マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと

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第十話 真実の価値

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秀吉が座り、真っ直ぐに三成を見つめる。

「さぁ話を聞こうがね」

殺意の視線が痛々しい。
三成はチラッと半兵衛を見る。
半兵衛は彼を落ち着かせるように頷く。

ーー心配するな。私、秀長殿、長吉殿、之綱殿、長康、秀包は間違いなくお主の味方であるぞ。

三成は勇気を振り絞り話し始める。

「まず単刀直入に申しますと、豊臣秀次様には謀反の意志はございません」

秀吉は驚きも何もしない。
ただ、冷たい視線で三成を見つめている。
刀で突き刺されたような感覚……切腹とはこういう感じなのだろう。
ズブズブと静かな痛みが彼の全身に漂う。

史実通りに秀次の悪行をでっち上げれば、どれくらい楽だっただろう。

ーーそれならば、いつも通り、私のことを息子のように笑顔で話しかけ包んでくれただろう。

おそらく、秀吉も詳細は掴んでおり、一部の連中と秀次を亡き者にすることで話はついている。
彼らにとって、それ故に真実の価値よりも虚偽の方が上なのだ。

しかし、半兵衛、秀長の価値観は違う。
優秀な秀次に死を与えれば、豊家は滅びの一途を辿ると予測している。

真実は何よりも価値があるのだ。

「安心しろ。何も起こらぬ。さぁ話せ」

半兵衛が優しく促す。

三成は混乱している。
ーー誰のため……真実は何の価値があるのだ? いや……半兵衛殿、秀長殿を信じるしかない。

「はい……秀次殿の悪行は調査をすれば簡単に上がってきました。これほど、容易であるのですが、秀次殿の近くにいた半兵衛殿や秀長殿の耳には入ってこない。私は疑念を感じ、独自に調査を致しました」

三成は淡々と話すが、もはや彼を動かすのは自身の持つ正義感と豊家への忠誠心。

ーー黙っていたら、秀次殿は亡き者にされる。殿下はこれを皮切りに味方になる人物を次々に粛清するだろう。それは防がねばならない。

三成は秀吉を心から尊敬していた。


ーー殿下は日本を戦国の混沌から救った英傑。このままでは暴君として名を連ねてしまう。

そう思っていた。
秀吉の心の闇から豊家を救うことは日本を救うことになる。
彼の中で決心と恐怖心が去来し感情を落ち着けるための沈黙が続き、周囲の空気が重くなっていく。

「ほう、おもろいのぉ。話してみぃ?」

秀吉の言葉が更に重くさせるが、ここにいる人間は秀吉の理解者でもある。
全員の目が彼の圧力に屈していない。
しかし、それが逆に秀吉を苛立たせ、三成に話すよう促した。

三成はそれに応じ、話し出す。

「秀次殿の悪行に根拠はありません。そして、それは秀次殿を処罰しやすくするためにした虚報にございます」

「処罰? 誰が何のために?」

秀長が三成に尋ねた。

「帝が病に伏せられた際、秀次殿は帝の主治医でもある曲直瀬玄朔殿を屋敷に呼び寄せました。これは関白の地位の乱用を問われる越権行為に当たります。帝の周囲にいる方々からすれば、秀次殿が太閤を継げば……と思われても仕方ありません」

「フン、よう調べたな。そうや。帝を蔑ろにするなどありえんやろ? 三成」

「しかし、斯様なことで豊家を分断すれば政に公家たちが顔を出してくることとなります。謝罪や処罰は必要かと思われますが、秀次殿への過度の処罰を与えては国が保ちません」

三成は語気を強めた。
これは父のような存在に近い秀吉に自分の決意を理解して欲しいからである。
そして、更に続ける。

「秀次殿は豊家……いや、日の本の希望でございます! どうか寛大な処置を!」

秀吉は三成の必死の説得を聞いていない。冷たい表情のまま、淡々と述べる。

「フン、何を言っておるか? ワシの耳はいいもんでよ。伝わっておるんだわ。秀次の悪行もな。長康よぉ、どないな教育しとるんじゃあ? おみゃあとは長いが、失望しとるわ」

長康は怒りに震えた……いや、秀次を一人の武将として立派に教育しており、息子のように可愛がっていた。
その存在に対して悪行をでっち上げられている。

長康は怒りのあまり、立ち上がる。

「……藤吉郎」

長康は高価な服を脱ぎ始めた。


「ワシにこんな服はいらん!」

長康は褌一枚になり短剣を取り出した。
小姓たちは秀吉の前に立ち、ガードするが、刃は長康自身に向けられている。

「いつから、そんなんになった!? こんなん嘘ばっかりであろう! 悲しくて涙も出んわ! 墨俣のときはそんなん違うかっただろうがよ! 秀次と俺を殺したいんやろ? 望み通り、ここで死んでやる!」

秀吉は、一瞬、目を潤ませて混乱の表情を浮かべた。

ーーまだ人としての感情を残している。

半兵衛たちはそれに気づくが、秀吉はすぐに冷静な表情に戻る。

「フン、急ぐな。沙汰が終わってからにしろ」

秀吉がそう呟くと、之綱が頭を下げたあとに淡々と話す。

「殿下、もし、秀次殿と長康殿を斬られるのであれば私にも死罪をお与えください」

「何故に? 関係ないでしょうに」

「殿下は私と共に楽しくおかしく、武家の末端として生きていくべきでした。亡き信長殿に不釣り合いな身分を与えられ、ご自身で人格を破壊してしまった。あの時、私がクズどもではなく、貴方様を救うべきだった。今、その責を取ります」

之綱の目に涙が溢れる。

「これからも貴方様は何千人……いや、何万人の民を犠牲にさせましょう。そんなこと私には耐えられません。さぁ私にも死罪を」

秀吉は混乱し始める。

「何じゃ! おみゃあら、ワシに好き放題いいよって。くだらねぇ! 皆、死罪でえええやろ! 長吉も謀反する気じゃろ? 知っとるで! 面倒じゃ。半兵衛も秀次、秀長もひっ捕えい!」

小姓や護衛たちは汗をかき、動けない。
明らかに非は秀吉にある。しかし、彼の命令は絶対。逆らえば一族郎党、残忍に殺される。
小姓の一人が動こうとした瞬間、警備役の一人だった薄田兼相が静止させる。

