婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

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本編

(26)郊外のリンドール公園

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 昼食の入ったバスケットを持って馬車に乗った私は、まずアルチーナ姉様のお友人のお屋敷に向かいました。
 どうでも良さそうというか、本当は嫌っているかのような口調でしたが、皆様とは十年来のお付き合いですからね。
 きちんとお詫びするべきでしょう。

 もしかしたら、本当にお姉様とは険悪になっているのかもしれないと緊張しましたが、すでに集まっていたご友人の皆様はとても残念そうでした。
 お姉様と長年友人として付き合えるだけあって、皆様、ほんわかとしたお嬢様ばかり。
 ただのお使いでしかない私でしたが、一緒にお茶を楽しみましょうと誘われました。
 一瞬、心が揺れましたが、お姉様の「お願い」が待っています。
 涙を飲んでお断りしました。



「さて、次はどちらへ向かいますか? 川辺も気持ち良さそうですよ?」
「それも素敵ね。でも……お姉様に四つ葉探しを頼まれているのよ」
「川辺にもクローバーはありますよ?」
「そうね。でもお姉様はリンドール公園とおっしゃったわ。だから、そこに向かってちょうだい」

 どこで採っても、クローバーはクローバーですのに。
 ネイラはそんなことをこぼしながら、でもすぐに御者に行き先を伝えてくれました。


 馬車はゆったりと走ります。
 本当にいいお天気で、窓からは気持ちの良い風が入ってきます。
 のんびりと外を眺めていて、そういえばここ一ヶ月ほど、屋敷の外に出ていなかったことを思い出しました。
 郊外に行くことも、もう半年ぶりくらいでしょうか。

 突然、いろいろな代理を押し付けられてしまったのですが、なんだか悪くない気がしてきます。広々とした郊外の公園でお昼ご飯を食べるのも、とても楽しいかもしれません。

「……お姉様も、一緒に来ればよかったのに」
「お天気が良すぎるのが嫌だ、とおっしゃっていましたよ?」
「そうだったわね。でも、来たら来たで、きっと楽しんでいたと思うわ」

 そう言うと、ネイラはちょっと考えてからそうかもしれませんねと頷いていました。

 でも、本当に無理を承知でお誘いしてもよかったかもしれません。
 最近のお姉さまは、イライラしている時が多いようですから。


「あ、見えてきましたよ!」

 御者の合図に窓から外を見て、ネイラが指さします。
 同じ方向を見ると、農地が広がっている中に、ぽっかりと背の高い木々が生えている場所がありました。
 目的地のリンドール公園です。

 この公園は元々は王家の直轄地で、何代か前の国王が別荘を作って周囲の田園風景を楽しんだ場所だそうです。
 リンドールとは古い伝承にある土の精霊の名前だそうで、別荘の名前でもありました。
 農家風の作りをしていたそうですが、この別荘を愛した国王の死によって無人の屋敷となっていました。

 その古い屋敷は、雷が落ちたために焼失したと聞いています。かつての別荘の名残は、敷地を囲む背の高い木々と、美しい庭園と、その中にある四阿だけ。建物は何も残っていません。
 今では広く開放されていて、貴族はもちろん、花付きの庶民にも人気の場所で、平たくひらけた空間が兵士の訓練にも利用されています。


 私たちの馬車がついた時間も、すでに何台かの馬車が止めてありました。
 この様子では、四阿はすでに使用中かもしれません。

 残念です。お花を見ながらのお食事に憧れていたのですが。
 ネイラも残念そうに、でもすぐに目を輝かせて私を振り返りました。

「いいお天気ですから、人が多いですね。でも敷物も用意していますから、ご安心ください!」
「頼もしいわ。さすがネイラね」


 御者に馬車に残ってもらって、私とネイラが二人でバスケットをもち、若い従者に敷物を持ってもらって、公園の奥へと向かいます。

 ここに来るのは、実は久しぶりです。
 一番最近で、一年前くらいでしょうか。
 その時はお母様とお姉様だけでなく、ロエルのご家族も一緒でしたから、四阿の周辺を軽く散策しただけでした。
 私はもっとゆっくりしたかったのに、次に観劇の予定が入っていたためにすぐに離れなければなりませんでした。


 さらに、その前というと……あの大変だった四つ葉探しの時まで遡りそうですね。
 探しても探しても、普通のクローバーすら見つからなかった、あの悪夢のような日のことです。

 そう言えば、あの時クローバーがあったのは、この辺りだったかもしれません。
 四阿のある庭園とは反対側で、花壇がないから人も少なくて、背の高い木が並んでいて、まっすぐな道がずっと向こうまで続いていて……。


「……あ、クローバー!」

 やはりありました。
 薄れかけていた記憶は、だいたいあっていたようです。
 思わずそちらに向かいかけましたが、ネイラがため息をついたので足を止めました。

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