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13 二人の王子
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「何してるの?」
胎教で絵本を読んでいると、ロビン殿下が私の顔を覗き込んできた。ロビンはたびたび私の所に遊びに来る。
「お腹の赤ちゃんに絵本を読んで聞かせてるんですの」
「いいなあ。僕も読みたい」
「読みたいんですか?」
ロビンがうなずいた。
そう言えば、文字は名前しか書けないって言っていたわね。
文字もほとんど読めないのかもしれない。
私はその日から、ロビンに簡単な文字を教え始めた。
「おうじ、さまは、おひめ、さまと、しあわせに」
ロビンが真剣な顔で絵本を読み進めていく。その様子はとても微笑ましかった。
「赤ちゃん、喜んでくれたかなあ?」
ロビンは私のお腹をそっと撫でた。
「きっとすごく喜んでいますわ!だってお兄様に読んで頂いたんですもの」
「お兄様…お兄様かあ」
ロビンは噛み締めるように何度もその言葉を繰り返しては嬉しそうに笑った。
子育てをしているようだわ。
私は大きい子どもを相手に育児をしている感覚に襲われた。
ポリーヌから愛情をもらったこともあるのだろうが、ロビンは満たされているようには見えない。
ポリーヌも苦労をしたのかしら…
他の絵本を手に取り、たどたどしく読み始めたロビンを眺めながら、私は子を宿したからこそわかるようになった子どもへの想いから、ポリーヌに思いを馳せた。
「イーリス様、オリヴァー殿下から先触れが」
「なんて?」
「今からお見舞いに伺いたいと」
「あいつが来るの!?」
エヴァとのやりとりにロビンが割って入ってきた。オリヴァーの名前を聞いて不快そうにしている。
「僕あいつ嫌い」
「どうかそんなことおっしゃらずに。ご兄弟なんですから」
「イーリスの赤ちゃんがいるから、他の兄弟はいらない」
ロビンは頑として拒否する。
兄弟仲が悪いのかしら。
「殿下、今日はもうお帰り頂いてもいいでしょうか?」
雲行きが怪しくなっていく予感がして、私はロビンを帰したほうがいいと思ってせかした。
「どうして。もう一冊読む」
「また明日に。ね。お願いです。楽しみにしてますから」
「楽しみなの?仕方がないなあ」
私があくまで丁寧に頼むと、ロビンは素直に帰ってくれた。
「よく懐かれていますね」
エヴァが興味深そうに私に言った。
「変な言い方しないで」
ロビンと入れ替わるようにすぐにオリヴァーが訪れた。
「オリヴァー殿下、ごきげんよう」
「兄上がすれ違ったのですが。まさかここに?」
オリヴァーは挨拶どころではない様子で聞いてきた。
「ええ。時々、お見舞いに来てくださいます」
たびたび遊びに来る、では、変なふうに勘違いされそうで言えなかった。
「気をつけて。兄上は凶暴だから」
凶暴という言葉を包み隠さず出してしまうオリヴァーに私はロビンとの兄弟の壁を感じた。
「ご心配なく。私にはエヴァがいますから」
「ああ。最強の護衛と噂の侍女ですね」
オリヴァーもエヴァの武勇については聞き及んでいるようだ。
「お腹に触れても…?」
オリヴァーが控えめな声で私に伺いを立てた。
「まあ。どうぞ?お兄様に触れていただけるとこの子も喜びますわ」
オリヴァーはおずおずと私のお腹に触れた。
「わ。柔らかいような固いような…不思議ですね」
そっとお腹から手を離したあと、オリヴァーは考え込むように問うた。
「この子がもし、もし王子だったら──」
「──」
私は即答ができない。もし私の子が王子だったら、この子が王太子に即位するとの約定だ。
そうなれば、オリヴァーは王太子にはなれない。私が輿入れしなければ王太子になれたかもしれないのに。
「申し訳、ありません」
私は何となく謝った。私が決めたことではないのだが、国同士の取り決めは時に人を傷つける。
「あっいえ。変なことを聞いてしまって、僕こそ申し訳ありません!」
オリヴァーはやわらかい笑みで「忘れてください」と言った。そして「どうかよい子をお産みください」と言って、私の手をとった。
オリヴァーは私の手をやや長く握ったあと、ゆっくりと離した。
繊細な王子。微妙な立場で色んなことを考えてしまうのだろう。
「オリヴァー様。マリア様がお呼びです」
侍従が連れ戻しに来て、ようやくオリヴァーは部屋を出た。
「ねえ、エヴァ。ロビン殿下といいオリヴァー殿下といい、どうしてここに来るのかしら?」
「イーリス様が好きだからでは?」
「ちょ──!」
まったくエヴァはストレートすぎる。他に言いようはないのか。
好意を持ってくれることは嬉しいが、王子二人と恋愛する立場に私はない。
私とは年も近いし、弟のように思えるだけ。
