。
もう飽きてしまったのか、アルチーナ姉様はお茶を飲んでいましたが、つまらなそうに肩をそびやかしました。
「エレナは、遠くない時期にこの屋敷を出る予定ですから、住み心地の良い家を探しているだけですわ」
「……詳細を伺ってみたいが、今はやめておきましょう。しかしそういう話なら、もっと簡単に解決できますよ。奥方は、すでにグロイン侯爵邸の鍵をお持ちのはずだから」
137
あなたにおすすめの小説
本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?
神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。
カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。
(※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる