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第二十二話 さらば、秀吉! 後編
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今日は太閤・豊臣秀吉の主催する酒宴が行われる日。
その舞台となる京は民にも振る舞い酒と金を渡し、周囲には屋台が立ち並び、大規模な祭りのように盛り上がりを見せていた。
史実での晩年の秀吉は秀次たちを自害させ、朝鮮の役で大名たちだけでなく、様々な人たちを恐怖で支配し、日本を混乱させていた。
しかし、その世界線とは全く違う。
民たちは
「ずっと太閤はんの天下がええな!」
と喜んでいた。
秀吉はその様子を二条城から眺め、目を細めながら少年のように喜んでいた。
「よかった……民が喜んでくれとる」
隣にいる半兵衛も頷き、
「全ては殿下の善政がもたらしたもの。胸を張ってくだされ」
秀吉は泣き崩れた。
「よかった……ワシのやってきたこと……間違いではなかった……半兵衛。お主のおかげや。ワシがあかん方に行きそうになったら、いつも止めてくれた。ありがとうな」
半兵衛は秀吉が凶暴さを少しでも見せると、それを何度も諌めた。
時には語気を強め……必死に彼の暴走を止めていた。
他に信頼できる者……いや、友として喜怒哀楽を共にした者は皆亡くなっていった。
もしくは黒田如水のように離れていった。
その寂しさや悲しさといった秀吉一人が担っていた権力者の孤独も軽減されていた。
酒宴に一番乗りで来たのは浅野長吉、幸長親子と前野長康と羽柴秀次だ。
「ははは! 殿下! 何や!? 泣いてたやろ?」
長康が豪快に笑い飛ばすと、
「うっさいねん! まぁいつもなら首を切ったるところやが、許したるわ! 無礼講やで」
「殿下の下におったら、首がいくつあっつも足りんわな」
二人は笑い転げるが小姓は顔が真っ青だ。
しかし、長吉と半兵衛も笑いながら、小姓に言う。
「今日は無礼講や。笑うところやぞ」
半兵衛が初めて方言で話しているところを見た小姓も安心して笑い出した。
周囲の和やかな空気。
「清秀がおったらな……」
秀吉は亡くなった中川清秀を思い出した。
彼は半兵衛や長康同様に気が合い、兄弟の契りを交わした仲。
賤ヶ岳の戦いで秀吉の天下のために自らの命を捧げた。
ーーこの国を治めるのは秀吉しかいない。
清秀は圧倒的に不利な状況でも逃げずに戦った。
秀吉は場を白けさせてはいけないと考え、心の奥に清秀への思いをしまった。
秀吉は認知症を患ってはいたが、自分がやるべき改革の後処理を必死にこなしており、その部分を周囲に見せることはなかった。
ーーもうすぐ、一区切りつくだろう。
彼は半兵衛と共に暴力ではないかたちで、反乱を起こそうとした人間に理解を促し、成功し始めていた。
「やっておりますなぁ!」
優しい表情をした家康がやってきた。
秀吉は彼の明るい声に反応し、屈託のない笑顔になる。
「家康殿! どうぞ、近くに!」
秀吉と家康、二人は手を握り合い笑顔で話し合う。
「殿下! 一週間ぶりでございますな!」
「ワシらは兄弟のようなもの! 毎日でも会いたいくらいじゃ」
二人の言葉に嘘はないだろう。
史実では家康は残虐さを剥き出しにする秀吉に対して、仕方なく従っていた部分はあっただろう。
しかし、この世界では互いに尊敬をしており兄弟のような関係である。
秀長がいない今、半兵衛以外で心を開くことができる貴重な存在。
「父上ー!」
無邪気な声が響き渡る。
秀包がやってきたのだ。
「内府殿! ズルいです! 殿下は私にとって父そのもの」
「なるほど、ならば、ワシは叔父にあたるな。さすれば、輝元殿には、もう少し言うこと聞いてもらわねばな」
