17 / 54
本編
(18)来客
しおりを挟む私は無趣味な人間です。
もともと不器用ですが、勉強のために趣味に没頭するような余暇が少なかったことも影響したかもしれません。
その勉強は、アルチーナ姉様用の宿題に対応できるようにするためのもの。
前倒しで高度な学習をしていましたが、王家に嫁ぐわけでもないので不要な知識です。
……いや、私の夫は、国王陛下の信頼が厚い侯爵閣下でした。
ということは、詰め込まれた知識は無駄にはならないかもしれません。
人生とは、何が幸いするかわからないのですね。
こんな感じで、長く勉強漬けだった私ですが、ぎりぎり趣味と言えなくもないことが、一つだけあります。
それが押し花です。
アルチーナ姉様に「お願い」されて、でも見つけた頃には興味を失われて、行き場のなくなった四つ葉のクローバーたち。
そんな時は押し花にしていました。
出来上がった四つ葉の押し花は、よく読む本に挟んでおきます。
特に美しく仕上がったものは、きれいな紙に貼ったりもしました。飾ると和みますし、雲行きが怪しくなったアルチーナ姉様にしおりとして差し上げると喜んでもらえます。
お姉様は四つ葉のしおりを収集する趣味はありませんから、機嫌の良い時にロエルとかメイドたちとかに配っていたようです。
もったいないの一心というか、必要に迫られて始めたことですが、他にも、庭で見つけた野草とか小さな花とか、そういうものも簡単な押し花にしています。
こちらはたいして美しくはないし、紙に貼るほどの出来でもないことが多いですね。本当に、私が一人でひっそりと楽しんでいます。
ルーナに王宮の軍本部に行ってもらっている間も、少し前に挟んだまま忘れていた押し花を取り出していました。
庭の野草と、アルチーナ姉様から分けてもらった薔薇の花びら。他にもいくつか。
どれも、まだ私がロエルと婚約していた頃に仕込んだものです。
そういえば、私はもう既婚者でしたね。
……ほんの数週間でずいぶんと人生が変わってしまいました。
この押し花を仕込んだ頃の私に話しても、絶対に信じてもらえないでしょう。
なんとなくため息を吐いた時。
屋敷の敷地に、馬車が入ってくる音が聞こえました。
窓を開けていると、この部屋はそういう音もよく聞こえます。今はお客様が訪問する時間ではありませんから、きっとルーナが帰ってきたのでしょう。
片付けついでに押し花をお気に入りの本に挟んでいると、慌ただしい足音が聞こえました。
家族に廊下を走るような人はいませんし、使用人たちは皆教育が行き届いているはず。珍しいことがあるものだと考えていたら、今度は激しく扉を叩く音が聞こえました。
私が返事をする前に、誰かが入ってきました。
「お、お嬢様っ! すぐに来てくださいっ!」
「ネイラ? どうかしたの?」
血相を変えて駆け込んできたのは、ネイラでした。
何か大変なことがあったのかと、私は緊張しながら立ち上がりました。
お父様が怪我をしたとか、お母様が倒れられたとか、よくない想像ばかりがでてきます。さらにお姉様の妊娠の可能性に行きついて、ごくりと息を呑んでしまいました。
「……何か、悪いことが、あったの?」
「ああ、違いますよ! 悪いことではありません! お客様でございますっ!」
そう聞いてほっとしたのに、ネイラは相変わらず慌てています。
どうしたのかと首を傾げた時、上品なノックの直後にまた扉が開きました。
「エレナ、何をぐずぐずしているの? 早くいらっしゃいよ」
ひょいと覗き込んだのは、アルチーナ姉様でした。
美人で健康的で、病んだ様子も追い詰められた様子もない、いつも通りのお姉様です。
そのことに、今日ばかりは安心します。
「ルーナが戻ってきているわよ。それと、あなたにお客様よ。急いで。侯爵家のご嫡子を待たせるなんて失礼でしょう?」
「侯爵?」
グロイン侯爵様、ではないですよね。
成り上がりとか野犬とか、そういう酷い言い方をしていないですし。
……ん? 今、ご嫡子と言いました?
「お姉様、お客様とはどなたですか?」
「察しが悪いわね。ハーシェル・レイマン様に決まっているじゃない!」
「……え?」
あまりにも予想外の名前でした。
よく考えれば、侯爵家のご嫡子の知り合いは一人しかいませんでしたが。
……でも、なぜハーシェル様が?
ああ、それより私が知りたいのはルーナの報告なのに……報告……軍本部……ルーナの伝手……ハーシェル様……っ!?
ルーナは思っていた以上に有能でした。
でも私は動揺しすぎて、まだ手に持っていた本を床に落としてしまいました。
126
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる