【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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3章

外伝2「消えたパンの謎とエイミー捜査官」

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 辺境グランツ砦の朝は、いつだって忙しい。

 まだ太陽が地平線を這うよりも前、厨房にはパンの香ばしい匂いが満ちていた。私はエイミー。この砦の台所番であり、時々魔導士であり、なぜか日々の雑用までこなす、縁の下の力持ち(と自称している)。

 「よし、焼けたわ!」

 大きなオーブンを開けると、こんがりと焼き上がったクロワッサンがずらり。私は嬉しくなって、思わず一つつまみ食い――といきたいところをぐっと我慢。これは今日の朝食用、しかも特別な日。カイラス団長もノクティアさんも、昨日の疲れが抜けていないようだから、ちょっとでも元気を出してもらいたい。

 全部で二十個。ひとつずつ丁寧にバスケットに並べ、ラップで包んで棚に並べる。

 「完璧! 私って天才!」

 そう思った瞬間、厨房の隅でサブちゃん――砦のマスコット兼ネズミ捕り担当の白い子猫がにゃあと鳴く。
 「だめだよ、サブちゃん。これは人間用なの」
 ふるふる頭を振るサブちゃん。ふわふわのしっぽが愛らしい。つい頭を撫でてやると、満足げにまんまるな目でこちらを見上げてきた。

 それから私は朝の仕込みやら、前日の片付けやら、あちこちを飛び回る。
 途中でパンの香りに誘われた兵士たちがちらほら覗きに来るけど、「つまみ食いは禁止!」と厳重注意。
 「エイミーさんのパン食べてみたいなあ」
 「我慢して! あと三十分したらみんなで食べるから!」

 やがて、朝の忙しさもひと段落。

 「ふう……さて、クロワッサンは無事かしら」

 私は棚を確認する。……ところが。

 「……え?」

 バスケットが、ひとつ、ふたつ。いや、数が合わない。
 「うそ……。さっきまで二十個あったのに、十五個しかない!?」

 なんということ! 私の自信作が、焼き立てパンが、五つも消えてる!?

 「これは……事件だわ!」

 誰かが食べた? それとも持ち出した?
 私はエプロンのポケットから自作の「事件簿」を取り出す。
 “事件名:消えたクロワッサンの謎”――エイミー捜査官、いざ出動!



 最初に疑ったのは、当然ながら厨房に出入りしていた兵士たち。

 「おはようエイミーさん、今日もいい匂いですね!」
 「……あなた、さっき厨房の前を通らなかった?」
 「え、通ったけど、中には入ってませんよ?」

 うーん、嘘はついてなさそう。でも疑いは晴れない。
 兵士たちの間でも、最近ちょっと“物がなくなる”とか“忘れ物が増えた”とか、そんな話が出ていたのだ。

 「まさか、パン泥棒が現れたのかも!?」
 私は胸の中で大げさなナレーションを響かせる。

 だが、証拠がないと始まらない。そこで私は、次に“現場検証”を開始。

 厨房の床をよくよく観察すると――おや?
 小さな、丸い足跡が……パンくずが一粒、もう一粒、台所の隅まで転がっている。

 「ん? これって……」

 猫の足跡? それとも?

 私はしゃがみ込んで、パンくずを拾い集めながら、じりじりと足跡の先を辿っていく。
 すると、パンくずは棚の下へ、さらに奥へ……。

 そのとき、後ろからくすくす笑う声。

 「何してるんだ、エイミー」

 振り返れば、カイラス団長が腕を組んで立っていた。
 「団長! パンが、パンが五個も消えたんです!」
 「パン? いや、俺は何も食べてないぞ」

 カイラス団長はどちらかというと、おにぎり派だ。きっと犯人じゃない(たぶん)。

 すると今度は、ノクティアさんがふらりと厨房に顔を出した。

 「何か騒がしいけど、どうかしたの?」
 「パンがなくなったんです、五個も! まるで魔法みたいに……」
 ノクティアさんは顎に手を当てて考え込む。

 「そういえば、最近いろんなものがちょっとずつ消えてるって、エイミーも言ってたわね」
 「ええ、パンだけじゃないんです。スプーンが一本なくなってたり、鍋のフタが一日消えてたり……」

 ノクティアさんは「それは……もしかして“世界の綻び”かも」なんて難しいことを言うけれど、私はそれよりもパンの行方が気になる!

 「犯人は、絶対に砦の中にいる! エイミー捜査官、ここに誓います!」



 そこへタイミングよく、サブちゃんがにゃあと登場。
 「あっ、サブちゃん、君は今朝パンの近くにいたよね?」
 サブちゃんはふるふると頭を振る。でも、よく見ると口元にパンくずが……!

 私はサブちゃんを抱っこして、鼻先をくすぐる。
 「サブちゃん、もしかして……食べちゃったの?」
 サブちゃんはきょとんとした顔のまま、ぷくっとほっぺをふくらませている。

 その瞬間、頭上から“パタン”と音が。
 振り返ると、棚の上に置いたはずのバスケットが、何かの拍子で奥にずれていた!

 「えっ、こんなところに……!」

 バスケットを引っ張り出すと、中からクロワッサンが三つ、無事に出てきた。
 「……なーんだ、こんなところにあったのか……でも、残りの二つは?」

 そのとき、外から「パンうまいなー!」という子どもたちの声。

 窓の外には、パンを両手に持って大はしゃぎの子どもたち。
 「ああっ、それ私の特製クロワッサン!」
 慌てて駆け出す私に、カイラス団長が笑う。

 「エイミー、朝からお疲れさま。みんな、ちゃんとご飯食べて元気なのが一番だろ?」

 ノクティアさんも微笑んで「平和って、こういうことなのかも」とぽつり。



 パンの謎はこうして、ひとまず解決(?)した。
 サブちゃんの分と、子どもたちの分で消えた五つ。棚の奥の三つは単なる“置き忘れ”。
 でも、ほんの少しだけ、厨房や砦の中に“違和感”が残る。

 (昨日まで確かにここにあったものが、今日は違う場所に……。私、うっかり者なだけじゃないよね?)

 そんな不安を吹き飛ばすかのように、私は厨房に戻ってもう一度パンを焼き直す。
 団長もノクティアさんも、そして小さな子どもたちも、サブちゃんも――みんなが今日も笑顔で過ごせるように。

 クロワッサンが焼き上がる頃、厨房はまた甘い香りに包まれた。

 「よし、これで今度こそ大丈夫!」

 私は自分にそう言い聞かせて、できたてのパンを丁寧に並べ直す。
 「食べ物が消えたり、スプーンが減ったり、ちょっとくらいなら……平和な証拠よね」

 でも、やっぱりどこか胸の奥で、“なにかが少しずつ変わっている”気がした。

 ――それでも私は、今日も元気に、砦の台所番を続けるのだった。

 「次は何を作ろうかな? 甘いパンもいいけど、塩パンも焼いてみよう!」

 サブちゃんがまたにゃあと鳴いた。

 「はいはい、君の分もちゃんと取っておくからね!」

 そんな小さな日常のドタバタ。だけど、この一瞬一瞬が、きっとみんなの記憶に残る“宝物”になる。

 エイミー捜査官の次なる事件簿は、もうすぐ始まる――かもしれない。
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