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14 マリアの裏の顔
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「オリヴァー。何ですか、イーリスにデレデレとはしたない」
「そんな。デレデレなんて」
マリアはもう気づいている。息子の恋心に。
オリヴァーはマリアの部屋で直立したまま目を伏せている。
「近づいてはなりません。陛下の女です」
日頃はたおやかなマリアから下品な物言いが飛び出した。
「ただのお見舞いです!僕の兄弟が産まれるんですよ」
「何を脳天気なことを言っているのです?兄弟などとんでもないことです!!」
マリアの剣幕にオリヴァーはたじろいだ。
「僕が王太子になれなくなるからですか?」
マリアの顔色を伺いながら、だがはっきりとオリヴァーは聞いた。
「あなた以外の誰がなるというのです?」
その不適な笑みは、冷たい石膏像が笑いかけているようだった。
「オリヴァー。王太子の座を誰にもわたしてはなりません」
「兄上だっているのに」
「ロビンは元々眼中にはありません。あれに王太子など無理です」
オリヴァーの言葉をマリアは切り捨てた。
「イーリス様は母上の命の恩人ですよ?」
食い下がるオリヴァーにマリアはため息をつく。
「すっかり情が移ってしまって…まだ若いから仕方がないけれど。恩人といえば確かに恩人ですけれど」
マリアは含みのある言い方をした。
「これからの未来は全てお前のためにあるのです。あなたはあの女に近づかないように」
愛おしそうにオリヴァーの頬を両手で包み、マリアは再度忠告した。
そう。誰にも渡してはならない。
異国の妃の子になどなおさら。
マリアは冷たい瞳でかつて犯した罪を思い起こした。
外国から来たその王妃に陛下はぞっこんだった。
私は由緒正しきこの国の貴族。長い歴史の中で何人もの王妃を輩出してきた名門バーリーグレーン侯爵家だ。
それに比べ、今度嫁いできた王妃の実家は我が家とは比べ物にならないほど歴史の浅い家だった。
プライドが許さない。
そんな瑣末な家門の娘が私の上に立つ王妃などと。
私は異国から来て何もわからない王妃に親切ヅラをしながら近づいた。
私が持参する花茶や薬茶を王妃は疑いもせず喜んで飲んだ。子を出来にくくする薬だった。我が家では昔から陰謀に使われているものだ。
案の定、王妃にはなかなか子ができなかった。数年後、ポリーヌと私が側妃として嫁ぐことになった。
私はポリーヌにも同様の不妊薬をしこんだ。ポリーヌは用心して滅多に私の茶を飲まなかったが、油断した隙に飲ませた茶のせいか、生まれたのがあのどうしようもないロビンだった。
私は素直で賢いオリヴァーを育てながら、ロビンに四苦八苦しているポリーヌを愉快に眺める毎日を送った。
ある日とうとうロビンが塔に移ることになった。陛下や母親に愛想を尽かされたのだ。
その調子よ、ロビン。
あなたはオリヴァーの引き立て役なのよ。
全てがうまくいっていたのに、ある時、受け入れ難い知らせが王宮を支配した。
王妃の懐妊。
なんとかしなければならない。
産まれてくる子が王女であったとしても油断はならない。
一人目が産まれると次も産まれやすいという。
王子を産んでしまってはおしまいだ。
実際、陛下はロビンもオリヴァーも王太子として任じていなかった。あくまで王妃の子を王太子にしたいという陛下の意志の表れだった。
私はポリーヌに「王妃の子が王子だったらロビンは一生王太子になれない」という恐怖心をそれとなく植え付けた。
そのあとポリーヌの侍女の一人を買収し、お腹の子が死産する薬があるという情報を吹き込ませた。
「飲んだ母親が死ぬわけではないので、怖がることはありません」
侍女の言葉にポリーヌは薬を手にした。だが気の強いポリーヌもしばらくの間躊躇していた。
そんな意気地なしのポリーヌを私は歯痒く思っていたが、ある時まだ6歳のロビンが王妃の部屋を訪れたあと、王妃のお腹の子は動かなくなった。
ロビンがやってくれた──!
きっと踏ん切りがつかず悩んでいた母親の役に立ちたいと、ロビンなりに思いたったのだろう。破滅の子は誰かを破滅させる力を持っている。
私は王妃にとどめを刺すことを忘れなかった。お腹の子の異変に絶望している王妃にいたわりの毒茶を飲ませた。もちろん誰もいない隙をねらって。
王妃はあっという間に衰弱して死の国へ旅立った。私を疑う者は誰一人いなかった。
私は笑いをこらえるのに必死だった。
これで我が子オリヴァーは安泰だ。
そのうち陛下も諦めてオリヴァーを王太子に擁立するだろう。
私は安心して過ごしていた。ところが。
隣国から新たな妃が輿入れしてきた。
まだうら若い小娘だ。
しかもその父王は元子爵という低い身分で、国の歴史もたったの10年!
信じられない私への愚弄だった。
陛下も陛下だ。
金のために隣国に頭を下げて婚姻を取り付けるなど。
しかも、相手国の横暴な条件。
王子が産まれたらその子を王太子とすること。
いつその妃を殺そうか。
子ができたとしてももろともに。
私の頭はいつもそのことでいっぱいだった。
私はイーリスを油断させるため、自らを犠牲にしてある毒茶を飲んだ。毒を飲まされ瀕死の状態にまでなった者を疑うことはそうそうないからだ。
イーリスは薬学に詳しいと銀行家から聞いていた。私の身を呈するくらいしないとイーリスの目はごまかせなかっただろう。
買収した宮廷医師の助手をあえてポリーヌの縁戚の仕事紹介所に登録させたのも、自分の身を守るためだ。これで万が一、毒茶を勧めたという罪で助手が調べられても、ポリーヌに疑いの目が向かうはずだ。
そして時期がきた。私のことを疑いもせず敬っているあの娘イーリス。
あなたは厄介だから早めに殺すことにしたわ。
さよならの時がきたのよ。
私は引き出しから覗く赤い箱を眺めながら、イーリスに誘いの文をしたためた。
「そんな。デレデレなんて」
マリアはもう気づいている。息子の恋心に。
オリヴァーはマリアの部屋で直立したまま目を伏せている。
「近づいてはなりません。陛下の女です」
日頃はたおやかなマリアから下品な物言いが飛び出した。
「ただのお見舞いです!僕の兄弟が産まれるんですよ」
「何を脳天気なことを言っているのです?兄弟などとんでもないことです!!」
マリアの剣幕にオリヴァーはたじろいだ。
「僕が王太子になれなくなるからですか?」
マリアの顔色を伺いながら、だがはっきりとオリヴァーは聞いた。
「あなた以外の誰がなるというのです?」
その不適な笑みは、冷たい石膏像が笑いかけているようだった。
「オリヴァー。王太子の座を誰にもわたしてはなりません」
「兄上だっているのに」
「ロビンは元々眼中にはありません。あれに王太子など無理です」
オリヴァーの言葉をマリアは切り捨てた。
「イーリス様は母上の命の恩人ですよ?」
食い下がるオリヴァーにマリアはため息をつく。
「すっかり情が移ってしまって…まだ若いから仕方がないけれど。恩人といえば確かに恩人ですけれど」
マリアは含みのある言い方をした。
「これからの未来は全てお前のためにあるのです。あなたはあの女に近づかないように」
愛おしそうにオリヴァーの頬を両手で包み、マリアは再度忠告した。
そう。誰にも渡してはならない。
異国の妃の子になどなおさら。
マリアは冷たい瞳でかつて犯した罪を思い起こした。
外国から来たその王妃に陛下はぞっこんだった。
私は由緒正しきこの国の貴族。長い歴史の中で何人もの王妃を輩出してきた名門バーリーグレーン侯爵家だ。
それに比べ、今度嫁いできた王妃の実家は我が家とは比べ物にならないほど歴史の浅い家だった。
プライドが許さない。
そんな瑣末な家門の娘が私の上に立つ王妃などと。
私は異国から来て何もわからない王妃に親切ヅラをしながら近づいた。
