【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

文字の大きさ
61 / 107
5章

56話「秘密の痛み、寄り添う手」

しおりを挟む
 春の陽がゆっくりと差し込む朝。
 ノクティアは寝台の上で、ぼんやりと天井を見つめていた。
 昨日より体は少し軽くなったものの、心の奥には拭いきれない影が色濃く残っている。

 (私は、どこまでこの場所で生きていられるんだろう……)

 静かな部屋に、遠くから子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
 エイミーやレオナートが忙しく働く気配もする。
 みんながこうして優しくしてくれることが、ノクティアには時に苦しくさえ感じられた。

 (本当は、みんなの未来のために強くありたいのに――
 私の命は、もう長くないのに……)

 胸の奥にしまった「余命宣告」。
 王都から届いた手紙を思い出すだけで、喉の奥が締め付けられるようだった。

    * * *

 昼近く、エイミーがそっとお茶を運んできた。

 「ノクティアさん、だいぶ顔色がよくなりましたね」

 「ええ……ありがとう、エイミー」

 エイミーは小さく微笑みながらも、何かを言いかけてやめたような表情を見せる。

 「無理はしないでくださいね。私たち、ノクティアさんが元気でいてくれるだけで十分ですから」

 「……うん、ありがとう」

 言葉に詰まったノクティアの胸の奥で、再び痛みが波打つ。

 (本当のことは、言えない……
 私がいなくなる日が来るなんて、絶対に言えない)

    * * *

 部屋に一人きりになると、ノクティアは小箱から王都の手紙を取り出した。
 開いては閉じ、また開く。その繰り返し。

 「余命は……春を越すのも難しい……」
 その文字が、何度読んでも胸に冷たい杭のように突き刺さる。

 (私は、みんなの役に立てているのかな。
 もしも本当にこのまま消えてしまったら、
 誰かを傷つけてしまうんじゃないか――)

 ふいに涙がこぼれそうになり、ノクティアは小さく身を丸めた。
 いつも前向きに、みんなのために、そう生きてきたつもりだった。
 けれど、誰にもこの痛みを打ち明けることができない。

    * * *

 窓の外から、ふと春風が舞い込んできた。
 砦の庭には、昨日植え直された花壇の苗が、まだ小さくもたくましく揺れている。

 (みんなは、これからもきっと歩いていける……
 私がいなくなっても、大丈夫――)

 けれど、そう思いたい気持ちと、どうしようもなく誰かにすがりたい心の叫びとが、ノクティアの中でせめぎあう。

    * * *

 そのとき、扉が静かに開いた。
 カイラスが、ノクティアの様子を見にやってきたのだ。

 「起きていたか。体はどうだ?」

 「……うん、だいぶ楽になった」

 カイラスは部屋に差し込む陽射しを見てから、ノクティアの枕元に腰を下ろした。

 「外は気持ちがいいぞ。今日は風も柔らかい。
 少し、庭を歩いてみないか?」

 ノクティアは首を振った。
 「……もう少しだけ、ここで休みたい」

 カイラスは、そんなノクティアをじっと見つめる。

 「ノクティア……お前、何か隠していないか?」

 心臓が跳ねる。
 けれど、ノクティアはかぶりを振るしかなかった。

 「……何も、ないよ。
 ただ、ちょっと疲れただけ」

 カイラスは優しく微笑んだ。
 「お前は、いつもそうやって無理をする。
 本当は弱音を吐きたいときだって、誰にも頼らずに――
 でも、俺はずっと見てきた。お前の強さも、弱さも、全部」

 ノクティアは俯いたまま、拳をぎゅっと握りしめる。
 本当は、ただ「助けて」と言いたかった。
 けれど、言葉にはできなかった。

 カイラスは、そんなノクティアの手をそっと握った。

 「ノクティア。……お前がどんなときも、俺はお前のそばにいる。
 辛いときは泣いてもいいし、誰かに頼ってもいい。
 お前がどんな姿でも、俺はずっと一緒にいるから」

 ノクティアは、涙があふれそうになるのをこらえた。

 「……ありがとう、カイラス」

 その言葉だけが、今の自分のすべてだった。

    * * *

 しばらく、静かな時間が流れた。
 カイラスは何も言わず、ただノクティアの手を包み込むように握り続けた。
 その温もりが、ノクティアの心の深い痛みを少しだけやわらげてくれた。

 (本当は、もっと弱い自分を見せてもいいのかな……
 カイラスがいてくれるなら、もう少しだけ、頑張れるのかな)

    * * *

 窓の外には春の光が降りそそぎ、庭では子どもたちの笑い声が響いている。
 エイミーやレオナートが忙しく立ち働く姿も見える。

 (みんなのことが、好きだ。
 この場所で過ごした時間が、すべて宝物だ)

 ノクティアは静かに目を閉じ、カイラスの手を握り返した。

 (いつか本当のことを言える日が来るだろうか。
 それまで、せめてみんなのために、今日を精一杯生きていこう――)

 春の光の中、二人の影が寄り添い合うように静かに重なっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

追放令嬢は辺境の廃村で美食の楽園を創る〜土と炎で紡ぐ、真の幸福レストラン〜

緋村ルナ
ファンタジー
華やかな公爵令嬢アメリアは、身に覚えのない罪で辺境の荒野へ追放された。絶望と空腹の中、泥まみれになって触れた土。そこから芽吹いた小さな命と、生まれたての料理は、アメリアの人生を大きく変える。土と炎、そして温かい人々との出会いが、彼女の才能を呼び覚ます!やがて、その手から生み出される「幸福の味」は、辺境の小さな村に奇跡を巻き起こし、追放されたはずの令嬢が、世界を変えるレストランのオーナーとして輝き始める!これは復讐ではない。自らの手で真の豊かさを掴む、美食と成長の成り上がり物語!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

処理中です...