辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

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第21話『庶民代表、リュシエンを継ぐ者』

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春の風が、庵の薬草園をふわりと撫でる朝。
リーナは畝にしゃがみこみ、前夜の露で濡れた土を確かめていた。

 

青い蕾――それはリュシエンが名を残した“記憶草”。
まだ開ききらぬそれに、彼の言葉と笑顔が重なる。

 

「この香りが、次の誰かに届くといいけれど……」

 

静かに呟いた声に、背後から小さな足音。
姿を現したのは、まだ幼さを残す少女だった。
日焼けした頬、ぼさりとした髪、けれど目だけは真っすぐで――

 

「あなたが、リーナ様……?」

 

「あら、あなたは……?」

 

「わたし、カイリ。王都の下町、ノースブロックの出身。
“リュシエン様の名を継ぐ者”として、紹介されました」

 

リーナはしばらく言葉を失い、そして微笑んだ。

 

「……そう、ようこそ。
リュシエンは、あなたのことを知っていたの?」

 

「いえ……でも、彼が最後に守ったのが“私の家族”だったって、
兄が言ってました。
だから、彼の名を背負うなら、わたし、ちゃんと知っておきたくて」

 

少女の手はぎゅっと固く握られていた。
怯えも、不安もある。けれど、それでも“継ぐ”と選んだ瞳だった。

 

「それじゃあ……始めましょうか」

 

リーナは、薬草棚の奥からひとつの瓶を取り出した。
青の光を含んだその瓶は、リュシエンの記憶を封じた“遺名処方”だった。

 

「これは、“名を継ぐ”だけじゃない。
あなたの中に、“彼の願い”が染み込む処方よ。
苦しいこともあるかもしれない。
それでも……やる?」

 

カイリは、首を真っ直ぐに縦に振った。

 

「……やる」

 

リーナは深く頷き、瓶の封を解いた。

 

◆ ◆ ◆

 

薬庵の奥、静かな処方室。
リーナはカイリを椅子に座らせ、瞳を閉じさせる。

 

「深く呼吸して……リュシエンの“香り”を、心に吸い込んで」

 

ぽたり、と一滴。
瓶の中の液体が、香の器に垂らされた瞬間、
空間が淡い青に染まる。

 

それは――まるで、彼の声が響くようだった。

 

《ねえ、君は花に名前をつけること、ある?》
《僕は、それがずっと夢だったんだ》

 

カイリの表情がぴくりと震える。

 

《庶民ってさ、“名もなき者”って呼ばれるけど……
それでも、誰かの大事な名前で、ありたいよね》

 

《だから、君も。君の名前で、咲いてくれたら嬉しいな――》

 

少女の目から涙がこぼれた。
彼女は言葉にせず、ただ強く息を吸い込む。
まるで彼の願いを、ひとつ残らず拾い集めようとしているように。

 

◆ ◆ ◆

 

その処方が終わったあと、カイリはしばらく沈黙していた。
けれど最後に、小さく、それでもはっきりと口にした。

 

「……わたし、リュシエン様の“名”を、名乗ります。
でも、それだけじゃなく。
“わたし自身の名前”も、大切にしたいです」

 

リーナは、その答えに静かに笑った。

 

「それが、いちばん大事なことよ。
名を継ぐって、“なりきる”ことじゃない。
彼の意志を、“あなたの形”で咲かせることだから」

 

カイリの瞳が、一層まっすぐに輝いた。
その瞳は、王政の中心で――やがて庶民の希望として、
新たな名を刻むのだろう。

 

庵の外では、花弁がひとつ、ふわりと舞い上がる。
名を継いだ風が、王都へと向かうように。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あとがき
第21話、お読みいただきありがとうございます。
今回は、リュシエンの“遺名”を継ぐ少女カイリとの邂逅と、処方の場面を描きました。
“名を継ぐ”という行為を、単なる制度ではなく、“願いと意志”の継承として描くことを意識しました。

次回は、王政内でカイリが紹介される儀式と、それに対して異を唱える貴族派閥の動きが始まります。
リーナの薬庵にも、さらなる波紋が届くことでしょう。

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