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第6話 再会の誓薬、王都より来た影
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春の終わり、辺境の地にもようやく柔らかな陽が差し始めた頃。
薬庵アークレインの門前に、風を裂くような駿馬の蹄音が響いた。
「来たか……」
リーナは小さく呟くと、硝子瓶を手に取った。
澄んだ金色の液体が、朝日を受けて輝いている。
“誓薬(せいやく)”。
それは、服用した者が“言葉と意志を交わした相手に嘘をつけなくなる”中級禁薬。
本来は王室の秘密外交や、旧時代の停戦交渉にのみ使用された伝承薬である。
扉を開くと、そこに立っていたのは深い緑の外套を羽織った男だった。
細身の体に神経質そうな指先、しかしその双眸だけは濁りなく、聡明な光を宿している。
「久しいな、リーナ」
アシュレイ・ハーヴィス。
王宮侍医にして、かつての薬術研究仲間。
リーナの調薬理論の礎を共に築いた男である。
「あなたが来てくれて、安心したわ」
「俺を呼びつけるほどだから、ただ事ではないとは思ったが……。
まさか“解毒”の準備が整ったと告げられるとはな」
アシュレイの口元がわずかにほころぶ。
「王都では、お前の薬が“真実を暴く魔女の毒”として恐れられている。
だが、俺は知っている。
あれは毒でも魔法でもない。
“構造そのものへの問いかけ”なんだろう?」
「ええ。だから、今日ここで“誓薬”を交わしてほしいの」
「俺と……?」
リーナは頷き、机に金の瓶を並べた。
「私たちは、いま“王国の嘘”と対峙しようとしている。
だからこそ、あなたが味方であることを――“言葉”ではなく、“意志”で示してほしい」
アシュレイは黙ってその瓶を手に取ると、一息に飲み干した。
「リーナ。俺はお前の味方だ。
たとえこの身が王都に引き裂かれようと、お前の知識と信念を、俺は信じる」
静かなその言葉が部屋を満たしたとき、硝子瓶の中の金色が一瞬だけ揺らぎ、そして静かに消えた。
成功――“誓い”は交わされた。
◆ ◆ ◆
アシュレイは王都から、重要な情報を携えていた。
「王宮の監察局だけでなく、今では魔法院の一部までが“リーナ排除”に動いている。
理由は簡単だ。お前が持つ《月陰写本》の知識と、その応用力が、いまや“王家の権威”そのものを脅かすからだ」
「……やっぱり」
「だが、逆に言えば“王族内部に味方がいない”とも限らない。
実は、先日第三王子殿下が密かに《ブルーム・リリィ》を服用していた。
その際、彼はこう言った。“あれが本当の力であれば、いずれ国を変える鍵になるだろう”と」
「第三王子……」
リーナの表情がわずかに揺れた。
第三王子は、政から遠ざけられた“静謐の皇子”と呼ばれる男。
社交界ではほとんど姿を見せず、学問と礼法を重んじる内向きな人物として知られている。
「つまり、彼は私を“毒”とは見ていない」
「むしろ“薬”として見ているのかもしれん。……国そのものへのな」
アシュレイは静かに言葉を継いだ。
「リーナ。いま、王都は大きく傾いている。
王太子派と保守派の間で、揺らぎが起きている。
お前が“第三の道”を示すのなら……変化は可能だ」
リーナは黙って頷いた。
長い沈黙ののち、彼女は立ち上がり、温室へと向かった。
「見せたいものがあるわ」
温室の奥、魔法封印された棚の中には、深緑の液体が並ぶ瓶があった。
「これは《緋香》(ひこう)と呼ばれる解毒剤。
体内に隠された魔術的拘束、すなわち“強制命令式”を解く働きがある」
「まさか……王宮侍従や兵士たちの中に“呪文契約”を施されている者が?」
「ええ。記憶封印、偽証命令、洗脳。
今まで無理やり従わせていた兵や使用人たちの意思を“自由”に戻すのが、この薬の目的」
アシュレイは驚きと、深い納得の表情で頷いた。
「それが……“解毒”か」
「ええ。この国の膿を取り除くには、まず“心の毒”から取り除く必要があるの。
それがなければ、“ざまぁ”も、“革命”も、ただの破壊に過ぎないわ」
◆ ◆ ◆
その夜。
辺境の夜は深く静まり返り、空にはまたたく星。
リーナは庵の中で《緋香》の調合を進めながら、机の端に置かれた一通の封筒を見つめていた。
それは、第三王子からの正式な文。
《アークレイン令嬢へ。
静かなる力を携えし者へ、私は今宵、正式な“謁見”の申し出をいたします。
場所は、黒曜の離宮。
静かなる対話の場にて、真に語り合いましょう。
――王族アリウス・ルーデン》
彼女の薬草の手が止まり、そして再び、静かに動き出した。
“静かな戦争”は、いま王家の心臓部に届こうとしていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
第6話、お読みいただきありがとうございました。
ついに“王家の内部”への道が開かれ始めました。
次回はいよいよ第三王子との謁見、そして“解毒”の意味が政治へと波及していきます。
