【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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4章

43話「明日への誓い」

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 朝露が砦の石畳を濡らし、夜明けの光がゆっくりと城壁を照らし始めていた。
 新しい一日が始まる。そのこと自体が、奇跡のように思える。
 砦の誰もが昨日よりも少しだけ軽い足取りで、朝の支度をしていた。

    * * *

 ノクティアは中庭の井戸のそばで、冷たい水に手を浸していた。
 その感触は、ここで生きているという現実を、何よりも確かに教えてくれる。

 (本当に、みんなで生き延びたんだ)

 井戸の向こうから、子どもたちの弾む声が聞こえてくる。
 「ノクティア様、おはようございます!」
 「ノクティア様、今日も花壇にお水をあげていいですか?」

 ノクティアは優しく微笑み、
 「もちろん。みんなで協力したら、きっと花もすぐ元気になるわ」と答えた。

 子どもたちの無邪気な笑顔に、彼女自身も心から癒される。
 あの戦いの夜を思い出すたびに、こうした“当たり前”の光景が何よりも尊いと感じられた。

    * * *

 一方、カイラスは朝の見回りに出ていた。
 復興作業が進み、倒壊した塀や崩れかけた塔も少しずつ修復されている。
 重い資材を運ぶ若い兵士たちに声をかけながら、カイラスは心の中で一つひとつ“再生”の手応えを確かめていた。

 「おい、焦らずゆっくりでいい。みんなで力を合わせてこそ、また砦は立ち上がる」

 「はいっ!」

 兵士たちは力強く返事をし、額の汗をぬぐって笑い合う。

 カイラスはふと空を見上げた。
 高く澄んだ青空。昨日よりも少し明るく感じる。

    * * *

 砦の食堂では、レオナートが新兵たちに朝食を配っていた。
 彼自身の腕や頬にも、まだ包帯が残っている。
 だが、その顔つきは以前よりも精悍になっていた。

 「よく噛んでくださいね。体が資本です。今はみんなで力を蓄える時です」

 新兵の一人が、おそるおそる尋ねる。

 「レオナートさん、あの……戦いは、また来ますか?」

 レオナートは一瞬だけ言葉に詰まったが、穏やかに微笑む。

 「戦いはきっと来るでしょう。だが私たちが強くなれば、守れるものも増える。
 それに――何よりも大事なのは、皆で助け合うことです」

 若い兵士たちは静かにうなずき、その言葉を胸に刻み込むように朝食をかき込んだ。

    * * *

 医務室では、エイミーが傷病兵の手当てを続けていた。
 まだ傷は完全に癒えていないが、彼女の動きには決意が宿っている。

 「傷が治ったら、一緒に畑仕事も手伝ってくれますか?」

 寝ていた兵士が冗談めかしてそう言うと、エイミーはくすりと笑う。

 「もちろんです。私も元気になったら、何でもやります!」

 「エイミーさんがいてくれて、みんな安心してるよ」

 「……ありがとう」

 彼女は照れながらも、誇らしげに胸を張った。

    * * *

 午前中、ノクティアはカイラスとともに、今後の砦の方針について話し合っていた。

 「外部との交易を再開すれば、物資の流れも安定するはずだ。
 だけど、もう二度とあんな悲劇は繰り返さないためにも、慎重に進めたい」

 カイラスは真剣な表情で地図を広げる。

 「私も、砦の外のことをもっと知りたい。これまでみんなに守ってもらうばかりだったけど……これからは、自分からも動いていきたいの」

 「ノクティア……無理はするな。だけど、お前が前を向いてくれるなら、俺も支え続ける」

 「ありがとう。私も、ここでみんなと生きていくために強くなる」

 二人の間に、言葉以上の信頼と絆が流れていた。

    * * *

 昼下がり。砦の広場では、亡くなった仲間たちの名前を刻んだ小さな碑が建てられていた。

 ノクティアは一人、碑の前に立った。
 そっと手を合わせ、静かに祈る。

 「……あなたたちの分まで、私たちは生きていきます。
 どうか、これからも私たちの歩みを見守っていてください」

 碑の前には、子どもたちが摘んだ花束が手向けられていた。
 ノクティアはその鮮やかな色を見つめながら、強く心に誓う。

 (生き残った者として、私は未来を繋いでいく。誰にも恥じない自分でいよう)

    * * *

 その夜、砦の集会場には住民や兵士たちが集まり、小さな宴が開かれていた。
 簡素な食事と、楽器の奏でる音、子どもたちの歌声。
 日常を取り戻すための、大切な儀式だった。

 カイラスが立ち上がり、杯を掲げる。

 「――俺たちは、また今日を生き延びた。明日もきっと、みんなでこの場所に集おう。
 命を繋いでくれた者たちへの感謝を胸に、明日への誓いを!」

 「「明日への誓いを!」」

 皆が声を合わせ、杯を鳴らし合う。

 ノクティアは、静かな微笑みでその輪に加わった。
 仲間と肩を並べ、笑い合いながら、深く、心の底から「生きる」ことを実感する。

    * * *

 宴のあと、ノクティアは砦の塔の上に登った。
 夜風が髪をなで、遠い山並みの上に星がきらめいている。

 隣に立つカイラスが、そっと言葉をかける。

 「明日も……必ず、この砦で朝を迎えよう。
 どんな困難があっても、俺たちはもう、絶対に折れない」

 ノクティアはゆっくりと頷いた。

 「私も、明日を信じて、ここで生きていく。
 ――みんなとともに」

 砦の窓から漏れる灯りは、夜の静けさの中で揺れていた。
 それは、失われた命への祈りであり、これから始まる未来への、小さな、小さな誓いだった。
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