あなたの破滅のはじまり

nanahi

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Ep.2-14

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ジェハスはあんなに冷遇していたヴィヴィアンにまたたく間に溺れていった。
一日とて会わない日はないほど、ヴィヴィアンを愛でた。

魔法人形のヴィヴィアンはジェハスに微笑みかけたことなど一度もなかった。それどころか、目すら合わせてくれなかった。

ジェハスはそれを承知の上で、ヴィヴィアンを愛した。

彼女の艶めく髪。
わずかにあいた唇。
絹のようになめらかな肌。
温度のない冷たいライムグリーンの視線さえ、ジェハスにとっては独占したい価値あるものだった。

激務のストレスも疲れも、人形ヴィヴィアンを抱けば全て忘れられた。

またあの男のことを想っているのか。

人形ヴィヴィアンがぼんやりと窓の外を眺めている姿に、ジェハスは勝手にアレクへのジェラシーを募らせた。

他の男になど渡すものか。

殺すことこそまだしていないが、そのうちあの男を廃人にしてやろうと、ジェハスは残忍にそう考えていた。

こんな感情は生まれて初めてだった。

ジェハスにとって、美しい女はすべてモノだった。力ずくで自分のものにしてきたが、その女の恋人や配偶者に嫉妬をしたことなど、一度もなかった。

だが、ヴィヴィアンは違った。
冷遇されても毒で死にそうになっても、前に進もうとする。
ジェハスでさえ、ヴィヴィアンの信念を折ることはできない。
ヴィヴィアンはジェハスが出会ったことのない、思い通りにならない女だった。

「お前との子が欲しい」

もちろん人形ヴィヴィアンには意志もなければ心もない。どこかを見つめたまま、ジェハスの呼びかけに答えない。

王女になど興味なかったはずなのに、ヴィヴィアンとの間に生まれた子なら王女でも王子でも誰でも愛せる。ジェハスにはそんな自信があった。

ヴィヴィアンとずっと一緒にいたい。
離したくない。

ジェハスは、ヴィヴィアンなしでは生きていけなくなっていった。




第一側妃デリカには実はジェハスとの間にもうけた3歳の王女がいた。
だが、ジェハスは女子ということもあり、娘にまったく興味を示さなかった。

もともと子どもが好きではないデリカは、娘を実家の乳母に預けっぱなしにしている。彼女には母性が欠けていた。

「姫ではだめ。王子を産まなければ」

王子を産むことはデリカの悲願であった。
王太子はまだこの国にはいない。自分こそが未来の国母になる。それがデリカの最終目標だ。

本当はジェハスに愛されたかった。だが、デリカは相当な美女ではあったが、ジェハスの好みではなかった。

愛を得られないのなら、権力を得る。その思いがデリカの今を支えていた。

デリカの実家から相当な資金援助と政治的な後ろ盾をもらっているため、ジェハスは義務程度に、たまにデリカのもとに来ることがあった。

まだチャンスはある。

野望を抱くデリカにとって、廃妃の館から電撃帰還したヴィヴィアンより優位に立つには、王子をもうけるしかなかった。



ある日、デリカの実家から急な知らせが届いた。
娘が遊んでいる時に木から落ちて亡くなったと言うのだ。

「まあ。かわいそうに」

我が子であるのに、正直、子猫が死んだ、くらいの同情しかわいてこなかった。

国葬は手続きや準備が面倒なのに。

「お忙しい陛下の手を煩わすことを死んだ娘も望んでいないでしょう。実家で丁重に弔いますから許可をいただけますか?」

ジェハスはデリカとの子に全く興味がなかったので、実家で家族葬の許可を与えた。


娘の小さな亡骸は子ども用の棺に入れられ、ぬいぐるみやたくさんの花が散らされた。

「アンよ……アンよ……!」

一番泣いているのは、デリカの両親である。初孫をことのほか愛していた。

「では、始めさせていただきます」

召使いがアンの冷たくなった小さな手を取り、ナイフで切り込みを入れる。切り口から流れる血を器で受け止める。

その血をアンの全身にくまなく滴らせる。そして、松明の火でアンに着火を試みた。

じゅっ。

服に着いた火はすぐに消えてしまった。

「おかしいわ。燃えないわ」
「もう一度やってみます。王家の血筋なら燃えるはずですから」

そう言って、召使いはさっきより慎重に松明の火をアンに近づけた。
やはり燃えなかった。

「どういう……ことなのだ?」

デリカの両親はデリカに疑惑の目を向けた。

「まさか私の浮気を疑ってらっしゃるの?するわけありませんわ!まぎれもなくこの子は陛下の子です!!」
「ならばなぜ血が燃えないのだ!?」

バーネ王家には特別な血が流れていた。その血が酸素に触れ、火をつけると、発火するのだ。

王家の血を引くものが亡くなると、アンのように皆の前で血を遺体にふりかけ、火をつける儀式をすることが慣例となっていた。血が燃えることが正当な血筋であることの証明だった。

「私がちゃんとした子を産めなかったということ──?」

デリカは青ざめた。
ジェハスへの恐怖から、自分にこそ非があると思い込んだ。

「お父様、お母様、お願い!このことは秘密にしておいてくださる!?まともな子を産めなかったなんてことがバレたら、王子を産むチャンスも消えてしまいます!」
「そうだな、わかった。そうしよう」

親子で気が動転していた三人は、アンの血のことを決して表沙汰にしないと決めた。





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