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5章
51話「春の兆しと不穏な影」
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冬の名残が去り、グランツ砦にも春の訪れがはっきりと感じられるようになった。
砦の石壁には朝日が差し込み、まだ冷たい風が野に残る雪をそっと溶かしていく。
村の子どもたちの笑い声、畑で土を耕す音、朝の食堂で漂うパンの香り――
すべてが穏やかな“新しい日常”の始まりを告げていた。
ノクティアは窓辺に立ち、春の光に目を細めていた。
砦の庭には冬を越した花々が新芽を伸ばし、小さな蕾が膨らみ始めている。
その光景に、ノクティアは微笑みながらも胸の奥に淡い痛みを抱えていた。
(春がまた来た。この場所で、みんなと一緒に迎えられたこと――本当に、奇跡みたい)
けれど同時に、最近感じる身体の違和感が、彼女の心にわずかな影を落としている。
* * *
「ノクティアさん、おはようございます!」
明るい声とともに、エイミーが食堂から駆け寄ってくる。
すっかり砦の“看護師さん”として頼りにされる存在になったエイミーは、今日も忙しそうに包帯や薬草を運んでいる。
「おはよう、エイミー。朝から元気そうね」
「はい! 今日はみんなで花壇に新しい苗を植えるんですよ。ノクティアさんも、ぜひ……」
誘われるまま、ノクティアは中庭へ出る。
そこでは、子どもたちが手や顔を泥だらけにしながら、土を掘り返していた。
「ノクティア様、お花咲かせるの手伝って!」
小さな手に導かれ、ノクティアもしゃがみこむ。
春の土の匂いが、ほんの少しだけ彼女の心の痛みをやわらげてくれる。
「この場所が、もっときれいになったらいいね」
「うん! ノクティア様のお花、ぜったいきれいに咲くよ!」
その無邪気な声に、ノクティアも素直に笑い返す。
* * *
一方、砦の塔の上ではカイラスとレオナートが村の様子を見下ろしていた。
カイラスは春風に髪をなびかせ、遠くの山並みに目を細める。
「……春は好きだが、油断はできないな。雪解け水で道がぬかるんで、商人の往来も減っている。村の備蓄も心配だ」
「団長、村から“疫病”のうわさも入っています。春祭りまでに何か対策を……」
「エイミーやノクティアに相談しよう。あいつらの知恵と癒しの力は頼りになる」
そんな話をしながらも、カイラスの目は無意識に中庭で子どもたちと戯れるノクティアに向かっていた。
* * *
昼には、村から使者がやってきた。
「昨夜、森の端で“魔物の影”を見た」という不穏な報せだった。
「まさか……この辺りで魔物が活動するのは久しぶりだな」
カイラスは警戒を強めるが、ノクティアの表情はどこか落ち着いている。
「きっと大丈夫よ。みんなが気をつけていれば、何も起こらないはず」
だがその返事に、レオナートもエイミーもどこか胸騒ぎを覚えた。
* * *
その夜、ノクティアは一人、自室で静かに手紙を広げていた。
手紙には、王都の医師からの筆跡でこう書かれている――
「余命は、今のままなら春を越せるかどうか――」
ノクティアは静かに目を閉じる。
(怖くないと言えば嘘になる。でも、私は――)
砦の壁の外では、夜風に揺れる花の蕾。
子どもたちの寝息、カイラスや仲間たちのあたたかな気配。
(この場所で、みんなと共に、最後の春を――)
ノクティアはそっと手紙を仕舞い、静かに祈る。
「どうか、みんなが幸せでありますように。
この春が、誰にとっても優しい季節になりますように――」
* * *
翌朝、砦では春祭りの準備が本格的に始まった。
花壇には新芽が芽吹き、広場には色とりどりの旗が飾られる。
子どもたちが「ノクティア様も来て!」と呼びに来る。
ノクティアは微笑みながら彼らのもとへ向かう。
(私は、まだ“今”を生きている。
