婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

文字の大きさ
45 / 54
本編

(46)アルチーナの婚儀

しおりを挟む


 アルチーナ姉様の婚儀は、私の時と同じ祭壇の前で執り行われます。
 私が婚儀が行われる部屋に入った時、すでに参列する賓客は座っていました。私が祭壇に近い席へと歩いていると、多くの目が集まるのがわかりました。
 値踏みされていると感じます。でも緊張を隠し、気にしないふりをしてメリオス家の席へと行きました。

 お父様はいつも通りの笑顔を浮かべていました。
 でもその隣の席は、誰も座っていません。ぽっかりと空いたままです。多分、そのことでも賓客たちはいろいろ囁き合っていることでしょう。
 お父様はそれを知っていて、それでも平然と笑顔を浮かべています。
 多分、面と向かってお母様のことを問われても、掴み所のない完璧な笑顔で「最近、見かけないのですよ」といつも通りの言葉を返すはずです。

 お母様の姿勢の良い姿がこの場にないのは、私にもわかっていました。でもまだあの誰もいない席に慣れません。
 ……お母様は、今、どこにいるのでしょうか。
 会いに行きたいわけではありませんが……でもお元気であればいいと思います。


 思わずため息がもれた時。
 誰かが近付いて来たようです。周囲に静かなざわめきが起きていました。
 何気なく目を向けると、背の高い人が私の隣に座るところでした。

「……あ」

 グロイン侯爵様でした。
 目を丸くした私にわずかに微笑みかけ、振り返ったお父様に丁寧な礼をしています。
 腰に剣を帯びていますが、そのお姿は貴族としてのものでした。

「遅くなってすまない。絶対に着替えろとハーシェルに言われて、屋敷に寄ってから来たんだが。思ったより時間がかかってしまった」
「そ、そうでしたか」

 私はやっとそれだけ言いました。
 少し前に王都に帰還したばかりの侯爵様は、旅の汚れを完全に落としていて長旅の後とは思えません。そして、きらびやかな礼服を着ていました。
 黒い髪は丹念に整えられていて、金糸で飾った襟元には大きな宝石が、胸にはいくつもの勲章が輝いています。
 ……そういえば、婚儀の日の後はずっと騎士の制服しか見ていませんでした。
 そう気付いたのは、ぽかんと見つめてしまった後でした。


「エレナ殿? どこかおかしいだろうか」
「い、いいえ! あの、少し驚いただけで……」
「そうか。ならばいい」

 侯爵様は少し窮屈そうに、襟元を指で引っ張りました。
 その仕草にも見入ってしまって、一人で頬を染めて……私はふと気付きました。

「その服は、もしかして私のドレスに合わせてくれたのですか?」
「そうらしいな。俺には柄にもないと思ったが、あなたの隣に座るのならこのくらいは必要だった。見立ててくれたハーシェルには、また礼を言わねばならない」
「ハーシェル様が?」

 私は首を傾げましたが、すぐに納得しました。
 ハーシェル様がメリオス伯爵邸に来ることはありませんでしたが、姉君のローヴィル公爵夫人は一度お見えになりました。
 その時、帰り際にネイラを呼び寄せて何か話し込んでいましたから、その時にいろいろな情報が渡ったのでしょう。


「あいつに礼を言うと、しばらくつけあがるから面倒なんだが」

 侯爵様は、顔をしかめてつぶやきます。
 そうしていると、とても仲が良いのだなと推測できます。生まれた家格に大きな差がある方々とは思えません。

 私はこっそり後ろを振り返りました。
 少し離れた席に、ハーシェル様が座っていました。
 ハーシェル様も完璧な高位貴族のお姿で、レイマン侯子様とお呼びすべき存在感です。
 でも私と目が合うと、グロイン侯爵様を指し示しながらニヤリと笑いました。自分の仕事ぶりに満足しているのでしょう。
 私は侯爵様に目を戻し、ほうっとため息をつきました。

「私も、ハーシェル様にお礼を言いたいです」

 思わずつぶやいてしまいました。
 祭司様が入ってきて、前を向いていた侯爵様が私に目を向けます。
 私は隣に座る侯爵様を見上げ、そっと囁きました。

「今日の侯爵様はとても素敵です。……きっと、他の女の人たちもそう思っていますよ?」

 侯爵様の金色の目が、驚いたように少し見開きました。
 でも、侯爵様が何か言う前に、アルチーナ姉様とロエルが祭壇の前へと進み出て、私たち参列者も全員が立ち上がりました。


 再び座る時。
 侯爵様は、先に座った私の耳元にふわりと顔を寄せました。

「……あなたは、またお美しくなられたな」

 声は低く。短く。
 侯爵様の顔はすぐに離れていきましたが。


 祭司様が婚儀の祝詞をあげている間中、私の耳には侯爵様の囁きがずっと残ってしまいました。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?

神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。  カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。   (※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m 

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。 新聞と涙 それでも恋をする  あなたの照らす道は祝福《コーデリア》 君のため道に灯りを点けておく 話したいことがある 会いたい《クローヴィス》  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

処理中です...