7 / 39
第7話 黒曜の離宮と、三つの真実
しおりを挟む
王都の北西、深き黒森の奥――
そこにひっそりと建つ“黒曜の離宮”は、かつて王族の離席時に使われた静寂の殿であった。
今では存在すら公にはされず、知る者も限られている。
だがその扉が、今日、再び開かれる。
リーナ・アークレインは、外套のフードを被ったまま、静かに門を潜った。
傍らには、盟友となった王宮侍医・アシュレイ・ハーヴィス。
そして、後方には辺境領主代理・ジーク・レヴァントの身影。
「ここが……王家の影が集う場所なのね」
「かつては、反逆者の“幽閉離宮”と呼ばれていた場所です。
けれど今は、第三王子が“もう一つの王国”の礎にしようとしていると聞きました」
アシュレイの言葉に、ジークが微かに眉を寄せた。
リーナは黙ったまま、石畳を進んだ。
◆ ◆ ◆
離宮の奥、黒曜石の柱が立ち並ぶ広間にて。
彼は待っていた。
アリウス・ルーデン。
王家の第三王子にして、“静謐の皇子”と呼ばれる男。
常に宮廷の表舞台を避け、法典と記録を読み続けてきた影の王族。
だが、その眼差しは濁りなき金。
王の血を宿しながらも、どこか人としての深みを抱いた視線だった。
「……お初にお目にかかります、侯爵令嬢リーナ・アークレイン」
「お招きいただき、光栄です」
形式を踏んだ礼のあと、リーナは率直に口を開いた。
「第三王子殿下は、なぜ私をここに?」
アリウスは一瞬黙したのち、黒曜の椅子に腰を下ろした。
「三つの真実を知りたかったのです。
一つ。貴女が本当に《月陰写本》を継承しているのか。
二つ。その知識を、いかにして“支配”ではなく“救済”に使おうとしているのか。
そして三つ。
王家が今後進むべき道を、“貴女の眼”でどう見ているのか」
静かな言葉だった。だが、その一語一語が鋭く、曖昧さを許さない刃のようでもあった。
リーナは金の瓶を差し出す。
「ならば、“これ”を飲んでください。“誓薬”です」
アリウスの眉がわずかに上がる。
だが彼は、一言も発せずにそれを受け取り、一息に飲み干した。
「どうぞ、お答えください、侯爵令嬢」
リーナはゆっくりと頷き、真っ直ぐ彼の瞳を見た。
「一つ。はい、私は《月陰写本》を所持し、そこから導いた処方を実用化しています。
ただし、それは誰かを支配するためではありません。
むしろ、“支配の鎖”を断ち切るために用いてきました」
アリウスは頷き、手元の文書に目を落とした。
「二つめ。
貴女の“緋香”は、王都で施された精神操作魔法すらも解いたと聞いています。
それが事実ならば……王家の“罪”の証左となります」
「事実です。
私はそれを“証明”するために、王宮兵のひとりに《緋香》を用いました。
彼は、王太子に忠誠を誓うよう“命令魔術”をかけられていたにも関わらず、
服用後に正気を取り戻し、自らの意志で王都を離れました」
重く、沈黙が落ちた。
「……そして、三つ目」
アリウスは静かに問う。
「王家は、どこへ進むべきか」
リーナは小さく息を吸った。
「“立っている場所”を変えることです。
高い玉座にいるからこそ、見えないものがある。
けれど、薬師は違う。
私は“足元”を見てきました。
民の咳、使用人の疲労、兵士の傷――
支配ではなく、理解と対話。
それこそが、貴方が掲げるべき“治癒の王政”ではありませんか?」
その言葉に、アリウスは立ち上がった。
「……リーナ・アークレイン。
貴女を、王家の“暫定薬術顧問”に任命する。
私の元で、“王都の毒”を解毒してほしい」
「お受けしましょう」
二人は互いに、静かに頭を下げ合った。
◆ ◆ ◆
謁見を終えた帰路、馬車の中でジークが問うた。
「リーナ様。本当に……このまま王都へ?」
「ええ。いよいよ“本丸”に入るわ。
けれど、私のざまぁは“破壊”じゃない。
“処方”なの。
彼らがどれだけ毒を抱えていても……私の手で、治してやる」
その瞳には、迷いの色はなかった。
◆ ◆ ◆
そして、翌週。
王宮医務局にて、正式な布告が下された。
《侯爵令嬢リーナ・アークレイン、王家直轄医務顧問に任命》
その報は、王都の貴族社会に衝撃を与え、
あの“ざまぁ舞踏会”の記憶を蘇らせることとなる――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
第7話、お読みいただきありがとうございました。
今回はついに第三王子との謁見、そして“ざまぁのその先”――国を変える一手が動き始めました。
次回からは“王都編”が本格的に始動します。
裏切り、策略、そしてもう一度、真実の対話。
リーナの旅はまだ、ここからが本番です。
応援・フォロー・お気に入り、いつも本当に励みになります!
