【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

文字の大きさ
35 / 107
4章

31話「不穏な来訪者」

しおりを挟む
 薄曇りの朝。辺境グランツ砦の空には、冬の名残がまだ色濃く漂っていた。

 私は魔導士ノクティア・エルヴァーン。
 かつて「無能」と蔑まれ、婚約を破棄され、追放されたはずのこの地で――今は砦を支える者のひとりとして、仲間たちと日々を送っている。

 騎士団長カイラスが新兵たちと訓練場を巡回し、食堂ではエイミーと厨房の兵士たちが朝食の支度をしている。
 レオナートは隣国セレスタへの報告書に頭を悩ませていた。

 ひとときの平和、しかしそれは――いつまでも続くものではないことを、私たちは誰よりも知っていた。

 「ノクティア様、北門前に不審な一団が……!」

 朝の点呼を終えたばかりのところに、警備兵が駆け込んできた。
 私はすぐに外套を羽織り、カイラスとともに北門へと急ぐ。

 門の外、荒れた街道に、十数人の集団が身を寄せ合って立っていた。
 ぼろぼろの衣服、泥にまみれた顔――その瞳にはただならぬ恐怖と疲労が色濃く刻まれている。

 「……まさか、旅の一座じゃあるまいな」

 カイラスが低く呟いた。だが、彼らの手には荷物すらなく、小さな子どもや老人まで混じっている。
 旅の商隊や巡礼ではない。間違いなく、“逃げてきた”人々だ。

 「止まれ、名を名乗れ!」

 カイラスの号令に、先頭の中年男が力なく顔を上げた。

 「……お、お助けください……。
 我々はエルム村の者……昨夜、村が……奴らに襲われて……」

 私はカイラスと顔を見合わせた。
 エルム村――ここから北西に三十リーグほど、山間の小さな集落だ。
 確か、冬の終わりには物資のやり取りもあったはず。

 「“奴ら”とは何者だ?」

 カイラスの問いに、男は唇を震わせる。

 「黒鉄の鎧を纏った連中……突然現れて、村を――子どもも女も、皆……」

 その場にいた全員が沈黙した。
 よほど凄惨な有様だったのだろう。
 私の脳裏に、かつて王都で目の当たりにした難民、飢餓、暴力――そんな闇の記憶がよぎる。

 「全員、門を開けろ! まずは手当と食事を!」

 カイラスの号令で兵士たちが一斉に動く。
 私は彼らを結界の内側へ誘導しつつ、逃げてきた人々一人ひとりの様子を目で追った。

 幼い子どもは泥だらけで震えている。
 老婆は腰をかばいながら歩き、若い母親は泣きじゃくる子を必死で抱いていた。
 怪我人も多い。血を流しながら無理やり歩いてきたのだろう。

 「エイミー! 応急手当と食料の準備を急いで!」

 「はいっ!」

 エイミーが厨房から駆け出してくる。
 彼女はあわててパンや温かいスープを鍋に入れ、怪我人にタオルを配り始めた。
 レオナートも急ぎ水と薬品を持ってくる。

 私は医療用の魔術を使い、重症者の応急処置に取り掛かった。
 傷口を閉じ、痛みを和らげる簡易術式――だが、人数が多すぎる。
 すぐに手が足りなくなるとわかる。

 「エイミー、怪我人の優先順位を――」

 「わかってます! あの子が一番ひどい、こっちのご老人は……」

 砦の兵士たちも必死で救護活動を始めた。
 だが、私は心のどこかで不安を拭いきれなかった。

 (黒鉄の鎧……ただの盗賊や山賊の仕業だろうか?
 いや、それだけでは説明できない。村ごと焼き払うほどの組織力――何か、もっと大きな力が動いている?)

