【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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5章

55話「嵐の後で」

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 春の空に、淡い雲が流れていた。
 昨夜の魔物襲撃の混乱は、砦と村の人々の胸に生々しく残っていた。
 花壇は踏みにじられ、屋台やテントは無惨な残骸をさらしている。
 それでも、朝の日差しの中にはわずかな安堵と、「生き延びた」という実感があった。

 広場には、怪我の手当てを受ける兵士や村人の姿が見える。
 エイミーとレオナートが負傷者の手当てに奔走し、子どもたちは不安そうに大人たちの周囲を離れずにいた。

    * * *

 ノクティアは、自分の寝台で静かに横になっていた。
 魔物との戦いで無理を重ねた身体が、ひどい発熱と倦怠感で重たくなっていた。
 頭の奥で、誰かの呼びかける声が遠くに聞こえる。

 「ノクティア……ノクティア、起きて……」

 夢と現実の境がぼやける。
 目を開けると、差し込む朝日が眩しく、ぼんやりとカイラスの姿が見えた。

 「……カイラス?」

 「ああ、気がついたか。大丈夫だ、もう心配いらない」

 カイラスは冷たい布で額の汗を拭き、優しい声で囁く。
 その手は、剣を振るうときとは違う、不器用なほど丁寧な手つきだった。

    * * *

 ノクティアは、うまく話せないまま、静かにカイラスの顔を見上げた。
 普段は強くて頼もしい団長も、今はどこか困ったような、心配そうな表情を浮かべている。

 「……皆は、大丈夫?」

 「お前が魔法で守ったおかげで、大きな怪我人は出ていない。砦の花壇も、奇跡の花は……駄目だったが、命は守れた。それだけで十分だ」

 ノクティアは、胸の奥でほっとしつつも、申し訳なさに瞼を伏せた。

 「私……守りきれなかった……」

 カイラスは少しだけ微笑み、ノクティアの手をそっと包む。

 「お前がいたから、皆は生き延びたんだ。……昔もそうだったろう」

 「昔?」

    * * *

 カイラスは、ふと懐かしそうに目を細めた。

 「小さい頃……覚えてるか? お前がよく熱を出して、村の広場で寝ていたことがあった。皆でお守りの花を摘んできて、お前の枕元に並べて……」

 ノクティアの瞳がほんの少し潤む。

 「覚えてる。春先の花……みんなの声が、まるで夢みたいだった」

 「俺も怖かった。お前が眠ってる間、何度も神さまにお願いした。“この子を連れて行かないでくれ”って」

 ノクティアはかすかに微笑んだ。

 「私も祈ってた。……誰かの声が聞こえるたび、安心できたから」

    * * *

 そのとき、部屋の外から子どもたちの小さな声が聞こえてきた。

 「ノクティア様、目を覚ました?」「大丈夫?」「お花、持ってきたよ!」

 カイラスがそっと扉を開けると、子どもたちが手に手に花束を持って立っていた。

 「ノクティア様、はやく元気になってね!」

 「また一緒に花壇で遊ぼうね!」

 ノクティアは微笑み、震える手で花束を受け取った。

 「ありがとう……本当に、ありがとう」

 カイラスも子どもたちに優しい目を向ける。

 「みんなのおかげで、ノクティアはきっとすぐ元気になるさ」

    * * *

 午後になり、エイミーが薬草の入ったお茶を持ってきた。

 「ノクティアさん、熱が下がるまでしっかり休んでくださいね」

 「ごめんなさい、迷惑ばかりかけて……」

 「そんなことありません! ノクティアさんがいなかったら、私も砦のみんなも……怖かったです」

 エイミーは優しく微笑み、手を握った。

 「皆で祈ってます。ノクティアさんがすぐに元気になるように」

 その言葉が、ノクティアの胸をじんわりと温めていく。

    * * *

 窓の外では、修復作業に励む大人たちと、瓦礫の間で静かに祈る村の老婦人の姿が見える。
 花壇の跡には、子どもたちが拾い集めた花の苗をそっと植え直していた。

 (私は、みんなに守られている。……こんなにも大勢の人に、思われている)

 ノクティアの目から、自然と涙がこぼれる。

    * * *

 夕暮れ、カイラスはそっとノクティアの寝台のそばに座り続けた。
 日が沈みかける部屋の中、彼の横顔がどこか懐かしく、安心できるものに見えた。

 「カイラス……ありがとう」

 「礼を言うのは俺の方だ。昔から、俺はお前に救われてばかりだった」

 「そうかな……私は、いつも守られてるって思ってた」

 カイラスは小さく笑い、ノクティアの髪をそっとなでた。

 「これからは、俺がずっと守る。お前が無理をしなくていいように」

 ノクティアは静かに目を閉じ、優しい夜の気配に包まれた。

    * * *

 夜になっても、砦の人々は小さな火を灯し、各自がノクティアの快復を祈っていた。

 花壇のそばで子どもたちが輪になり、「明日はノクティア様が元気になりますように」と小さな声で歌う。
 エイミーやレオナートも交代で部屋を覗き、夜通し世話を焼いた。

 砦全体が、ひとつの家族のようにノクティアの回復を願っている。

 ――窓の外には、春の星空がやさしく輝いていた。
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