この場所で、やれることをやろう)
砦の春――
花と笑顔と、小さな不安を抱えて、新しい物語が静かに幕を開けようとしていた。
砦の石壁には朝日が差し込み、まだ冷たい風が野に残る雪をそっと溶かしていく。
村の子どもたちの笑い声、畑で土を耕す音、朝の食堂で漂うパンの香り――
すべてが穏やかな“新しい日常”の始まりを告げていた。
ノクティアは窓辺に立ち、春の光に目を細めていた。
砦の庭には冬を越した花々が新芽を伸ばし、小さな蕾が膨らみ始めている。
その光景に、ノクティアは微笑みながらも胸の奥に淡い痛みを抱えていた。
(春がまた来た。この場所で、みんなと一緒に迎えられたこと――本当に、奇跡みたい)
けれど同時に、最近感じる身体の違和感が、彼女の心にわずかな影を落としている。
* * *
「ノクティアさん、おはようございます!」
明るい声とともに、エイミーが食堂から駆け寄ってくる。
すっかり砦の“看護師さん”として頼りにされる存在になったエイミーは、今日も忙しそうに包帯や薬草を運んでいる。
「おはよう、エイミー。朝から元気そうね」
「はい! 今日はみんなで花壇に新しい苗を植えるんですよ。ノクティアさんも、ぜひ……」
誘われるまま、ノクティアは中庭へ出る。
そこでは、子どもたちが手や顔を泥だらけにしながら、土を掘り返していた。
「ノクティア様、お花咲かせるの手伝って!」
小さな手に導かれ、ノクティアもしゃがみこむ。
春の土の匂いが、ほんの少しだけ彼女の心の痛みをやわらげてくれる。
「この場所が、もっときれいになったらいいね」
「うん! ノクティア様のお花、ぜったいきれいに咲くよ!」
その無邪気な声に、ノクティアも素直に笑い返す。
* * *
一方、砦の塔の上ではカイラスとレオナートが村の様子を見下ろしていた。
カイラスは春風に髪をなびかせ、遠くの山並みに目を細める。
「……春は好きだが、油断はできないな。雪解け水で道がぬかるんで、商人の往来も減っている。村の備蓄も心配だ」
「団長、村から“疫病”のうわさも入っています。春祭りまでに何か対策を……」
「エイミーやノクティアに相談しよう。あいつらの知恵と癒しの力は頼りになる」
そんな話をしながらも、カイラスの目は無意識に中庭で子どもたちと戯れるノクティアに向かっていた。
* * *
昼には、村から使者がやってきた。
「昨夜、森の端で“魔物の影”を見た」という不穏な報せだった。
「まさか……この辺りで魔物が活動するのは久しぶりだな」
カイラスは警戒を強めるが、ノクティアの表情はどこか落ち着いている。
「きっと大丈夫よ。みんなが気をつけていれば、何も起こらないはず」
だがその返事に、レオナートもエイミーもどこか胸騒ぎを覚えた。
* * *
その夜、ノクティアは一人、自室で静かに手紙を広げていた。
手紙には、王都の医師からの筆跡でこう書かれている――
「余命は、今のままなら春を越せるかどうか――」
ノクティアは静かに目を閉じる。
(怖くないと言えば嘘になる。でも、私は――)
砦の壁の外では、夜風に揺れる花の蕾。
子どもたちの寝息、カイラスや仲間たちのあたたかな気配。
(この場所で、みんなと共に、最後の春を――)
ノクティアはそっと手紙を仕舞い、静かに祈る。
「どうか、みんなが幸せでありますように。
この春が、誰にとっても優しい季節になりますように――」
* * *
翌朝、砦では春祭りの準備が本格的に始まった。
花壇には新芽が芽吹き、広場には色とりどりの旗が飾られる。
子どもたちが「ノクティア様も来て!」と呼びに来る。
ノクティアは微笑みながら彼らのもとへ向かう。
(私は、まだ“今”を生きている。
この場所で、やれることをやろう)
砦の春――
花と笑顔と、小さな不安を抱えて、新しい物語が静かに幕を開けようとしていた。
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