 ふと、難民の一人――十代半ばの少女が私の袖を引いた。

 「ねえ……ノクティア様……お父さんは、どうなるの?」

 少女の足元には、意識を失った中年男性。
 胸には深い傷があり、出血が止まっていない。

 私は膝をつき、少女の肩を優しく抱いた。

 「大丈夫。絶対に助けるわ。あなたも、怖かったでしょう。よくここまで来たわね」

 少女の目に、涙が溢れた。

 私は傷の深さを確認し、最大限の治癒魔法を行使する。
 だが、魔法だけではどうにもならない重傷もある。
 彼の呼吸は浅く、体はどんどん冷えていく。

 「お願い、死なないで――!」

 少女の泣き声に、私は唇を噛んだ。
 魔法の力が足りないのではない。私が万能ではないのだ。

 (私は……どこまで人を救えるの?)

 そんな思いが脳裏をよぎる。

 やがて男は微かにまぶたを動かし、少女の名を呼んだ。
 ――奇跡的に命を取りとめた。

 少女は父に縋りつき、私は安堵の息をついた。

 しかし――その時、砦の外に再び警鐘が鳴り響いた。

 「敵影――! 北の森に、不審な影が多数!」

 兵士の声が響く。
 私はすぐさまカイラスのもとに駆け寄った。

 「まさか……追っ手が……?」

 「全員、臨戦態勢だ!」

 カイラスの目には、かつてない緊張が宿っていた。

 私は砦の壁から北の森を睨む。
 灰色の朝靄の向こう――黒ずくめの人影が、ひとつ、ふたつ、三つ、四つ……
 やがて、数十、数百――。

 明らかに、ただの盗賊や野盗の規模ではない。
 彼らの武装は重厚で統制され、まるで小さな軍隊だ。

 「黒鉄の傭兵団……!」

 私は息を呑んだ。
 噂でしか聞いたことがない。
 金で雇われた死の集団、どんな非道も平然とこなす傭兵の軍勢――
 かつて王都ですら手を焼いたとされる、凶名高き存在。

 「……なぜ、こんな辺境に?」

 エイミーも、レオナートも、誰もが顔色を失っていた。

 「ノクティア、砦の結界は……?」

 「最大出力で張るわ。でも――彼らは普通の敵じゃない。
 対魔導障壁を備えている可能性がある。もし突破されたら……」

 「その時は、俺たちが死守するしかない」

 カイラスの声には一分の迷いもなかった。

 私も頷く。

 (逃げられない。ここが、戦場になる)

 砦の空気が、ぴんと張り詰めていく。

 私は胸の奥で、自分自身に問いかける。

 ――私は、どこまで戦えるのだろう。
 誰かを守るために、自分の命を投げ出せるのだろうか。
 それともまた、“救えなかった”と後悔しながら――砦と仲間を失うのか。

 震える手を、私は強く握りしめた。

 「ノクティア、頼んだぞ」

 カイラスが私の肩に手を置く。

 私は彼の目をまっすぐ見つめ、静かに答えた。

 「はい。絶対に、誰も死なせない。
 ――この砦も、この命も、すべて守り抜く」

 迫りくる黒鉄の影が、砦を包囲し始める。

 “死”が、現実として足音を立てて近づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

追放令嬢は辺境の廃村で美食の楽園を創る〜土と炎で紡ぐ、真の幸福レストラン〜

緋村ルナ
ファンタジー
華やかな公爵令嬢アメリアは、身に覚えのない罪で辺境の荒野へ追放された。絶望と空腹の中、泥まみれになって触れた土。そこから芽吹いた小さな命と、生まれたての料理は、アメリアの人生を大きく変える。土と炎、そして温かい人々との出会いが、彼女の才能を呼び覚ます!やがて、その手から生み出される「幸福の味」は、辺境の小さな村に奇跡を巻き起こし、追放されたはずの令嬢が、世界を変えるレストランのオーナーとして輝き始める!これは復讐ではない。自らの手で真の豊かさを掴む、美食と成長の成り上がり物語!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

処理中です...