私が持参する花茶や薬茶を王妃は疑いもせず喜んで飲んだ。子を出来にくくする薬だった。我が家では昔から陰謀に使われているものだ。
案の定、王妃にはなかなか子ができなかった。数年後、ポリーヌと私が側妃として嫁ぐことになった。
私はポリーヌにも同様の不妊薬をしこんだ。ポリーヌは用心して滅多に私の茶を飲まなかったが、油断した隙に飲ませた茶のせいか、生まれたのがあのどうしようもないロビンだった。
私は素直で賢いオリヴァーを育てながら、ロビンに四苦八苦しているポリーヌを愉快に眺める毎日を送った。
ある日とうとうロビンが塔に移ることになった。陛下や母親に愛想を尽かされたのだ。
その調子よ、ロビン。
あなたはオリヴァーの引き立て役なのよ。
全てがうまくいっていたのに、ある時、受け入れ難い知らせが王宮を支配した。
王妃の懐妊。
なんとかしなければならない。
産まれてくる子が王女であったとしても油断はならない。
一人目が産まれると次も産まれやすいという。
王子を産んでしまってはおしまいだ。
実際、陛下はロビンもオリヴァーも王太子として任じていなかった。あくまで王妃の子を王太子にしたいという陛下の意志の表れだった。
私はポリーヌに「王妃の子が王子だったらロビンは一生王太子になれない」という恐怖心をそれとなく植え付けた。
そのあとポリーヌの侍女の一人を買収し、お腹の子が死産する薬があるという情報を吹き込ませた。
「飲んだ母親が死ぬわけではないので、怖がることはありません」
侍女の言葉にポリーヌは薬を手にした。だが気の強いポリーヌもしばらくの間躊躇していた。
そんな意気地なしのポリーヌを私は歯痒く思っていたが、ある時まだ6歳のロビンが王妃の部屋を訪れたあと、王妃のお腹の子は動かなくなった。
ロビンがやってくれた──!
きっと踏ん切りがつかず悩んでいた母親の役に立ちたいと、ロビンなりに思いたったのだろう。破滅の子は誰かを破滅させる力を持っている。
私は王妃にとどめを刺すことを忘れなかった。お腹の子の異変に絶望している王妃にいたわりの毒茶を飲ませた。もちろん誰もいない隙をねらって。
王妃はあっという間に衰弱して死の国へ旅立った。私を疑う者は誰一人いなかった。
私は笑いをこらえるのに必死だった。
これで我が子オリヴァーは安泰だ。
そのうち陛下も諦めてオリヴァーを王太子に擁立するだろう。
私は安心して過ごしていた。ところが。
隣国から新たな妃が輿入れしてきた。
まだうら若い小娘だ。
しかもその父王は元子爵という低い身分で、国の歴史もたったの10年!
信じられない私への愚弄だった。
陛下も陛下だ。
金のために隣国に頭を下げて婚姻を取り付けるなど。
しかも、相手国の横暴な条件。
王子が産まれたらその子を王太子とすること。
いつその妃を殺そうか。
子ができたとしてももろともに。
私の頭はいつもそのことでいっぱいだった。
私はイーリスを油断させるため、自らを犠牲にしてある毒茶を飲んだ。毒を飲まされ瀕死の状態にまでなった者を疑うことはそうそうないからだ。
イーリスは薬学に詳しいと銀行家から聞いていた。私の身を呈するくらいしないとイーリスの目はごまかせなかっただろう。
買収した宮廷医師の助手をあえてポリーヌの縁戚の仕事紹介所に登録させたのも、自分の身を守るためだ。これで万が一、毒茶を勧めたという罪で助手が調べられても、ポリーヌに疑いの目が向かうはずだ。
そして時期がきた。私のことを疑いもせず敬っているあの娘イーリス。
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私は引き出しから覗く赤い箱を眺めながら、イーリスに誘いの文をしたためた。
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