マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと

文字の大きさ
23 / 28

第二十三話 無常

しおりを挟む
翌朝。
秀包は差し込む朝日に眼を照らされて目を開ける。
隣には駒がいる。
しかし、彼女は義光殿の大切な娘……互いに指一本触れずに互いのことを話していた。

ーー今は抱けない

傷つけるようなことをしては今後の最上、毛利、小早川の関係に悪い影響を与えてしまうだけではなく、豊臣家に恥をかかせることになる。

ーー私は毛利、小早川、豊臣の子。欲に流されてはいけない。

しかし、二人の間には愛が芽生え始めている。
だからこそ、他の家族たちの悲しい顔を見せるようなマネはできない。
義光だけではない。駒は淀や北政所にとっても大切な家族となっている。

ーー家族か……

秀包は秀吉の顔を思い出した。

欲しかった父のような存在と酌み交わした酒。

幸せな時だった。

しかし、今、一つだけ気にかかることがある。
亡き父の元就が秀吉と会話していた。

ーーそんなことない……はずだ。あの父上はすでに……

秀包は不安に駆られ、すぐに着替え、秀吉との謁見を申し出ようとした……しかし、

「秀包殿、少しお話が……」

小姓の声が震えている。

ーーまさか、父上に何かあったのか?

秀包の背筋が凍りつく。


一方、徳川家康と前田利家、竹中半兵衛、浅野長吉など古くからの重臣たちが冷や汗をかき、生気を失った表情で話し合っている。

「隠していては余計に混乱を招きます。世に知らせねば……そして、殿下の意志を……」

家康は世間に知らせるべきだと言う。
しかし、利家はそれを拒む。

「な、何を言っておられるか? そのようなことできませぬ! はぁはぁ……」

利家の息が荒い。
彼も最近の体調は良くはないのだ。
しかも、この世界線でも秀吉に振り回されており心労により血を吐くほどである。
そしてさらに今、自分に秀吉という男が背負った天下が利家自身に覆い被さっている。
もはや、体が引きちぎられそうなくらいだ。

ーーワシには支えきれん!

利家は秀吉が亡き今、彼が天下を支えることになる。
目の前にいる徳川家康ですら、どう動くかわからない。
そして、秀吉に冷遇された黒田如水などの大名は反旗を翻すだろう。
宇喜多や島津さえ、家臣からのヘイトを抑えきれていない。
この状況で秀吉の死が公となれば天下は混乱してしまい、選択を誤ればNo.2の地位にある利家やその一族は無事でいられないだろう。


ーーワシが内府殿や如水殿を止められるのか……無理だ。

亡き秀吉の威光に縋るしかないのである。

史実のように暴君としての秀吉ではない。
その部分で読めないところがあるのだ。

羽柴秀次と竹中半兵衛が生きており、最上、小早川秀包、立花、島津、大友、長宗我部が今回は迷いなく秀吉側にいて強固な連携が取れている。
史実のような家康の動きをしようものなら、すぐに察知されてしまうだろう。

「……わかりました。では、頃合いを見て」

家康が利家の案を受け入れようとした瞬間。

「お待ちくだされ」

浅野長吉が冷静に言葉を発した。
彼に周囲の視線が突き刺さる。

「島津義弘殿と歳久殿、立花宗茂殿、長宗我部信親殿、最上義光殿……この方々を誤魔化せるとお思いですか? そして、真田信繁殿や毛利家の末子の三人は殿下とは親子同然。直感で何かを察する。誤魔化せぬでしょう」

「なら、どうすればよいのだ!?」

利家の声が恐怖から感情が入り混じる。

ーー確かに

その場いた全員が黙り込む。

沈黙の高音が耳元を刺激する。

半兵衛がその沈黙を破る。

「今、おっしゃられた方々には真実を話すべきです。その上で箝口令を敷くしかありません」

半兵衛の提案を三人は了承した。
ちょうどいい落とし所ではある。

至急、使いを出して大名たちを選別して、二条城に集められた。
呼ばれた武将たちは戦国の世を生き残った猛将ばかり。
顔色一つ変えずに座っている。
しかし、秀包のみが顔面が蒼白で震えている。

ーー父上に何かあったのか?

信親、宗茂は彼を気遣い隣に座り、

「落ち着け……将たるもの、何があってもそんな顔を見せてはならぬ」

と落ち着かせる。

表情を変えない理由。
彼らは呼ばれた時点で何があったか既に察しているのだ。

そこへ島津豊久が現れ、ドサッと座る。

「義弘殿はいらっしゃらないのか?」

宗茂からの質問に彼は反応する。

「叔父上が二日酔いで歩けないから聞いて来いってよ。まぁあんだけ食って飲んだらなるわな」

確かに薩摩隼人の義弘らしい返答である。

薩摩隼人……


『武士が戦場に於いて死ぬのも忠義に因って死ぬことを善だとは考えず、ただ武士は戦場に於いて死ぬものであると考えて論じることもない。泰平の時、主君は安座して礼節を正しくする一方で、家臣は足を伸ばしたり、或いは立ちながら主君と問答する類いも多い。末代までもこの気質である』

そう呼ばれるだけあって、義弘は天下人の生き死にには興味はない。
戦場で忠義を示すのみである。

十数人ほどの武将集められる。

利家は震えながら話そうとするが、声が出ない。

ーーこ、声が出ぬ!

半兵衛が汗で顔を覆われた利家の肩を叩き、アイコンタクトで代わりに話すことを告げ、交代する。

「落ち着いて、お聞きいただきたい」

半兵衛の声が室内に響き渡る。

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...