27 / 54
本編
(28)四つ葉のクローバー
しおりを挟むバスケットの中にあった食事は、とても豪華なものでした。
馬車に戻った従者と御者には別に取り分けた分がありましたから、私とネイラだけでは持て余していたでしょう。
でも、運のいいことにグロイン侯爵様とご一緒できました。
侯爵様も、警備と称して離れて立っている若い騎士様も、お勧めするとパクパクとよく召し上がってくれました。見ていて実に気持ちがいいですね。
ありがたいことにバスケットは空になり、私は満足感に浸りました。
でも、重要なお仕事はまだあります。
四つ葉のクローバーを探さねばなりません。
何気なく近くのクローバーを見ていたら、敷物の上で寛いでいた侯爵様はすぐに気付いたようでした。
「また四つ葉を探しているのか?」
「はい。このあたりならありそうな気がして……」
そう答えかけて、ふと気付きました。
侯爵様は、今「また」と言いませんでしたか?
驚いている間に、侯爵様は一旦立ちあがり、少し離れた場所のクローバーの群生の横で片膝をつきました。
どうやら、四つ葉を探しているようです。
手伝ってくれるのでしょうか。
でも、あの……マントが地面についていますよ!
「こ、侯爵様! 探すのは私が……!」
「ご馳走になった礼だ。おい、お前も手伝え」
「はっ!」
若い騎士も、嬉々として近くのクローバーを見ています。
こうなったら仕方がありません。私も一緒に探すことにしました。
「……伺ってもいいですか?」
「何だ?」
「なぜ、四つ葉を探しているとわかったのですか?」
「それは」
侯爵様は顔をあげました。
「以前、あなたが四つ葉を探しているのを見たことがある」
「……え?」
「もう四、五年前になるか。その時もこの公園だったな。姉君のためだと言っていた」
あ、それ、間違いなく私ですね。
五年前、確かに私はこの公園で四つ葉探しをしていました。あの時は四阿の周りしか探せなくて、困っていたら兵士の方々が……。
「今日も姉君に差し上げるのか?」
「……はい、そうです」
「お姿がないが、アルチーナ殿は先に帰ったのか?」
「いいえ。今日は私たちだけで来ました。……でも、あの、お詳しいですね……」
「俺も四つ葉探しに参加していた。そう言えばグィドもいたな」
侯爵様は小さく笑いました。
愕然としていた私は、今度は驚いてそのお顔を見つめてしまいました。
そして……黒い髪に半分隠れた額の傷に気付きました。
そうでした。
あの日、手伝ってくれた軍人さんたちの多くは怪我をしていました。
グィド様がいたかどうかは覚えていません。
でも、頭部に包帯を巻いた人はいました。その人は右手にも包帯を巻いていていました。クローバーをかき分ける手が痛そうだったので覚えています。
頭と、手。
侯爵様の額と手の甲にも、傷跡がありました。
「……当時、頭と手に怪我をしていましたか?」
「戦闘を終えたばかりだったから、負傷していた気もするな」
では、やっぱりあの時の軍人さんは……!
どうしましょう! 私、今まで全然気付いていなかったのですが……!
「あなたが覚えていないのは当然だ。あの時は子持ちの騎士たちが熱心だったからな。泣きそうな顔の子供を見過ごせなかったのだろう」
「そ、その時の方々は、今も軍にいらっしゃるのでしょうか」
「半分はいる。残りは……」
侯爵様はそれ以上は言いませんでした。
でも、何を言おうとしたのか、なんとなく察することはできました。
侯爵様が決定的な出世をした戦争は、一年前に終わりました。
ですから……諸事情で軍を離れただけの人もいるでしょうか、亡くなった人もいるのでしょう。
グロイン侯爵様はそういう環境にいるのだと、急に気付いてしまいました。
なんとなく目を上げられなくてクローバーを見やり、そして、ふと一本の葉を見つめました。
「……あった!」
可愛らしい葉が、四枚。
探していた四つ葉のクローバーです。
「僕も見つけましたよっ!」
「ここにもあったぞ」
若い騎士様が、誇らしげな笑顔で駆け寄ってきました。
侯爵様も私に差し出してくれました。
四つ葉が三本。
短時間にしては十分な収穫です。アルチーナ姉様も満足してくれるでしょう。
ほっとしながら用意していた紙に挟んでいると、侯爵様がマントについた草や土を払って剣を帯びなおしました。
「申し訳ないが、そろそろ失礼する。馬車まではそこの男に送らせよう」
「今日はお屋敷までお守りするように言いつかっています!」
「……そうか。では任せる」
「はっ!」
敬礼をする若い騎士にもう一度頷き、侯爵様は一歩足を踏み出しかけて……ふと私を振り返りました。
お見送りのために立っている私を、まるで初めて見るもののようにしげしげと見ています。思わず緊張していると、侯爵様はわずかに笑ったようでした。
「……本当に、立派な大人の女性になられたのだな」
「え?」
「俺にできることは限られていたが、あなたのおかげで動かせる力は増している。だから、あなたには可能な限り報いたいと思っている」
「でも、私は何もしていません」
「俺の妻になってくれた。それだけで十分だ」
侯爵様は私の手を取り、軽く持ち上げました。驚く私の顔を見つめ、やがて深々と腰を折りました。
手の甲に、ごくかすかに何かが触れました。
思いもしなかった事態にびくりと体が震え、大きな手はすぐに離れました。
私の手に触れたのが侯爵様の唇だったと気付いたのは、青いマントを翻すお姿がすっかり見えなくなってからでした。
「あら、もう帰ってきたの?」
「アルチーナ姉様」
屋敷に戻って自分の部屋へと向かっていると、お姉様がいました。
しばらく私をジロジロと見ていましたが、不思議そうに首を傾げました。
「早かったけど、それなりに堪能してきたようね。公園は楽しかった?」
「あ、はい。その、実は、偶然にグロイン侯爵様とお会いして……」
そう言いかけて、ふと気付きました。
「何よ」
「……もしかしてお姉様は、侯爵様が郊外の公園にいらっしゃることをご存知だったのですか?」
「はぁっ? 何を言っているの? おかしなことを言わないでちょうだい」
お姉様はふんと鼻を鳴らして自分の部屋へと行ってしまいました。
その後ろ姿を見送って、私は四つ葉のクローバーをお渡ししていないことを思い出しました。
でも、お姉様はどうなったかとは聞いて来ませんでした。いまさら持っていっても、いらないと言われるだけのような気もします。
これは押し花にしておこう。
そう思いながら、それでもやはり、お姉様はグロイン侯爵様のことを知っていたのではないかと疑う気持ちは捨てられませんでした。
147
あなたにおすすめの小説
本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?
神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。
カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。
(※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる