【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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4章

48話「傷と約束」

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 夜明けの冷たい風が、村の瓦礫や仮設小屋をなでていく。
 眠れぬ夜を越え、ようやく朝の陽射しが村全体を照らしはじめていた。
 だが、心の中に残る痛みや不安は、簡単には消えてくれない。

 ノクティアは寝不足の目をこすりながら、広場の焚き火に新しい薪をくべていた。
 すぐ近くで、子どもたちが寄り添って眠っている。
 夜の間も、誰かが交代で火を絶やさぬよう見守り続けていたのだ。

 (みんな、よく頑張ったわ)

 ノクティアは、眠る子どもたち一人ひとりの髪をそっと撫でる。
 今は何より、心も体も休ませてあげたい。

    * * *

 朝食の支度をしていたのはエイミーだった。
 鍋に温めたスープを分け、パンを裂きながら村の女たちと小声でやり取りしている。
 いつもよりも少しだけ背筋が伸びて見えた。

 「エイミー、大丈夫? ちゃんと眠れた?」

 ノクティアが声をかけると、エイミーは振り返り、微笑む。

 「ノクティアさん……はい、少しだけ。でも、子どもたちが夜中に泣くと、ついそばに行きたくなって」

 「あなたはもう、立派な“村の看護師さん”だね」

 「えっ……そんな、大げさです……」

 エイミーは耳まで赤くして首を振ったが、周囲の村人たちも「本当よ」「エイミーさんのおかげ」と口々に感謝した。

 ノクティアも嬉しくなり、スープを鍋に足した。

    * * *

 朝食が終わると、カイラスとレオナートは村の復旧班を組織しはじめた。
 若い兵士たちは瓦礫の撤去や壊れた家の応急処置、農具の修理に汗を流す。

 「力を合わせれば、必ず元通りにできる。大丈夫、俺たちは一人じゃない」

 カイラスの声はよく響き、村の男たちも次第に表情を引き締めていく。

 その傍らで、レオナートはけが人の手当てや、避難生活に慣れない子どもたちの世話にも奔走した。

    * * *

 午前の終わりごろ、ノクティアは村長の家の前に集まった人々に呼ばれた。

 村長の老人は、杖を握りしめたまま、深く頭を下げる。

 「ノクティア様、砦の皆さん……本当に、かけがえのないご恩を受けました。
 この村は傷だらけですが、どうか見捨てずにいてください」

 ノクティアは静かに、老人の手を包み込む。

 「もちろんです。ここからが本当の始まりです。
 私たちは村と砦の“仲間”ですから、これからも助け合い続けます」

 エイミーもその隣に立ち、うなずく。

 「この村の人たちに、私もたくさん助けてもらいました。
 それに……今ここで、みんなの顔が少しずつ元気になるのを見ていると、“希望”って本当にあるんだと思えます」

 村人たちは感極まり、ひとり、またひとりと涙をこぼした。

    * * *

 昼下がり、倒壊した家の一軒で、少女が泣きじゃくっていた。

 「お母さんの鏡が……見つからないの……」

 その声にノクティアが駆けつけると、少女の手は血で赤く染まっていた。
 瓦礫に手を伸ばして、ガラスで切ってしまったのだ。

 「無理しないで。傷を見せて」

 ノクティアは少女の手を優しく包み、治癒魔法で傷を閉じる。
 エイミーが清潔な布で丁寧に拭い、薬を塗る。

 「大切なもの、失くした時はすごく悲しいよね。でも、その気持ちもきっと、これからの力になるはず」

 ノクティアの言葉に、少女は涙をこらえてうなずいた。

 そのとき、レオナートが瓦礫の下から小さな銀の鏡を見つけ出してくれた。

 「これかな?」

 少女が大事そうに鏡を抱きしめ、皆がほっと息をついた。

    * * *

 午後、村では子どもたちが焚き火のまわりで集まっていた。
 ノクティアとエイミーはみんなで丸くなり、歌や小話を披露する。

 「怖かった夜も、明るい朝が来れば笑えるんだよ」

 エイミーのやさしい声に、子どもたちの顔に久しぶりの笑みが戻る。

 「また砦に戻ったら、みんなで花を育てようね」

 ノクティアの提案に、子どもたちはぱっと目を輝かせた。

 「やりたい!」「ノクティア様の花畑、すごくきれいだった!」

 村の人々も、そんな子どもたちの声に少しずつ心をほぐされていく。

    * * *

 その日の夕暮れ、カイラスとレオナートが復旧の進捗を報告にやってきた。

 「大きな怪我人はもういません。
 明日には数軒だけでも、仮設の屋根を作れる見通しです」

 「ありがとう。皆さん、本当にお疲れさまでした」

 ノクティアは村の中央で皆に呼びかける。

 「私たちは、傷ついた分だけ強くなれます。悲しみも不安も、必ず未来の糧になります。
 ここでの約束――“また必ず一緒に笑う”――絶対に守りましょう」

 村人たちが静かにうなずく。

    * * *

 夜。
 ノクティアはエイミーとともに焚き火のそばで星空を見上げていた。

 「ノクティアさん、私……きっとこの村の人たちみたいに強くなりたいです」

 「エイミーは、もう十分強いわ。これからも、みんなで支え合いながら進んでいこうね」

 「……はい」

 ノクティアは静かに微笑み、遠く砦の灯火を思い浮かべた。

 明日には、また新しい朝が来る。
 傷は完全には癒えなくても、約束が心を繋ぎ、また歩き出す勇気となる。

 村にも、砦にも、小さな花のような希望が――
 ゆっくりと根付こうとしていた。
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