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5章
52話「春祭りと新たな出会い」
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砦の朝は、まるで花の香りに包まれたような明るさだった。
中庭には子どもたちが走り回り、エイミーは花壇の世話に余念がない。
大きな釜ではパンが焼かれ、村から運び込まれた野菜や果物が広場に積まれている。
旗や花輪が手際よく飾り付けられていくたび、みんなの表情にも自然と笑顔が浮かぶ。
ノクティアはその光景を、少し離れた石段から眺めていた。
砦と村の春祭り――今年は特別に賑やかだと、皆がはしゃいでいる。
「ノクティアさん、こっちも手伝ってくれませんか?」
エイミーが両手いっぱいにリボンを持って駆け寄ってくる。
「もちろん。どこに飾ったらきれいかしら?」
花壇の端に赤いリボンを結び、ノクティアも子どもたちに混ざって輪をつくる。
「ノクティア様、今日はお姫さまみたいにきれいだね!」
子どもたちの屈託ない言葉に、ノクティアは微笑んだ。
春の日差しが髪にも頬にも優しく降り注いでいる。
* * *
広場の向こう、門の外から賑やかな声と車輪の音が聞こえてきた。
村の若者たちが山車を引き、屋台の準備をしているのだ。
カイラスが兵士たちとともに見回りに現れる。
鎧姿なのに、春の花輪を首にかけられて少し照れくさそうだ。
「ノクティア、祭りの間は警備も万全にする。今日は思いきり楽しんでくれ」
「ありがとう。カイラスも、たまには楽しんでね」
エイミーも「団長、笑ってください!」と子どもたちに背中を押され、カイラスは珍しく恥ずかしそうに笑った。
(こうして皆で過ごす春――この穏やかな時間が、永遠に続けばいいのに)
ノクティアの心にも、かすかな願いが芽生える。
* * *
祭りの始まりを告げる太鼓が鳴る。
村の婦人たちが作った花輪や果実の飾り、簡易屋台には温かなスープや甘いお菓子が並ぶ。
砦の子どもたちが即席の劇を始め、エイミーも劇の“お姫さま役”としてドレス姿で登場し、歓声があがる。
ノクティアは花壇の世話をしながら、小さな花の苗をそっと植えた。
「この花が咲いたら、また来年も、みんなで……」
そう呟くと、ふいに門の外から馬のひづめの音が響いた。
* * *
「おい、誰か来るぞ!」
見張り台の兵士が声を上げる。
カイラスとレオナートが駆け寄ると、一台の馬車が門前で止まった。
馬車の扉が開き、現れたのは――旅の装いに身を包んだ女性騎士だった。
背の高い女性は、堂々とした足取りでカイラスの前に立つ。
「久しぶりね、カイラス。元気そうで何より」
カイラスは一瞬、驚いたように目を見開く。
「……アリシア? まさか、こんな所で会うとは」
アリシアと名乗った女性は、昔カイラスと王都で修行した仲間だった。
「ちょうど春祭りの日に着くなんて、私も運がいいわ」
兵士たちはどよめき、村の人々は興味津々に新しい来訪者を眺める。
* * *
エイミーがノクティアのそばに駆け寄る。
「ノクティアさん、新しいお客様みたいですよ! 団長様のお知り合い?」
「ええ……でも、こうして砦にお客さんが来るのは久しぶりね」
ノクティアは遠くカイラスとアリシアの話す姿を見て、胸がふっとざわめいた。
(カイラスにも、私の知らない世界や時間があるんだ)
自分でも理由の分からない、かすかな寂しさが胸をよぎる。
* * *
やがて祭りはますます盛り上がり、村と砦の人々が混ざって歌や踊りの輪ができた。
アリシアも馬車から土産の酒や菓子を下ろし、村の若者とすぐに打ち解けている。
ノクティアは花壇にひとり腰を下ろし、春風に吹かれながら皆の笑い声を眺めていた。
「ノクティア様、踊りませんか?」
子どもたちが誘いにくる。
「ありがとう、じゃあちょっとだけ」
輪の中で手をつなぎ、ノクティアも笑顔で踊る。
その間も、ふとカイラスの方に視線が向いてしまう自分に気づき、戸惑う。
* * *
夕暮れ、祭りは佳境に入る。
アリシアは村の人々に武勇伝を語り、エイミーやレオナートも屋台の手伝いで大忙し。
カイラスは久しぶりの再会にやや緊張しながらも、アリシアと剣術談義に花を咲かせている。
ノクティアは静かな片隅で、そっと自分の胸に問いかけた。
(私は、これからもこの場所で、みんなと春を迎えていけるのだろうか――
カイラスと過ごす“今”は、あとどれくらい残されているんだろう)
楽しさと寂しさが混じり合う春の祭り。
空には淡い月が浮かび、花壇の新芽がひっそりと夜の匂いに揺れていた。
* * *
夜、ノクティアは自室で一人、昼間のざわめきを思い返していた。
カイラスが誰かと楽しそうに話している姿、仲間たちの笑顔、自分の心に生まれた小さな棘――
(大丈夫、私は大丈夫。まだ“今”を生きている)
静かに胸に手を当てる。
その手の温度だけが、彼女を現実へと引き戻してくれた。
春の夜風が、そっと窓辺をなでていく。
新しい出会いと、わずかな不安を抱えながら、ノクティアは目を閉じた。
中庭には子どもたちが走り回り、エイミーは花壇の世話に余念がない。
大きな釜ではパンが焼かれ、村から運び込まれた野菜や果物が広場に積まれている。
旗や花輪が手際よく飾り付けられていくたび、みんなの表情にも自然と笑顔が浮かぶ。
ノクティアはその光景を、少し離れた石段から眺めていた。
砦と村の春祭り――今年は特別に賑やかだと、皆がはしゃいでいる。
「ノクティアさん、こっちも手伝ってくれませんか?」
エイミーが両手いっぱいにリボンを持って駆け寄ってくる。
「もちろん。どこに飾ったらきれいかしら?」
花壇の端に赤いリボンを結び、ノクティアも子どもたちに混ざって輪をつくる。
「ノクティア様、今日はお姫さまみたいにきれいだね!」
子どもたちの屈託ない言葉に、ノクティアは微笑んだ。
春の日差しが髪にも頬にも優しく降り注いでいる。
* * *
広場の向こう、門の外から賑やかな声と車輪の音が聞こえてきた。
村の若者たちが山車を引き、屋台の準備をしているのだ。
カイラスが兵士たちとともに見回りに現れる。
鎧姿なのに、春の花輪を首にかけられて少し照れくさそうだ。
「ノクティア、祭りの間は警備も万全にする。今日は思いきり楽しんでくれ」
「ありがとう。カイラスも、たまには楽しんでね」
エイミーも「団長、笑ってください!」と子どもたちに背中を押され、カイラスは珍しく恥ずかしそうに笑った。
(こうして皆で過ごす春――この穏やかな時間が、永遠に続けばいいのに)
ノクティアの心にも、かすかな願いが芽生える。
* * *
祭りの始まりを告げる太鼓が鳴る。
村の婦人たちが作った花輪や果実の飾り、簡易屋台には温かなスープや甘いお菓子が並ぶ。
砦の子どもたちが即席の劇を始め、エイミーも劇の“お姫さま役”としてドレス姿で登場し、歓声があがる。
ノクティアは花壇の世話をしながら、小さな花の苗をそっと植えた。
「この花が咲いたら、また来年も、みんなで……」
そう呟くと、ふいに門の外から馬のひづめの音が響いた。
* * *
「おい、誰か来るぞ!」
見張り台の兵士が声を上げる。
カイラスとレオナートが駆け寄ると、一台の馬車が門前で止まった。
馬車の扉が開き、現れたのは――旅の装いに身を包んだ女性騎士だった。
背の高い女性は、堂々とした足取りでカイラスの前に立つ。
「久しぶりね、カイラス。元気そうで何より」
カイラスは一瞬、驚いたように目を見開く。
「……アリシア? まさか、こんな所で会うとは」
アリシアと名乗った女性は、昔カイラスと王都で修行した仲間だった。
「ちょうど春祭りの日に着くなんて、私も運がいいわ」
兵士たちはどよめき、村の人々は興味津々に新しい来訪者を眺める。
* * *
エイミーがノクティアのそばに駆け寄る。
「ノクティアさん、新しいお客様みたいですよ! 団長様のお知り合い?」
「ええ……でも、こうして砦にお客さんが来るのは久しぶりね」
ノクティアは遠くカイラスとアリシアの話す姿を見て、胸がふっとざわめいた。
(カイラスにも、私の知らない世界や時間があるんだ)
自分でも理由の分からない、かすかな寂しさが胸をよぎる。
* * *
やがて祭りはますます盛り上がり、村と砦の人々が混ざって歌や踊りの輪ができた。
アリシアも馬車から土産の酒や菓子を下ろし、村の若者とすぐに打ち解けている。
ノクティアは花壇にひとり腰を下ろし、春風に吹かれながら皆の笑い声を眺めていた。
「ノクティア様、踊りませんか?」
子どもたちが誘いにくる。
「ありがとう、じゃあちょっとだけ」
輪の中で手をつなぎ、ノクティアも笑顔で踊る。
その間も、ふとカイラスの方に視線が向いてしまう自分に気づき、戸惑う。
* * *
夕暮れ、祭りは佳境に入る。
アリシアは村の人々に武勇伝を語り、エイミーやレオナートも屋台の手伝いで大忙し。
カイラスは久しぶりの再会にやや緊張しながらも、アリシアと剣術談義に花を咲かせている。
ノクティアは静かな片隅で、そっと自分の胸に問いかけた。
(私は、これからもこの場所で、みんなと春を迎えていけるのだろうか――
カイラスと過ごす“今”は、あとどれくらい残されているんだろう)
楽しさと寂しさが混じり合う春の祭り。
空には淡い月が浮かび、花壇の新芽がひっそりと夜の匂いに揺れていた。
* * *
夜、ノクティアは自室で一人、昼間のざわめきを思い返していた。
カイラスが誰かと楽しそうに話している姿、仲間たちの笑顔、自分の心に生まれた小さな棘――
(大丈夫、私は大丈夫。まだ“今”を生きている)
静かに胸に手を当てる。
その手の温度だけが、彼女を現実へと引き戻してくれた。
春の夜風が、そっと窓辺をなでていく。
新しい出会いと、わずかな不安を抱えながら、ノクティアは目を閉じた。
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