「どうした!? 兼相? 早よ、ひっ捕えたれや!」

ーー馬鹿げている……殿下は正気ではない。

兼相が秀吉に頭を下げて言う。

「恐れながら……殿下! 貴方様の行いは鬼そのもの! 私は尊敬すべき殿下を鬼になどしたくはありません!」

兼相がそう言った瞬間、秀吉が彼を足蹴にしながら怒鳴り散らす。

「アホか! ワシの命令は絶対ぞ!」

秀吉は馬乗りになって兼相を殴り続ける。

「アホが! 殴り殺してやるわ!」

「身寄りがない私を拾い上げてくれたのは貴方様! 貴方様に殴り殺されるなら本望! その代わり、正気にお戻りください」

堪り兼ねた秀包が秀吉を抱きしめて、取り押さえる。

「父上! おやめくだされ」

秀包の目が毛利元就のような鋭いものとなり、秀吉を見つめる。

「恐れながら、此度は貴方様に非がございます! どうか、落ち着き下さいませ。本当の貴方様は慈悲深い。私はそれを知っています。どうか……」

秀包は自分の中にある元就の人格を全面に押し出しながらも涙ながらに訴え、秀吉は少しずつ冷静さを戻し始める。



秀長は秀吉に近づき、秀包に優しく後ろに下がる様にジェスチャーをした。
秀包は頷き、一礼して下がり始めた。

ーー秀長殿は何か考えがあるはずだ。

秀長は肩を振るわせ、ますます小柄となった秀吉を見つめながらいう。

「またまた、兄者よぉ暴れ寄ってよってからに仕方ない」

そして、秀長は秀吉の肩を抱きながら諭し始める。

「兄者、秀包の言う通りだ。落ち着け。もう兄者を苦しめる者は誰もいねぇ。俺たちを馬鹿にしてた村の連中も之綱殿のところにいた下っ端も……兄者を小馬鹿にしてた市も勝家も。皆、いねぇんだ。もうやめにしようや。過去にはもう何の価値もねぇ。見てみろ。ここにおるみんな、本当の兄者のこと知っとる。長吉が裏切るわけねーから。みんな優しいのを知っとるからな。だから、もうええやろうて」

「そうなんや……そうなんやけどな……」

秀吉が泣きながら幼児退行してゆく。

「竹阿弥の親父に寺で暴れて二人で殴られたん思い出すな。親父かて、兄者のこと大事に思っておったからやで。皆、兄者のこと認めてたんや」

普段、厳格な態度をとり、言葉数が少ない竹中半兵衛も話し始める。

「私も貴方様のことは認めております。誠の暴君ならば、すぐにでも見放しております。これからも共に……」

秀吉は頷くと、ハッと我に帰り、

「秀次は!? 帝には謝罪したのか!?」

「安心しろ。帝には謝罪して根回しはしといた。秀次は好きにしろと言われたから、謹慎させてる」

「そうか……そうだったんやな。ワシは何という残酷なことをしようとしてたんや。しかも、それを何回も繰り返しとる」

秀吉は安心すると、罪の意識からまた取り乱し延々と泣きながら周囲に謝り出した。


「兼相、すまん! すまんなぁ!」

「ははは! 主君に殴られてこそ侍! 殿下、鬱憤が溜まっておりますなぁ! 共に城下に遊びに行きましょうぞ!」

兼相は何事もないかの様に笑い飛ばした。
空気が一変して和やかなものとなる。

「優しい父上になったぁ」

「秀包、おみゃあは最高の息子だで! おみゃあに頼ってばっかりじゃあ……ごめん、ごめんやで」

「構いません! ずっと優しい父上でいて下さいねっ!」

秀包の表情が少年の様なものに変わり、秀吉と泣きながら抱き合った。

三成は今日も

ーーあれくらい甘えられる人物に私もなりたい……

と秀包を見ながら思うのであった。

秀吉は取り乱したことを周囲に詫びる。

その後、数日に渡る議論をして半兵衛と秀長、浅野長吉などが秀次の処遇を決めた。

秀次は5万石の一大名として謹慎処分となり、帝の許しを得た。

その後、浅野長吉に対する謀反疑惑も確証がなく、途中から参加した前田利家や上杉景勝、立花宗茂、長宗我部信親からも長吉は不問にするという意見に賛同をして、全会一致で不問となる。
さらに秀吉は自身が行った長吉への無礼な振る舞いとして多大な褒美が与えられた。

もちろん、この男たちにも
「殿下より多大な金を貰うた! これで遊ぶで! 秀包はんに信親はん、宗茂はん! 一緒に京へ遊びに行きまひょ!」
兼相の誘いに秀包は
「いやぁ私たちは女子は苦手でな……」
と断るが、
「仕方ありませぬな。しかし、せっかくではあるので京を共に散策しませんか?」
秀包たちは仕方なく、城下に向かうことになる。

その頃、江戸では……

「秀次が生きているだと! その配下もお咎めなしだと? 天海、どうなっておる!」

本多正信が南光坊天海に怒り、尋ねる。

「まさか、斯様な結果となるとは……申し訳ありません。しかし、最上はこちら側につくよう、手配しております。それに策はまだまだございます……安心してくだされ、本多正信殿……そして、本多忠勝殿」

奥から小柄ではあるが、数多の修羅場を乗り越えてきた鬼の形相をした男が現れた。

続く

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