引き続き、よろしくお願いいたします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
そこにひっそりと建つ“黒曜の離宮”は、かつて王族の離席時に使われた静寂の殿であった。
今では存在すら公にはされず、知る者も限られている。
だがその扉が、今日、再び開かれる。
リーナ・アークレインは、外套のフードを被ったまま、静かに門を潜った。
傍らには、盟友となった王宮侍医・アシュレイ・ハーヴィス。
そして、後方には辺境領主代理・ジーク・レヴァントの身影。
「ここが……王家の影が集う場所なのね」
「かつては、反逆者の“幽閉離宮”と呼ばれていた場所です。
けれど今は、第三王子が“もう一つの王国”の礎にしようとしていると聞きました」
アシュレイの言葉に、ジークが微かに眉を寄せた。
リーナは黙ったまま、石畳を進んだ。
◆ ◆ ◆
離宮の奥、黒曜石の柱が立ち並ぶ広間にて。
彼は待っていた。
アリウス・ルーデン。
王家の第三王子にして、“静謐の皇子”と呼ばれる男。
常に宮廷の表舞台を避け、法典と記録を読み続けてきた影の王族。
だが、その眼差しは濁りなき金。
王の血を宿しながらも、どこか人としての深みを抱いた視線だった。
「……お初にお目にかかります、侯爵令嬢リーナ・アークレイン」
「お招きいただき、光栄です」
形式を踏んだ礼のあと、リーナは率直に口を開いた。
「第三王子殿下は、なぜ私をここに?」
アリウスは一瞬黙したのち、黒曜の椅子に腰を下ろした。
「三つの真実を知りたかったのです。
一つ。貴女が本当に《月陰写本》を継承しているのか。
二つ。その知識を、いかにして“支配”ではなく“救済”に使おうとしているのか。
そして三つ。
王家が今後進むべき道を、“貴女の眼”でどう見ているのか」
静かな言葉だった。だが、その一語一語が鋭く、曖昧さを許さない刃のようでもあった。
リーナは金の瓶を差し出す。
「ならば、“これ”を飲んでください。“誓薬”です」
アリウスの眉がわずかに上がる。
だが彼は、一言も発せずにそれを受け取り、一息に飲み干した。
「どうぞ、お答えください、侯爵令嬢」
リーナはゆっくりと頷き、真っ直ぐ彼の瞳を見た。
「一つ。はい、私は《月陰写本》を所持し、そこから導いた処方を実用化しています。
ただし、それは誰かを支配するためではありません。
むしろ、“支配の鎖”を断ち切るために用いてきました」
アリウスは頷き、手元の文書に目を落とした。
「二つめ。
貴女の“緋香”は、王都で施された精神操作魔法すらも解いたと聞いています。
それが事実ならば……王家の“罪”の証左となります」
「事実です。
私はそれを“証明”するために、王宮兵のひとりに《緋香》を用いました。
彼は、王太子に忠誠を誓うよう“命令魔術”をかけられていたにも関わらず、
服用後に正気を取り戻し、自らの意志で王都を離れました」
重く、沈黙が落ちた。
「……そして、三つ目」
アリウスは静かに問う。
「王家は、どこへ進むべきか」
リーナは小さく息を吸った。
「“立っている場所”を変えることです。
高い玉座にいるからこそ、見えないものがある。
けれど、薬師は違う。
私は“足元”を見てきました。
民の咳、使用人の疲労、兵士の傷――
支配ではなく、理解と対話。
それこそが、貴方が掲げるべき“治癒の王政”ではありませんか?」
その言葉に、アリウスは立ち上がった。
「……リーナ・アークレイン。
貴女を、王家の“暫定薬術顧問”に任命する。
私の元で、“王都の毒”を解毒してほしい」
「お受けしましょう」
二人は互いに、静かに頭を下げ合った。
◆ ◆ ◆
謁見を終えた帰路、馬車の中でジークが問うた。
「リーナ様。本当に……このまま王都へ?」
「ええ。いよいよ“本丸”に入るわ。
けれど、私のざまぁは“破壊”じゃない。
“処方”なの。
彼らがどれだけ毒を抱えていても……私の手で、治してやる」
その瞳には、迷いの色はなかった。
◆ ◆ ◆
そして、翌週。
王宮医務局にて、正式な布告が下された。
《侯爵令嬢リーナ・アークレイン、王家直轄医務顧問に任命》
その報は、王都の貴族社会に衝撃を与え、
あの“ざまぁ舞踏会”の記憶を蘇らせることとなる――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
第7話、お読みいただきありがとうございました。
今回はついに第三王子との謁見、そして“ざまぁのその先”――国を変える一手が動き始めました。
次回からは“王都編”が本格的に始動します。
裏切り、策略、そしてもう一度、真実の対話。
リーナの旅はまだ、ここからが本番です。
応援・フォロー・お気に入り、いつも本当に励みになります!
引き続き、よろしくお願いいたします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
122
あなたにおすすめの小説
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
婚約破棄された傷心令嬢です。
あんど もあ
ファンタジー
王立学園に在学するコレットは、友人のマデリーヌが退学になった事を知る。マデリーヌは、コレットと親しくしつつコレットの婚約者のフランツを狙っていたのだが……。そして今、フランツの横にはカタリナが。
したたかでたくましいコレットの話。
急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…
satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~
黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。
待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金!
チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。
「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない!
輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる!
元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる