【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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3章

30話「絆の記憶、はじまりの朝」

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 カイラス・ヴァルドレンは、朝焼けの眩しい光の中で目を覚ました。

 ――静かだった。
 遠くで鳥のさえずりが聞こえ、風がそよぐ音が耳をくすぐる。重苦しかった昨夜までの緊張や、どこかが空洞のようだった感覚が嘘のようだ。

 ゆっくりと上半身を起こす。自分の寝台。砦の自室。見慣れた天井。だが、微かに、何かが違っている気もした。部屋の隅の机の上には古びた本が一冊、見覚えのないカップが置かれている。
 その一方で、いつも壁にかけていた剣は今日も同じ場所にあった。

 (……これは、“新しい世界”なんだな)

 カイラスは昨夜までのすべてを夢ではなかったと静かに実感した。
 忘却の神との対峙、魂の叫び、そして世界が再構築されていくさま。
 「すべてが元通り」ではない。だけど、“今ここに生きている”ことの確かな手触りがあった。

 外から、賑やかな声が聞こえてくる。
 カイラスは軽く息をつき、寝間着のまま扉を開けた。

 廊下を歩くと、窓から新しい朝の光が差し込む。
 中庭には見覚えのある兵士たちが集まり、談笑していた。だが――一人だけ、今まであまり見かけなかった若い兵士の姿が混じっている。

 カイラスは思わず声をかける。

 「おはよう。……君は?」

 若い兵士は少し戸惑いながらも、元気よく頭を下げる。

 「グレイルといいます!配属されたばかりで……団長、よろしくお願いします!」

 (……やはり、どこかが違っている。だが、不思議と怖くはない)

 カイラスは微笑んでうなずき、中庭に足を運んだ。

 「おはよう、団長!」

 「おはようございます!」

 「団長、朝の訓練はどうしますか?」

 兵士たちの挨拶はいつもと同じだ。だがその言葉遣いや立ち居振る舞いに、ほんの僅かな新しさ――まるで見慣れた景色の中に咲いた小さな花のような変化――を感じる。

 「今日は……みんなで、新しい朝を迎えよう」

 カイラスがそう宣言すると、兵士たちは元気よく応じ、朝の空気の中にさざ波のような笑い声が広がった。

 ふと、後ろから柔らかい気配を感じる。
 振り返ると、ノクティアが静かに立っていた。

 「カイラス、おはよう」

 彼女の手には魔導書。だが、カバーの色が今までと微かに違う。カイラスが指摘すると、ノクティアは微笑む。

 「この本は――元の世界では使っていなかったはず。でも、今の私の記憶では、これがいつも私の大事な書なんです。不思議ですね」

 「不安か?」

 ノクティアは静かに首を振る。

 「不思議だけど……嫌な感じはしません。
 むしろ、“今ここにいる私”が、ちゃんと歩き続けてきた証のような気がするんです。
 昨日までの私も、これからの私も、全部が“私”なんだと」

 カイラスはその言葉に頷く。

 「俺も同じだ。全部が同じじゃない。でも――俺たちは、ここにいる。
 そして、これからも世界を守り続ける。どんな変化があっても、それだけは変わらない」

 ノクティアが優しく笑った。

 「……ありがとう。カイラス、あなたがそう言ってくれると、何も怖くない」

 二人は並んで、ゆっくりと砦を歩いた。

 外に出ると、エイミーが花壇の花に水をやっていた。

 「団長!ノクティアさん!おはようございます!」

 エイミーの笑顔は眩しく、以前よりほんの少し大人びて見える。
 彼女の服装も見慣れない色合いだ。

 「エイミー、その服……?」

 「えへへ、新しい仕立て屋さんが村にできたんです!可愛いでしょ?」

 カイラスは心から嬉しそうに頷いた。

 「うん、とても似合ってる。……みんな、よく眠れたか?」

 「もちろんです!今日も元気いっぱい頑張ります!」

 その様子を、近くのレオナートが温かく見守っていた。

 「団長、おはようございます」

 レオナートは背筋を伸ばし、やや引き締まった表情で敬礼した。

 「レオナートも、見違えたな」

 「ありがとうございます。……あの、今日の朝食当番は自分とグレイルです。新入りにも色々教えています」

 カイラスは頼もしさと同時に、どこか新鮮な感動を覚えた。

 (過去も未来も、一部が“違う”――だが、それを受け入れて進める強さが、俺たちにはある)

 食堂に入れば、食卓には見たことのない料理が一皿並んでいる。
 それを嬉しそうに食べている村の子どもたち。
 窓の外、丘の上には昨日まではなかったはずの小さな祠が建っている。

 カイラスは砦の中央に立ち、兵士や村人たちを見渡した。
 皆の顔はどこか誇らしく、そして新しい朝の光に包まれている。

 「皆、聞いてくれ!」

 声を張ると、全員が静かに耳を傾けた。

 「俺たちは――これからも、この世界を守っていく。
 過去と違う未来、見慣れたものが少しずつ変わっていくかもしれない。
 だが、どんな時も、俺たちの絆は消えない。
 痛みも、悲しみも、思い出もすべて抱えて、ここに立ち続ける。
 新しい朝が来た今こそ、もう一度この場所で誓おう。
 俺たちは“仲間”だ。この世界を、皆で守り続ける!」

 兵士たち、村人たち、子どもたちが一斉に歓声を上げる。

 「団長、ばんざい!」

 「新しい世界、楽しみましょう!」

 「私も強くなりたい!」

 カイラスは微笑み、ゆっくりと拳を掲げた。

 ノクティアが隣でささやく。

 「……不思議ですね。今は“変わること”が怖くない。昨日までの私たちに“さよなら”を言ったわけじゃない。全部を連れて、これからも一緒に歩ける」

 「そうだな。たとえ未来がどう変わっても、俺たちの記憶はつながっている。
 痛みも、喜びも、絆も――すべて、これからの“新しい朝”に受け継がれていく」

 ノクティアがカイラスをそっと見上げた。

 「これからも、ずっと一緒に……歩いていきましょうね」

 カイラスは彼女の手をしっかりと握り返した。

 「もちろんだ。……俺たちは、何度でも選び直せる。未来は、これから自分たちで紡いでいくものだから」

 日差しが強くなり、世界はますます明るさを増していく。
 騎士団長カイラスは、仲間たちと新たな一歩を踏み出す準備を整えた。

 ふと、遠くの丘の上に、小さな子どもたちが集まり、手を取り合って輪になって踊っているのが見えた。
 その光景に、かつての砦の春祭りを思い出し、胸が熱くなる。

 “思い出”と“新しさ”が同時に存在する、唯一無二のこの世界。
 それは、カイラスたちが選び取った未来の証だった。

 砦の門の外から、見知らぬ旅人の歌声が風に乗って届く。
 村に新しい出会いと物語が始まる予感があった。

 カイラスは深く息を吸い、最後にノクティアと静かに語り合った。

 「なあ、ノクティア。俺は、もう迷わない。
 苦しみも悲しみも、これから出会うであろう喜びも、全部受け入れて歩いていく。
 これが、俺たちの選んだ“新しい朝”だから」

 ノクティアが優しくうなずく。

 「ええ、カイラス。私も、どんな未来が来ても、あなたとなら歩いていける」

 二人の視線の先には、これから広がる新しい世界の地平線があった。

 カイラスはゆっくりと歩き出す。

 「俺たちの物語は、これからも続く。――さあ、新しい朝を始めよう」

 そう言って、彼は胸を張って朝日を見つめ、未来への扉を大きく開け放った。
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