今はこの子を無事産むことを一番に考えないと。
そんな私を黒い企みが待ち構えていた。
胎教で絵本を読んでいると、ロビン殿下が私の顔を覗き込んできた。ロビンはたびたび私の所に遊びに来る。
「お腹の赤ちゃんに絵本を読んで聞かせてるんですの」
「いいなあ。僕も読みたい」
「読みたいんですか?」
ロビンがうなずいた。
そう言えば、文字は名前しか書けないって言っていたわね。
文字もほとんど読めないのかもしれない。
私はその日から、ロビンに簡単な文字を教え始めた。
「おうじ、さまは、おひめ、さまと、しあわせに」
ロビンが真剣な顔で絵本を読み進めていく。その様子はとても微笑ましかった。
「赤ちゃん、喜んでくれたかなあ?」
ロビンは私のお腹をそっと撫でた。
「きっとすごく喜んでいますわ!だってお兄様に読んで頂いたんですもの」
「お兄様…お兄様かあ」
ロビンは噛み締めるように何度もその言葉を繰り返しては嬉しそうに笑った。
子育てをしているようだわ。
私は大きい子どもを相手に育児をしている感覚に襲われた。
ポリーヌから愛情をもらったこともあるのだろうが、ロビンは満たされているようには見えない。
ポリーヌも苦労をしたのかしら…
他の絵本を手に取り、たどたどしく読み始めたロビンを眺めながら、私は子を宿したからこそわかるようになった子どもへの想いから、ポリーヌに思いを馳せた。
「イーリス様、オリヴァー殿下から先触れが」
「なんて?」
「今からお見舞いに伺いたいと」
「あいつが来るの!?」
エヴァとのやりとりにロビンが割って入ってきた。オリヴァーの名前を聞いて不快そうにしている。
「僕あいつ嫌い」
「どうかそんなことおっしゃらずに。ご兄弟なんですから」
「イーリスの赤ちゃんがいるから、他の兄弟はいらない」
ロビンは頑として拒否する。
兄弟仲が悪いのかしら。
「殿下、今日はもうお帰り頂いてもいいでしょうか?」
雲行きが怪しくなっていく予感がして、私はロビンを帰したほうがいいと思ってせかした。
「どうして。もう一冊読む」
「また明日に。ね。お願いです。楽しみにしてますから」
「楽しみなの?仕方がないなあ」
私があくまで丁寧に頼むと、ロビンは素直に帰ってくれた。
「よく懐かれていますね」
エヴァが興味深そうに私に言った。
「変な言い方しないで」
ロビンと入れ替わるようにすぐにオリヴァーが訪れた。
「オリヴァー殿下、ごきげんよう」
「兄上がすれ違ったのですが。まさかここに?」
オリヴァーは挨拶どころではない様子で聞いてきた。
「ええ。時々、お見舞いに来てくださいます」
たびたび遊びに来る、では、変なふうに勘違いされそうで言えなかった。
「気をつけて。兄上は凶暴だから」
凶暴という言葉を包み隠さず出してしまうオリヴァーに私はロビンとの兄弟の壁を感じた。
「ご心配なく。私にはエヴァがいますから」
「ああ。最強の護衛と噂の侍女ですね」
オリヴァーもエヴァの武勇については聞き及んでいるようだ。
「お腹に触れても…?」
オリヴァーが控えめな声で私に伺いを立てた。
「まあ。どうぞ?お兄様に触れていただけるとこの子も喜びますわ」
オリヴァーはおずおずと私のお腹に触れた。
「わ。柔らかいような固いような…不思議ですね」
そっとお腹から手を離したあと、オリヴァーは考え込むように問うた。
「この子がもし、もし王子だったら──」
「──」
私は即答ができない。もし私の子が王子だったら、この子が王太子に即位するとの約定だ。
そうなれば、オリヴァーは王太子にはなれない。私が輿入れしなければ王太子になれたかもしれないのに。
「申し訳、ありません」
私は何となく謝った。私が決めたことではないのだが、国同士の取り決めは時に人を傷つける。
「あっいえ。変なことを聞いてしまって、僕こそ申し訳ありません!」
オリヴァーはやわらかい笑みで「忘れてください」と言った。そして「どうかよい子をお産みください」と言って、私の手をとった。
オリヴァーは私の手をやや長く握ったあと、ゆっくりと離した。
繊細な王子。微妙な立場で色んなことを考えてしまうのだろう。
「オリヴァー様。マリア様がお呼びです」
侍従が連れ戻しに来て、ようやくオリヴァーは部屋を出た。
「ねえ、エヴァ。ロビン殿下といいオリヴァー殿下といい、どうしてここに来るのかしら?」
「イーリス様が好きだからでは?」
「ちょ──!」
まったくエヴァはストレートすぎる。他に言いようはないのか。
好意を持ってくれることは嬉しいが、王子二人と恋愛する立場に私はない。
私とは年も近いし、弟のように思えるだけ。
今はこの子を無事産むことを一番に考えないと。
そんな私を黒い企みが待ち構えていた。
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