引き続き、応援・フォロー・お気に入り、心より励みになります。
どうぞ今後の展開にもご期待ください。
――――――――――――――――――――――――――――――
薬庵アークレインの門前に、風を裂くような駿馬の蹄音が響いた。
「来たか……」
リーナは小さく呟くと、硝子瓶を手に取った。
澄んだ金色の液体が、朝日を受けて輝いている。
“誓薬(せいやく)”。
それは、服用した者が“言葉と意志を交わした相手に嘘をつけなくなる”中級禁薬。
本来は王室の秘密外交や、旧時代の停戦交渉にのみ使用された伝承薬である。
扉を開くと、そこに立っていたのは深い緑の外套を羽織った男だった。
細身の体に神経質そうな指先、しかしその双眸だけは濁りなく、聡明な光を宿している。
「久しいな、リーナ」
アシュレイ・ハーヴィス。
王宮侍医にして、かつての薬術研究仲間。
リーナの調薬理論の礎を共に築いた男である。
「あなたが来てくれて、安心したわ」
「俺を呼びつけるほどだから、ただ事ではないとは思ったが……。
まさか“解毒”の準備が整ったと告げられるとはな」
アシュレイの口元がわずかにほころぶ。
「王都では、お前の薬が“真実を暴く魔女の毒”として恐れられている。
だが、俺は知っている。
あれは毒でも魔法でもない。
“構造そのものへの問いかけ”なんだろう?」
「ええ。だから、今日ここで“誓薬”を交わしてほしいの」
「俺と……?」
リーナは頷き、机に金の瓶を並べた。
「私たちは、いま“王国の嘘”と対峙しようとしている。
だからこそ、あなたが味方であることを――“言葉”ではなく、“意志”で示してほしい」
アシュレイは黙ってその瓶を手に取ると、一息に飲み干した。
「リーナ。俺はお前の味方だ。
たとえこの身が王都に引き裂かれようと、お前の知識と信念を、俺は信じる」
静かなその言葉が部屋を満たしたとき、硝子瓶の中の金色が一瞬だけ揺らぎ、そして静かに消えた。
成功――“誓い”は交わされた。
◆ ◆ ◆
アシュレイは王都から、重要な情報を携えていた。
「王宮の監察局だけでなく、今では魔法院の一部までが“リーナ排除”に動いている。
理由は簡単だ。お前が持つ《月陰写本》の知識と、その応用力が、いまや“王家の権威”そのものを脅かすからだ」
「……やっぱり」
「だが、逆に言えば“王族内部に味方がいない”とも限らない。
実は、先日第三王子殿下が密かに《ブルーム・リリィ》を服用していた。
その際、彼はこう言った。“あれが本当の力であれば、いずれ国を変える鍵になるだろう”と」
「第三王子……」
リーナの表情がわずかに揺れた。
第三王子は、政から遠ざけられた“静謐の皇子”と呼ばれる男。
社交界ではほとんど姿を見せず、学問と礼法を重んじる内向きな人物として知られている。
「つまり、彼は私を“毒”とは見ていない」
「むしろ“薬”として見ているのかもしれん。……国そのものへのな」
アシュレイは静かに言葉を継いだ。
「リーナ。いま、王都は大きく傾いている。
王太子派と保守派の間で、揺らぎが起きている。
お前が“第三の道”を示すのなら……変化は可能だ」
リーナは黙って頷いた。
長い沈黙ののち、彼女は立ち上がり、温室へと向かった。
「見せたいものがあるわ」
温室の奥、魔法封印された棚の中には、深緑の液体が並ぶ瓶があった。
「これは《緋香》(ひこう)と呼ばれる解毒剤。
体内に隠された魔術的拘束、すなわち“強制命令式”を解く働きがある」
「まさか……王宮侍従や兵士たちの中に“呪文契約”を施されている者が?」
「ええ。記憶封印、偽証命令、洗脳。
今まで無理やり従わせていた兵や使用人たちの意思を“自由”に戻すのが、この薬の目的」
アシュレイは驚きと、深い納得の表情で頷いた。
「それが……“解毒”か」
「ええ。この国の膿を取り除くには、まず“心の毒”から取り除く必要があるの。
それがなければ、“ざまぁ”も、“革命”も、ただの破壊に過ぎないわ」
◆ ◆ ◆
その夜。
辺境の夜は深く静まり返り、空にはまたたく星。
リーナは庵の中で《緋香》の調合を進めながら、机の端に置かれた一通の封筒を見つめていた。
それは、第三王子からの正式な文。
《アークレイン令嬢へ。
静かなる力を携えし者へ、私は今宵、正式な“謁見”の申し出をいたします。
場所は、黒曜の離宮。
静かなる対話の場にて、真に語り合いましょう。
――王族アリウス・ルーデン》
彼女の薬草の手が止まり、そして再び、静かに動き出した。
“静かな戦争”は、いま王家の心臓部に届こうとしていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
第6話、お読みいただきありがとうございました。
ついに“王家の内部”への道が開かれ始めました。
次回はいよいよ第三王子との謁見、そして“解毒”の意味が政治へと波及していきます。
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