48 / 107
4章
44話「灯火のもとで」
しおりを挟む
夜明け前、グランツ砦の小さな灯りがひとつ、またひとつとともされていく。
長い闇を越えて訪れる新しい一日は、昨日よりも少しだけ明るく、どこか温もりをまとっていた。
ノクティアはまだ静かな廊下を歩いていた。
寝台でうとうとと眠るエイミーのそばを抜け、砦の食堂へ向かう。
昨夜の宴の余韻がまだ空気に残っていて、誰かの笑い声が耳の奥に蘇る。
(この穏やかさが、永遠に続けばいいのに)
けれど、現実はそれほど甘くないことも、もう知っている。
だからこそ、一日一日を大切にしたい――ノクティアは胸の奥でそう思った。
* * *
食堂ではカイラスが早くも火を起こし、大きな鍋で朝食の準備をしていた。
手伝いに来た子どもたちが木の椅子を並べている。
「おはよう、カイラス」
「おはよう、ノクティア。今日は久しぶりに“あの雑炊”だぞ。エイミーも、きっと食欲が戻るさ」
「それは楽しみね。……手伝ってもいい?」
「もちろんだ。ここは皆で作る方が美味い」
ふたりで野菜を刻みながら、カイラスが声を落とす。
「――砦の外、今は静かだが、油断はできない。交易再開の話、今日も進めてみようと思う」
「私も同行していい? 少し外の空気に触れてみたいの」
カイラスはうなずいた。
「危険はないはずだが……何かあったらすぐ戻ろう。お前の判断を信じる」
言葉少なながらも、そこには確かな信頼があった。
* * *
朝食が始まると、兵士や住民が次々と食堂に集まってくる。
湯気の立つ雑炊、焼きたてのパン、簡素ながら心を温める食卓。
エイミーも車椅子で運ばれ、レオナートが慎重に介助している。
「いただきます!」
小さな声が輪を作る。
ノクティアは、ひと匙、エイミーの器に雑炊をよそいながら尋ねる。
「体、痛くない?」
「ううん、大丈夫。美味しいです……こんなあったかい朝、ご無沙汰でした」
「無理はしないでね」
エイミーはこくりとうなずき、カイラスやレオナートも柔らかな目を向ける。
ふと、若い兵士が皆の様子を眺めていた。
「ノクティア様、また砦の魔法講座、やってくれますか?」
ノクティアは微笑んだ。
「もちろん。みんなで一緒に強くなりましょう」
* * *
食事が終わると、各々が持ち場へと散っていった。
ノクティアはエイミーを医務室に送り届け、その後カイラスと共に砦の北門を出た。
今日は砦の外れの村へ、久々に物資交換の相談に向かう日だった。
道すがら、咲き始めた野花や、耕したばかりの畑、
新芽を運ぶ風が、冬の終わりと春の始まりを告げている。
「昔はここまで歩くのも、ずいぶん大変だったな」
カイラスがふと漏らす。
「私も。……でも今は、みんなの顔を思い浮かべると、足が軽くなるの」
「お前、強くなったな」
ノクティアは、少し照れたように笑った。
* * *
砦外の村では、かつての戦いで荒廃した家々も、少しずつ活気を取り戻しつつあった。
ノクティアとカイラスは、村長と会い、
干し肉や穀物、薬草などの融通について話し合う。
「困ったことがあれば、すぐ知らせてください。砦は、みなさんと共にありますから」
ノクティアの言葉に、村の人々が安堵したようにうなずく。
「ノクティア様、戻ってきてくれて本当によかった」
村の子どもが小さな手でノクティアの裾を引っ張った。
「お姉ちゃん、またお話してくれる?」
「ええ、また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
砦も村も、互いに支え合わなければ生きていけない世界。
ノクティアは、そうした「繋がり」の大切さを改めて胸に刻む。
* * *
砦へ戻る途中、ノクティアとカイラスはふと、戦いの跡がまだ残る古い道にさしかかった。
砦の塔が遠くに見えるその場所で、ノクティアは立ち止まる。
「この道、前は怖かった。……でも、今は違う。
この道の先に、“誰かが待っている”って思えるから」
カイラスもまた、過去を思い返し、しばし黙った。
「……俺も、お前がいるから強くなれた。これからも、必ず帰ってくる場所を守る」
二人は並んで歩き出す。
どこかで鳥が鳴き、空には新しい雲が流れていた。
* * *
夕暮れ、砦に帰ったノクティアたちは、
住民や兵士たちに村の無事や物資の確保を伝え、安堵の空気が広がった。
夜、ノクティアは医務室でエイミーと話す。
「エイミー、今日はどうだった?」
「ちょっとだけ、廊下を歩けるようになりました」
「本当? よかった……」
「これからも、もっとたくさんの人を支えられるようになりたい。
ノクティアさんみたいに――」
「エイミー、あなたはもう、十分みんなの支えよ。
でも、焦らず自分のペースで進もう」
エイミーは微笑み、ノクティアの手をぎゅっと握った。
* * *
その晩、ノクティアは一人、塔の上で夜空を眺めていた。
遠くで、子どもたちが笑い、誰かが静かな歌を口ずさんでいる。
夜風が灯火の揺らめきを運び、砦全体がやさしい光に包まれていた。
(私は、また歩き出せる。みんなと一緒なら、どこまでも行ける)
そう強く思いながら、ノクティアは夜空に小さく祈った。
「明日も、どうか笑顔で満ちた一日になりますように」
その祈りが、静かに砦の上空へ昇っていった。
長い闇を越えて訪れる新しい一日は、昨日よりも少しだけ明るく、どこか温もりをまとっていた。
ノクティアはまだ静かな廊下を歩いていた。
寝台でうとうとと眠るエイミーのそばを抜け、砦の食堂へ向かう。
昨夜の宴の余韻がまだ空気に残っていて、誰かの笑い声が耳の奥に蘇る。
(この穏やかさが、永遠に続けばいいのに)
けれど、現実はそれほど甘くないことも、もう知っている。
だからこそ、一日一日を大切にしたい――ノクティアは胸の奥でそう思った。
* * *
食堂ではカイラスが早くも火を起こし、大きな鍋で朝食の準備をしていた。
手伝いに来た子どもたちが木の椅子を並べている。
「おはよう、カイラス」
「おはよう、ノクティア。今日は久しぶりに“あの雑炊”だぞ。エイミーも、きっと食欲が戻るさ」
「それは楽しみね。……手伝ってもいい?」
「もちろんだ。ここは皆で作る方が美味い」
ふたりで野菜を刻みながら、カイラスが声を落とす。
「――砦の外、今は静かだが、油断はできない。交易再開の話、今日も進めてみようと思う」
「私も同行していい? 少し外の空気に触れてみたいの」
カイラスはうなずいた。
「危険はないはずだが……何かあったらすぐ戻ろう。お前の判断を信じる」
言葉少なながらも、そこには確かな信頼があった。
* * *
朝食が始まると、兵士や住民が次々と食堂に集まってくる。
湯気の立つ雑炊、焼きたてのパン、簡素ながら心を温める食卓。
エイミーも車椅子で運ばれ、レオナートが慎重に介助している。
「いただきます!」
小さな声が輪を作る。
ノクティアは、ひと匙、エイミーの器に雑炊をよそいながら尋ねる。
「体、痛くない?」
「ううん、大丈夫。美味しいです……こんなあったかい朝、ご無沙汰でした」
「無理はしないでね」
エイミーはこくりとうなずき、カイラスやレオナートも柔らかな目を向ける。
ふと、若い兵士が皆の様子を眺めていた。
「ノクティア様、また砦の魔法講座、やってくれますか?」
ノクティアは微笑んだ。
「もちろん。みんなで一緒に強くなりましょう」
* * *
食事が終わると、各々が持ち場へと散っていった。
ノクティアはエイミーを医務室に送り届け、その後カイラスと共に砦の北門を出た。
今日は砦の外れの村へ、久々に物資交換の相談に向かう日だった。
道すがら、咲き始めた野花や、耕したばかりの畑、
新芽を運ぶ風が、冬の終わりと春の始まりを告げている。
「昔はここまで歩くのも、ずいぶん大変だったな」
カイラスがふと漏らす。
「私も。……でも今は、みんなの顔を思い浮かべると、足が軽くなるの」
「お前、強くなったな」
ノクティアは、少し照れたように笑った。
* * *
砦外の村では、かつての戦いで荒廃した家々も、少しずつ活気を取り戻しつつあった。
ノクティアとカイラスは、村長と会い、
干し肉や穀物、薬草などの融通について話し合う。
「困ったことがあれば、すぐ知らせてください。砦は、みなさんと共にありますから」
ノクティアの言葉に、村の人々が安堵したようにうなずく。
「ノクティア様、戻ってきてくれて本当によかった」
村の子どもが小さな手でノクティアの裾を引っ張った。
「お姉ちゃん、またお話してくれる?」
「ええ、また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
砦も村も、互いに支え合わなければ生きていけない世界。
ノクティアは、そうした「繋がり」の大切さを改めて胸に刻む。
* * *
砦へ戻る途中、ノクティアとカイラスはふと、戦いの跡がまだ残る古い道にさしかかった。
砦の塔が遠くに見えるその場所で、ノクティアは立ち止まる。
「この道、前は怖かった。……でも、今は違う。
この道の先に、“誰かが待っている”って思えるから」
カイラスもまた、過去を思い返し、しばし黙った。
「……俺も、お前がいるから強くなれた。これからも、必ず帰ってくる場所を守る」
二人は並んで歩き出す。
どこかで鳥が鳴き、空には新しい雲が流れていた。
* * *
夕暮れ、砦に帰ったノクティアたちは、
住民や兵士たちに村の無事や物資の確保を伝え、安堵の空気が広がった。
夜、ノクティアは医務室でエイミーと話す。
「エイミー、今日はどうだった?」
「ちょっとだけ、廊下を歩けるようになりました」
「本当? よかった……」
「これからも、もっとたくさんの人を支えられるようになりたい。
ノクティアさんみたいに――」
「エイミー、あなたはもう、十分みんなの支えよ。
でも、焦らず自分のペースで進もう」
エイミーは微笑み、ノクティアの手をぎゅっと握った。
* * *
その晩、ノクティアは一人、塔の上で夜空を眺めていた。
遠くで、子どもたちが笑い、誰かが静かな歌を口ずさんでいる。
夜風が灯火の揺らめきを運び、砦全体がやさしい光に包まれていた。
(私は、また歩き出せる。みんなと一緒なら、どこまでも行ける)
そう強く思いながら、ノクティアは夜空に小さく祈った。
「明日も、どうか笑顔で満ちた一日になりますように」
その祈りが、静かに砦の上空へ昇っていった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される
黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」
無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!?
自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。
窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる