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4章
45話「旅立ちの支度」
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春の光が、砦の石壁をゆっくりと温めていた。
明け方の冷たい空気も、やがて陽射しに溶かされ、空には淡い雲が流れていく。
ノクティアは朝の回廊をゆっくりと歩いていた。
昨夜の灯火の温もりが、まだ胸の奥に残っている。
食堂からはカイラスの声が、医務室からはエイミーの笑い声が、ほんのりと響いてくる。
砦は再び「暮らし」の音に包まれていた。
* * *
食堂では、朝食の準備が進んでいた。
レオナートが焼きたてのパンを切り分けて配り、子どもたちが皿を運んでいる。
「レオナートさん、今日はずいぶんと早いですね」
「ええ。ノクティアさん、みんなで朝ご飯を作るの、好きなんです。
それに、今日は……特別なお客様がいらっしゃるかもしれません」
「特別なお客様?」
「はい。昨夜、砦の外れに見知らぬ馬車が止まっていたという話がありました。
旅人かもしれませんし、商人かもしれません。……もしかしたら、遠くの村からの使者かも」
ノクティアは一瞬だけ胸がざわめいた。
外の世界とのつながりは砦の命綱だが、戦いの傷が癒えたばかりの今は、どこか不安も混じる。
「そうね……でも、きっと大丈夫。ここは、もう“誰も一人じゃない場所”だから」
* * *
朝食の席では、エイミーが子どもたちに優しく声をかけていた。
彼女の頬に少しだけ紅が戻り、動きも以前よりしっかりしている。
「みんな、ご飯は残さず食べるんだよ。あとでノクティア様の魔法講座もあるから、元気をつけないとね」
子どもたちが「はーい!」と元気に返事をする。
ノクティアも思わず微笑み、エイミーのそばに腰を下ろした。
「エイミー、もうだいぶ元気そうね」
「ノクティアさんが守ってくれたからです。……でも、私はまだ何も返せていません」
「そんなことないわ。こうして皆の前で笑っていることが、何よりの力よ」
エイミーは小さくうなずき、膝の上で手を組む。
* * *
そのとき、食堂の入り口からカイラスが姿を現した。
背中には旅装束、腰には長剣。
彼の表情は真剣そのものだった。
「ノクティア、少し話がある」
「ええ、なに?」
「今日、北方の村から使者が来る。向こうでも病が流行っているそうだ。
砦の薬草や医術を分けてほしいと、正式に依頼があった」
「病……。村の子どもたちや老人たち、大丈夫かしら」
「分からない。ただ、俺たちが出来ることはあるはずだ。
ノクティア、可能なら――俺と一緒に村へ行かないか?」
ノクティアは、ほんのわずかに考え込む。
砦の中でもやるべきことは多い。けれど、戦いを越えた今、守るべきものは砦の外にも広がっている。
「……もちろん。私に出来ることなら、何でもやりたい」
カイラスの瞳に安堵の色が浮かぶ。
「ありがとう。エイミーやレオナートにも相談しておく。出発は昼過ぎになるだろう」
* * *
朝食後、ノクティアは医務室で薬箱の点検を始めた。
エイミーも隣で包帯や薬瓶の在庫をチェックする。
「ノクティアさん、私も……一緒に行きたいです。
たとえ歩くのが遅くても、手当や看護なら役に立てると思うんです」
「エイミー、それは嬉しいけど……無理しないで」
「もう決めたんです。……今度は“誰かに守られる”だけじゃなくて、自分の手で、誰かを助けたい」
ノクティアは彼女の手を握り、そっとうなずく。
「ありがとう、エイミー。とても心強いわ」
* * *
日が高くなるにつれ、砦の中は少しそわそわした空気に包まれた。
門番の兵士が北門から戻り、
「使者の馬車が近くまで来ました!」と告げる。
ノクティア、カイラス、エイミー、そしてレオナートが並び、砦の門へと向かう。
北方の村の使者は、痩せた馬に揺られ、控えめな様子で馬車から降りてきた。
顔には疲労と心配が浮かんでいる。
「……このたびは、ご無理を言って申し訳ありません。村で熱病が広がり、薬も医師も足りなくなりまして……」
カイラスが前に進み出る。
「ここまで来てくれてありがとう。事情はすべて伺っています。
砦の医師団と薬師を送り、物資もできる限り届けましょう」
ノクティアも一歩前に出た。
「私も同行します。病のこと、魔力や治癒の知識で少しでもお役に立てるなら、なんでもやります」
使者は何度も頭を下げ、涙ぐみながら礼を述べた。
* * *
出発の準備が始まった。
エイミーは包帯や薬草、温かい毛布を荷車に積み込み、
レオナートは警備の若い兵士たちに簡単な訓練を指示する。
ノクティアは自室で、砦の塔がよく見える窓辺に立ち、一瞬だけ“ここ”に残る皆へ心の中で祈りを捧げる。
(今度こそ、私は守るだけでなく、支える側にもなりたい。みんなの明日を、つなげるために)
窓の外には、希望と不安の入り交じる新しい春の空が広がっていた。
* * *
やがて隊列が整い、
ノクティア、カイラス、エイミー、レオナート、そして砦の若い医師や兵士たち――
一行は北方の村を目指して、ゆっくりと砦を出発した。
誰かが声を上げた。
「気をつけて、必ず帰ってきて!」
「行ってらっしゃい、ノクティア様!」
見送る人々の声に送られながら、
ノクティアはまっすぐ前を向く。
(これは新しい一歩。私のためだけじゃなく、誰かの未来のために)
砦の塔に灯る光が、旅立つ仲間たちを静かに見送っていた。
明け方の冷たい空気も、やがて陽射しに溶かされ、空には淡い雲が流れていく。
ノクティアは朝の回廊をゆっくりと歩いていた。
昨夜の灯火の温もりが、まだ胸の奥に残っている。
食堂からはカイラスの声が、医務室からはエイミーの笑い声が、ほんのりと響いてくる。
砦は再び「暮らし」の音に包まれていた。
* * *
食堂では、朝食の準備が進んでいた。
レオナートが焼きたてのパンを切り分けて配り、子どもたちが皿を運んでいる。
「レオナートさん、今日はずいぶんと早いですね」
「ええ。ノクティアさん、みんなで朝ご飯を作るの、好きなんです。
それに、今日は……特別なお客様がいらっしゃるかもしれません」
「特別なお客様?」
「はい。昨夜、砦の外れに見知らぬ馬車が止まっていたという話がありました。
旅人かもしれませんし、商人かもしれません。……もしかしたら、遠くの村からの使者かも」
ノクティアは一瞬だけ胸がざわめいた。
外の世界とのつながりは砦の命綱だが、戦いの傷が癒えたばかりの今は、どこか不安も混じる。
「そうね……でも、きっと大丈夫。ここは、もう“誰も一人じゃない場所”だから」
* * *
朝食の席では、エイミーが子どもたちに優しく声をかけていた。
彼女の頬に少しだけ紅が戻り、動きも以前よりしっかりしている。
「みんな、ご飯は残さず食べるんだよ。あとでノクティア様の魔法講座もあるから、元気をつけないとね」
子どもたちが「はーい!」と元気に返事をする。
ノクティアも思わず微笑み、エイミーのそばに腰を下ろした。
「エイミー、もうだいぶ元気そうね」
「ノクティアさんが守ってくれたからです。……でも、私はまだ何も返せていません」
「そんなことないわ。こうして皆の前で笑っていることが、何よりの力よ」
エイミーは小さくうなずき、膝の上で手を組む。
* * *
そのとき、食堂の入り口からカイラスが姿を現した。
背中には旅装束、腰には長剣。
彼の表情は真剣そのものだった。
「ノクティア、少し話がある」
「ええ、なに?」
「今日、北方の村から使者が来る。向こうでも病が流行っているそうだ。
砦の薬草や医術を分けてほしいと、正式に依頼があった」
「病……。村の子どもたちや老人たち、大丈夫かしら」
「分からない。ただ、俺たちが出来ることはあるはずだ。
ノクティア、可能なら――俺と一緒に村へ行かないか?」
ノクティアは、ほんのわずかに考え込む。
砦の中でもやるべきことは多い。けれど、戦いを越えた今、守るべきものは砦の外にも広がっている。
「……もちろん。私に出来ることなら、何でもやりたい」
カイラスの瞳に安堵の色が浮かぶ。
「ありがとう。エイミーやレオナートにも相談しておく。出発は昼過ぎになるだろう」
* * *
朝食後、ノクティアは医務室で薬箱の点検を始めた。
エイミーも隣で包帯や薬瓶の在庫をチェックする。
「ノクティアさん、私も……一緒に行きたいです。
たとえ歩くのが遅くても、手当や看護なら役に立てると思うんです」
「エイミー、それは嬉しいけど……無理しないで」
「もう決めたんです。……今度は“誰かに守られる”だけじゃなくて、自分の手で、誰かを助けたい」
ノクティアは彼女の手を握り、そっとうなずく。
「ありがとう、エイミー。とても心強いわ」
* * *
日が高くなるにつれ、砦の中は少しそわそわした空気に包まれた。
門番の兵士が北門から戻り、
「使者の馬車が近くまで来ました!」と告げる。
ノクティア、カイラス、エイミー、そしてレオナートが並び、砦の門へと向かう。
北方の村の使者は、痩せた馬に揺られ、控えめな様子で馬車から降りてきた。
顔には疲労と心配が浮かんでいる。
「……このたびは、ご無理を言って申し訳ありません。村で熱病が広がり、薬も医師も足りなくなりまして……」
カイラスが前に進み出る。
「ここまで来てくれてありがとう。事情はすべて伺っています。
砦の医師団と薬師を送り、物資もできる限り届けましょう」
ノクティアも一歩前に出た。
「私も同行します。病のこと、魔力や治癒の知識で少しでもお役に立てるなら、なんでもやります」
使者は何度も頭を下げ、涙ぐみながら礼を述べた。
* * *
出発の準備が始まった。
エイミーは包帯や薬草、温かい毛布を荷車に積み込み、
レオナートは警備の若い兵士たちに簡単な訓練を指示する。
ノクティアは自室で、砦の塔がよく見える窓辺に立ち、一瞬だけ“ここ”に残る皆へ心の中で祈りを捧げる。
(今度こそ、私は守るだけでなく、支える側にもなりたい。みんなの明日を、つなげるために)
窓の外には、希望と不安の入り交じる新しい春の空が広がっていた。
* * *
やがて隊列が整い、
ノクティア、カイラス、エイミー、レオナート、そして砦の若い医師や兵士たち――
一行は北方の村を目指して、ゆっくりと砦を出発した。
誰かが声を上げた。
「気をつけて、必ず帰ってきて!」
「行ってらっしゃい、ノクティア様!」
見送る人々の声に送られながら、
ノクティアはまっすぐ前を向く。
(これは新しい一歩。私のためだけじゃなく、誰かの未来のために)
砦の塔に灯る光が、旅立つ仲間たちを静かに見送っていた。
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