家康の冗談に笑い合う。
毛利輝元……彼は水面下で秀吉亡き後の世界を想定して動き始めており、秀吉や家康たちと距離を取り始めていた。
独自に天下を狙う輝元、家康を天下人に祭り上げようとする徳川家臣と内通している吉川広家、そして、
「秀包、また甘えておるのか!? 仕方ないのぉ!」
末次元康、天野元政がやってきて、秀包を揶揄い、また笑顔が生まれる。
豊臣家に義理があり、秀吉に忠誠を誓う秀包、元康、元政。
毛利家もまた割れているのであった。
しかし、今宵はそんなことは些細なこと。
続々と豊臣家に恩がある者たちがやってきて、酒と豪華な料理を嗜んだ。
「何や広家はおらんのか?」
秀吉は広家に会えないことを寂しがり、秀包の顔が曇る。
ーーこれ程までに父上は広家を心配されているのに……なぜ理解しようとしない。
秀吉はこの世界線でも吉川広家に対して官位や褒美などを与えていた。
戦で活躍すれば、笑顔で褒め称えていた。
しかし、広家は……
秀吉は心を開いてくれない広家を思い、俯いた。
「美味い! やっぱり京は良いもんですな!」
秀吉と秀包はハッと声がする方を振り返った。
鮭延秀綱が大声をあげて、ひたすら食べていたのだ。
「誰じゃ誰じゃあ?」
秀吉が秀綱のもとに無邪気な笑顔を浮かべながら向かい、秀包は微笑み、彼らを見つめた。
「ねぇ、こちらで話しませんか?」
秀包の耳元で艶やかな声で囁く声……秀包はハッと振り返る。
彼女の艶やかな笑みを浮かべている。
ーー駒姫……こんな表情をするのか?
秀包は美男子であり、剣豪であり毛利元就の血を継ぐ男……彼に対して男の部分を求める女性はたくさんいた。
今の駒姫は、その女性と同じ表情をしている。
まだ15の少女……しかし、整った西洋人形のような顔、雪のように白く薄紅色の上品さと色気を醸し出す唇。
彼女は秀包を女として求め、少女から女へと変わろうとしている。
その異常な色気に秀包は戸惑いながら駒姫のもとに向かう。
二人は自分の中の性欲と付き合い、距離を縮めていく。
一方の秀吉は食べっぷりがいい秀綱を見つめていた。
「秀綱、殿下の前であるぞ。控えよ」
最上義光が注意をするが、秀吉は
「ええ、構わん! 明後日まで酒宴や! 食いたいだけ食え! 飲みたいだけ飲めばええ……しっかしええ食いっぷりやな。鮭延秀綱言うたな?」
と小姓を呼び、秀綱に金塊と普段帯刀している刀を渡した。
「褒美じゃ! お主が先導して食って飲んでくれるから、皆、気兼ねなくやれとる。どうや? 酒宴長にしたる。たまに京に来て、たくさん飲んで食って、たくさん寝るだけ。三年やってくれたら官位やるで」
「ひゃあ! たまらん! オネシャス!」
義光はため息をするが、内心は喜んでいた。
ーー駒が毎日楽しいと言っていたことに嘘はなかったようだ……
彼は一瞬、駒の様子を見た。
秀包と駒は仲睦まじく話している。
義光は成長し自分の手から離れた娘に対して寂しさを感じ、それを胸の奥にしまい込んだ。
そこへ秀吉がやってきて、謝罪する。
「義光、すまんな。お主の娘を危険な目に」
義光は駒姫を見つめながら、答える。
「斯様な無粋なことは言いなさるな。私や秀綱は楽しんでおります。殿下も楽しみましょうぞ」
秀吉は頷き、義光に
「ありがとうな。駒のおかげで茶々と寧々が仲良くやれとる」
と話し、世間話に花を咲かせた。
立食パーティーのように席が変わり続け、立花宗茂は長宗我部信親の近く行き話し始めた。
「この酒宴、治部殿が金の準備をしたらしいな」
「……らしいな」
「信親、何か引っ掛からんか?」
「宗茂、無粋ぜよ。今宵は楽しもう」
宗茂は微笑み、頷き秀包のもとに向かい、いつものように明るく政治とは関係ないことを話し始めた。
信親にとって、秀吉は自分を中央政権に引き立ててくれた上に父親に嫌われている弟まで引き取り面倒を見てくれている存在。
信頼関係は強固なものである。
ーー何があろうと、宗茂たちと共に豊臣家を守るのみ。
強く決心していた。
夜は深くなる。
途中から参加した島津義弘、歳久が盛り上げ、笑い声が絶えない。
秀吉は皆が幸せそうな表情をしながら、自身も人生を振り返っていた。
「隣……よろしいかな?」
秀吉が声のする方に振り返ると、この世にはいないはずの毛利元就がいた。
「元就殿ですか?」
「ようわかったな」
元就は秀吉の隣に座る。
しばらく、二人は黙り込んだ。
「輝元や隆景を厚遇し、秀包たちを立派に育ててくれた礼が言いたい」
元就が、そのように切り出すと秀吉は頷き、話出す。
「いえ、毛利家は私を支えてくれました……輝元殿、隆景殿は各地の大名との仲介役となり、ワシの言うことをわかりやすく配下の者に伝えてくれた……元春殿と広家は武を以て、ワシを支えてくれ、秀包たちはワシに道を外さぬようにしてくれた……ワシの方こそ感謝せねばなりませぬ」
元就は秀吉亡き後に輝元が豊臣政権と徳川家康に対して刃を向けることに気づいている。
いや、元就自身も生きていれば同じように行動に移したかもしれない。
しかし、この世界では違う。
秀吉は尊敬に値する存在。
「少し酔いました。外の景色を観ますか?」
元就は頷き、二人は移動した。
活気がある街並み。
深夜となっても祭りを楽しむ民の声が聞こえる。
「ワシの守るべきは豊臣家ではない。民の笑顔なのです。それを半兵衛や内府殿、秀包たちに教えてもらいました……そして、ワシなりにやってきた。悔いはございません……貴方様が見える意味。理解しております……もう終わりなのでしょう?」
「わかっておったか……」
「どうしても……ですか?」
「仕方ないことだ。許してくれ」
「許すも何も。畏まりました。最後に皆に伝えたいことがあります」
「……わかった」
元就は街並みを見つめながら言う。
「ワシの目指していた理想の天下と似ておる。ようやったぞ。秀吉」
「ありがたき幸せ」
二人は数分ほど、外の風に吹かれ、酒宴会場に戻る。
武将たちは秀吉を待っていた。
「おお! 殿下、おらんと寂しいです!」
秀綱がそう言うと、秀吉は彼を見つめながら言う。
「お主、おもろいな。ますます気に入った。半兵衛、全てが終わったら彼奴に畿内に10万石与えたれ」
「畏まりました」
「やりぃ!」
周囲が笑顔に包まれる。
秀吉は続けて話し出す。
「幸せや。ここにおる皆。おらん三成、清正、正則たち……ありがとうな」
「なんや!? 死ぬ前の挨拶か? そんなんいらんで」
長康が秀吉を揶揄う。
「わかっとるわ。安心せぇ。疲れたから寝る。皆、明後日までゆっくりしてくれや。また明日な」
秀吉は会場から去っていく。
その途中、彼は秀包と駒姫の近くに寄る。
「秀包、あとは頼んだぞ。宗茂、信親、歳久と共に秀次や秀頼を守ってやってくれ」
秀包は秀吉の方を見る……
ーー父上……元就の父もいる……まさか……
秀包は、その意味がわかりガタガタ震え始める。
秀吉は駒姫に向かい優しく言う。
「駒よ、そなたは淀を頼んだ。半兵衛がワシにしたように道を外した時は止めてやってくれ。淀や寧々はそなたのことを家族や思うとるからな。言うこと聞くやろし」
駒も元就が見え、言葉の意味に気づく。
ーー殿下……
秀吉は震える秀包を優しく見つめる。
「ありがとうな。ワシの大切な息子よ。お主なら、ワシよりも優れた君主になろう。駒よ、秀包も支えたってや」
駒は平伏し承諾した。
「さらばや」
秀吉はそう言うと、元就と会場を後にした。
廊下には半兵衛がいた。
「後は任せたぞ」
半兵衛は頷く。
「殿下、幸せな夢でしたな」
秀吉は微笑みながら
「半兵衛、ありがとうな。ちょっと疲れたから寝てくるわ」
と言って去っていく。
半兵衛は去り行く秀吉の背中を見ながら呟く。
ーー次は彼岸でお会いしましょう。
秀吉の寝室に近づくと、元就は室内に人の気配を感じて止まる。
「淀君も北政所もおるではないですか? 無粋なことはしたくない。また朝ごろに……」
「いいのですか?」
「最後の夜となりましょう。ごゆっくりお話しくださいませ」
そう残して、元就は消えていく。
秀吉は寝室を開くと、北政所と淀が仲良く話していた。
「何や? 寧々もおったんか?」
「当たり前やないの? アンタはいつも楽しいことは独り占めするからな。来たんよ」
「寧々様、すっごく面白いんですよ。さぁ一緒に話しましょう」
「何や? 何や?」
秀吉は寧々と淀の二人と昔の思い出などを話し始めた。
貧乏な織田家臣時代の苦労話や亡くなった秀長や家族の話、さらには最近の世間話など。
そして、夜が深まると三人は知らない間に生まれたままの姿となり、そのまま何度も繋がりあっていた。
秀吉は二人への愛を何度も吐き出し、彼女たちもそれを受け入れていた。
愛の雫が果てると、また秀吉は思い出話を始め、二人は笑顔で応える。
「そんでな……」
秀吉の声が途切れる。
彼は気がつくと自身が生まれた中村の地にいることに気づく。
「兄ちゃん、何しとるんや!」
若い時の秀長がいる。
「あれ? 秀長? わこうなったな?」
「何を言うとる。そんなことより、松下之綱殿や遠路から毛利元就殿が待っとるで!」
「へ?」
秀長に言われるがまま、実家に向かう。
そこには母親の仲や竹阿弥など大家族がいた。
「秀吉! これからおみゃあのお祝いなのに、何しとるんや!」
「ワシのお祝い?」
中には亡くなったはずの蜂須賀小六やガンマクまでいた。
中川清秀がバンバンと秀吉の肩を叩き、話しかけて来た。
「猿! 元気か? 今日は楽しむで!」
そして、
「猿! 阿保息子の日吉丸! ようやった!」
仲が良くなかった竹阿弥が秀吉を褒め称えた。
秀吉は泣きながら竹阿弥と抱き合う。
ーー父上と……やっと分かり合えたな。
そして、秀吉の元に少女がやってくる……茶々だ。
「私、大きなったら秀吉のお嫁さんになるんよ」
「まぁ妬けるわぁ」
茶々と寧々が仲良く話している。
ーー幸せな時……夢であった……皆、ありがとうな……浪速のことも夢のまた夢……であるな
白い光が笑顔溢れる秀吉たちを包む。
秀吉はそのまま夢から目覚めることはなかった。
続く
その舞台となる京は民にも振る舞い酒と金を渡し、周囲には屋台が立ち並び、大規模な祭りのように盛り上がりを見せていた。
史実での晩年の秀吉は秀次たちを自害させ、朝鮮の役で大名たちだけでなく、様々な人たちを恐怖で支配し、日本を混乱させていた。
しかし、その世界線とは全く違う。
民たちは
「ずっと太閤はんの天下がええな!」
と喜んでいた。
秀吉はその様子を二条城から眺め、目を細めながら少年のように喜んでいた。
「よかった……民が喜んでくれとる」
隣にいる半兵衛も頷き、
「全ては殿下の善政がもたらしたもの。胸を張ってくだされ」
秀吉は泣き崩れた。
「よかった……ワシのやってきたこと……間違いではなかった……半兵衛。お主のおかげや。ワシがあかん方に行きそうになったら、いつも止めてくれた。ありがとうな」
半兵衛は秀吉が凶暴さを少しでも見せると、それを何度も諌めた。
時には語気を強め……必死に彼の暴走を止めていた。
他に信頼できる者……いや、友として喜怒哀楽を共にした者は皆亡くなっていった。
もしくは黒田如水のように離れていった。
その寂しさや悲しさといった秀吉一人が担っていた権力者の孤独も軽減されていた。
酒宴に一番乗りで来たのは浅野長吉、幸長親子と前野長康と羽柴秀次だ。
「ははは! 殿下! 何や!? 泣いてたやろ?」
長康が豪快に笑い飛ばすと、
「うっさいねん! まぁいつもなら首を切ったるところやが、許したるわ! 無礼講やで」
「殿下の下におったら、首がいくつあっつも足りんわな」
二人は笑い転げるが小姓は顔が真っ青だ。
しかし、長吉と半兵衛も笑いながら、小姓に言う。
「今日は無礼講や。笑うところやぞ」
半兵衛が初めて方言で話しているところを見た小姓も安心して笑い出した。
周囲の和やかな空気。
「清秀がおったらな……」
秀吉は亡くなった中川清秀を思い出した。
彼は半兵衛や長康同様に気が合い、兄弟の契りを交わした仲。
賤ヶ岳の戦いで秀吉の天下のために自らの命を捧げた。
ーーこの国を治めるのは秀吉しかいない。
清秀は圧倒的に不利な状況でも逃げずに戦った。
秀吉は場を白けさせてはいけないと考え、心の奥に清秀への思いをしまった。
秀吉は認知症を患ってはいたが、自分がやるべき改革の後処理を必死にこなしており、その部分を周囲に見せることはなかった。
ーーもうすぐ、一区切りつくだろう。
彼は半兵衛と共に暴力ではないかたちで、反乱を起こそうとした人間に理解を促し、成功し始めていた。
「やっておりますなぁ!」
優しい表情をした家康がやってきた。
秀吉は彼の明るい声に反応し、屈託のない笑顔になる。
「家康殿! どうぞ、近くに!」
秀吉と家康、二人は手を握り合い笑顔で話し合う。
「殿下! 一週間ぶりでございますな!」
「ワシらは兄弟のようなもの! 毎日でも会いたいくらいじゃ」
二人の言葉に嘘はないだろう。
史実では家康は残虐さを剥き出しにする秀吉に対して、仕方なく従っていた部分はあっただろう。
しかし、この世界では互いに尊敬をしており兄弟のような関係である。
秀長がいない今、半兵衛以外で心を開くことができる貴重な存在。
「父上ー!」
無邪気な声が響き渡る。
秀包がやってきたのだ。
「内府殿! ズルいです! 殿下は私にとって父そのもの」
「なるほど、ならば、ワシは叔父にあたるな。さすれば、輝元殿には、もう少し言うこと聞いてもらわねばな」
家康の冗談に笑い合う。
毛利輝元……彼は水面下で秀吉亡き後の世界を想定して動き始めており、秀吉や家康たちと距離を取り始めていた。
独自に天下を狙う輝元、家康を天下人に祭り上げようとする徳川家臣と内通している吉川広家、そして、
「秀包、また甘えておるのか!? 仕方ないのぉ!」
末次元康、天野元政がやってきて、秀包を揶揄い、また笑顔が生まれる。
豊臣家に義理があり、秀吉に忠誠を誓う秀包、元康、元政。
毛利家もまた割れているのであった。
しかし、今宵はそんなことは些細なこと。
続々と豊臣家に恩がある者たちがやってきて、酒と豪華な料理を嗜んだ。
「何や広家はおらんのか?」
秀吉は広家に会えないことを寂しがり、秀包の顔が曇る。
ーーこれ程までに父上は広家を心配されているのに……なぜ理解しようとしない。
秀吉はこの世界線でも吉川広家に対して官位や褒美などを与えていた。
戦で活躍すれば、笑顔で褒め称えていた。
しかし、広家は……
秀吉は心を開いてくれない広家を思い、俯いた。
「美味い! やっぱり京は良いもんですな!」
秀吉と秀包はハッと声がする方を振り返った。
鮭延秀綱が大声をあげて、ひたすら食べていたのだ。
「誰じゃ誰じゃあ?」
秀吉が秀綱のもとに無邪気な笑顔を浮かべながら向かい、秀包は微笑み、彼らを見つめた。
「ねぇ、こちらで話しませんか?」
秀包の耳元で艶やかな声で囁く声……秀包はハッと振り返る。
彼女の艶やかな笑みを浮かべている。
ーー駒姫……こんな表情をするのか?
秀包は美男子であり、剣豪であり毛利元就の血を継ぐ男……彼に対して男の部分を求める女性はたくさんいた。
今の駒姫は、その女性と同じ表情をしている。
まだ15の少女……しかし、整った西洋人形のような顔、雪のように白く薄紅色の上品さと色気を醸し出す唇。
彼女は秀包を女として求め、少女から女へと変わろうとしている。
その異常な色気に秀包は戸惑いながら駒姫のもとに向かう。
二人は自分の中の性欲と付き合い、距離を縮めていく。
一方の秀吉は食べっぷりがいい秀綱を見つめていた。
「秀綱、殿下の前であるぞ。控えよ」
最上義光が注意をするが、秀吉は
「ええ、構わん! 明後日まで酒宴や! 食いたいだけ食え! 飲みたいだけ飲めばええ……しっかしええ食いっぷりやな。鮭延秀綱言うたな?」
と小姓を呼び、秀綱に金塊と普段帯刀している刀を渡した。
「褒美じゃ! お主が先導して食って飲んでくれるから、皆、気兼ねなくやれとる。どうや? 酒宴長にしたる。たまに京に来て、たくさん飲んで食って、たくさん寝るだけ。三年やってくれたら官位やるで」
「ひゃあ! たまらん! オネシャス!」
義光はため息をするが、内心は喜んでいた。
ーー駒が毎日楽しいと言っていたことに嘘はなかったようだ……
彼は一瞬、駒の様子を見た。
秀包と駒は仲睦まじく話している。
義光は成長し自分の手から離れた娘に対して寂しさを感じ、それを胸の奥にしまい込んだ。
そこへ秀吉がやってきて、謝罪する。
「義光、すまんな。お主の娘を危険な目に」
義光は駒姫を見つめながら、答える。
「斯様な無粋なことは言いなさるな。私や秀綱は楽しんでおります。殿下も楽しみましょうぞ」
秀吉は頷き、義光に
「ありがとうな。駒のおかげで茶々と寧々が仲良くやれとる」
と話し、世間話に花を咲かせた。
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信頼関係は強固なものである。
ーー何があろうと、宗茂たちと共に豊臣家を守るのみ。
強く決心していた。
夜は深くなる。
途中から参加した島津義弘、歳久が盛り上げ、笑い声が絶えない。
秀吉は皆が幸せそうな表情をしながら、自身も人生を振り返っていた。
「隣……よろしいかな?」
秀吉が声のする方に振り返ると、この世にはいないはずの毛利元就がいた。
「元就殿ですか?」
「ようわかったな」
元就は秀吉の隣に座る。
しばらく、二人は黙り込んだ。
「輝元や隆景を厚遇し、秀包たちを立派に育ててくれた礼が言いたい」
元就が、そのように切り出すと秀吉は頷き、話出す。
「いえ、毛利家は私を支えてくれました……輝元殿、隆景殿は各地の大名との仲介役となり、ワシの言うことをわかりやすく配下の者に伝えてくれた……元春殿と広家は武を以て、ワシを支えてくれ、秀包たちはワシに道を外さぬようにしてくれた……ワシの方こそ感謝せねばなりませぬ」
元就は秀吉亡き後に輝元が豊臣政権と徳川家康に対して刃を向けることに気づいている。
いや、元就自身も生きていれば同じように行動に移したかもしれない。
しかし、この世界では違う。
秀吉は尊敬に値する存在。
「少し酔いました。外の景色を観ますか?」
元就は頷き、二人は移動した。
活気がある街並み。
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「ワシの守るべきは豊臣家ではない。民の笑顔なのです。それを半兵衛や内府殿、秀包たちに教えてもらいました……そして、ワシなりにやってきた。悔いはございません……貴方様が見える意味。理解しております……もう終わりなのでしょう?」
「わかっておったか……」
「どうしても……ですか?」
「仕方ないことだ。許してくれ」
「許すも何も。畏まりました。最後に皆に伝えたいことがあります」
「……わかった」
元就は街並みを見つめながら言う。
「ワシの目指していた理想の天下と似ておる。ようやったぞ。秀吉」
「ありがたき幸せ」
二人は数分ほど、外の風に吹かれ、酒宴会場に戻る。
武将たちは秀吉を待っていた。
「おお! 殿下、おらんと寂しいです!」
秀綱がそう言うと、秀吉は彼を見つめながら言う。
「お主、おもろいな。ますます気に入った。半兵衛、全てが終わったら彼奴に畿内に10万石与えたれ」
「畏まりました」
「やりぃ!」
周囲が笑顔に包まれる。
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「幸せや。ここにおる皆。おらん三成、清正、正則たち……ありがとうな」
「なんや!? 死ぬ前の挨拶か? そんなんいらんで」
長康が秀吉を揶揄う。
「わかっとるわ。安心せぇ。疲れたから寝る。皆、明後日までゆっくりしてくれや。また明日な」
秀吉は会場から去っていく。
その途中、彼は秀包と駒姫の近くに寄る。
「秀包、あとは頼んだぞ。宗茂、信親、歳久と共に秀次や秀頼を守ってやってくれ」
秀包は秀吉の方を見る……
ーー父上……元就の父もいる……まさか……
秀包は、その意味がわかりガタガタ震え始める。
秀吉は駒姫に向かい優しく言う。
「駒よ、そなたは淀を頼んだ。半兵衛がワシにしたように道を外した時は止めてやってくれ。淀や寧々はそなたのことを家族や思うとるからな。言うこと聞くやろし」
駒も元就が見え、言葉の意味に気づく。
ーー殿下……
秀吉は震える秀包を優しく見つめる。
「ありがとうな。ワシの大切な息子よ。お主なら、ワシよりも優れた君主になろう。駒よ、秀包も支えたってや」
駒は平伏し承諾した。
「さらばや」
秀吉はそう言うと、元就と会場を後にした。
廊下には半兵衛がいた。
「後は任せたぞ」
半兵衛は頷く。
「殿下、幸せな夢でしたな」
秀吉は微笑みながら
「半兵衛、ありがとうな。ちょっと疲れたから寝てくるわ」
と言って去っていく。
半兵衛は去り行く秀吉の背中を見ながら呟く。
ーー次は彼岸でお会いしましょう。
秀吉の寝室に近づくと、元就は室内に人の気配を感じて止まる。
「淀君も北政所もおるではないですか? 無粋なことはしたくない。また朝ごろに……」
「いいのですか?」
「最後の夜となりましょう。ごゆっくりお話しくださいませ」
そう残して、元就は消えていく。
秀吉は寝室を開くと、北政所と淀が仲良く話していた。
「何や? 寧々もおったんか?」
「当たり前やないの? アンタはいつも楽しいことは独り占めするからな。来たんよ」
「寧々様、すっごく面白いんですよ。さぁ一緒に話しましょう」
「何や? 何や?」
秀吉は寧々と淀の二人と昔の思い出などを話し始めた。
貧乏な織田家臣時代の苦労話や亡くなった秀長や家族の話、さらには最近の世間話など。
そして、夜が深まると三人は知らない間に生まれたままの姿となり、そのまま何度も繋がりあっていた。
秀吉は二人への愛を何度も吐き出し、彼女たちもそれを受け入れていた。
愛の雫が果てると、また秀吉は思い出話を始め、二人は笑顔で応える。
「そんでな……」
秀吉の声が途切れる。
彼は気がつくと自身が生まれた中村の地にいることに気づく。
「兄ちゃん、何しとるんや!」
若い時の秀長がいる。
「あれ? 秀長? わこうなったな?」
「何を言うとる。そんなことより、松下之綱殿や遠路から毛利元就殿が待っとるで!」
「へ?」
秀長に言われるがまま、実家に向かう。
そこには母親の仲や竹阿弥など大家族がいた。
「秀吉! これからおみゃあのお祝いなのに、何しとるんや!」
「ワシのお祝い?」
中には亡くなったはずの蜂須賀小六やガンマクまでいた。
中川清秀がバンバンと秀吉の肩を叩き、話しかけて来た。
「猿! 元気か? 今日は楽しむで!」
そして、
「猿! 阿保息子の日吉丸! ようやった!」
仲が良くなかった竹阿弥が秀吉を褒め称えた。
秀吉は泣きながら竹阿弥と抱き合う。
ーー父上と……やっと分かり合えたな。
そして、秀吉の元に少女がやってくる……茶々だ。
「私、大きなったら秀吉のお嫁さんになるんよ」
「まぁ妬けるわぁ」
茶々と寧々が仲良く話している。
ーー幸せな時……夢であった……皆、ありがとうな……浪速のことも夢のまた夢……であるな
白い光が笑顔溢れる秀吉たちを包む。
秀吉はそのまま夢から目覚めることはなかった。
続く
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
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歴史・時代
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
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