【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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5章

60話「秘密の涙と決意」

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 夜の砦は静まりかえっていた。
 村の疫病騒動で日中は慌ただしかったが、日が落ちると人々は寝静まり、花壇の花さえ夜露の中にうつむいている。
 ノクティアは一人、砦の高台――城壁の上の細い道を歩いていた。

 遠くには村の灯りがちらちらと揺れ、見上げれば無数の星がこぼれるように輝いている。
 春の空気はまだ少し冷たく、コートの襟をかき寄せながら、ノクティアは小さく肩を震わせた。

 (私は――本当は、誰にも言えない秘密を抱えたまま、ここに立っている)

 風がそっと髪を揺らし、ノクティアは胸にしまい込んだ痛みに目を閉じた。

 ――余命宣告。
 医師の手紙。
 もう長くは生きられないという事実を、誰にも打ち明けられず、
 みんなの温かさと未来への期待だけが、日に日に苦しみを強くしていく。

 (みんなの希望でいなきゃいけないのに、
 私はもう、この命が尽きてしまうのかもしれない……)

 堪えてきた涙が、そっと頬を伝った。

    * * *

 「……泣いているのか?」

 静かな声が、闇の中でノクティアの背中に届いた。

 驚いて振り返ると、そこにはカイラスが立っていた。
 彼は普段のような厳しい面持ちではなく、ただ、静かに、ノクティアを見つめていた。

 「こんな夜更けに、こんな高いところで……。危ないぞ」

 カイラスはゆっくりとノクティアの隣に立ち、二人で星空を見上げる。
 しばし無言が続き、風の音だけが響く。

    * * *

 「無理をしなくていいんだぞ、ノクティア」

 カイラスの声は、いつになくやさしく、温かかった。

 「何かつらいことがあるなら、全部話してほしい。
 お前が抱えてるもの、俺も一緒に背負うから」

 ノクティアはうつむき、涙がこぼれるのを隠せない。

 「……ごめんね。私は、みんなに元気を与えたいって思ってたのに……
 最近は、それさえできなくなってきて……」

 カイラスはノクティアの肩にそっと手を添えた。
 その手の温もりに、ノクティアはもう何も言えなくなる。

    * * *

 「なあ、ノクティア。
 お前が無理をしていることも、強がっていることも、全部分かってた。
 でも俺は、お前に笑っていてほしい。苦しいときは、苦しいって言っていいんだ」

 ノクティアは声を震わせながら、必死に言葉を探した。

 「私、カイラスに……もっと頼りたかった。
 でも、これ以上心配させたくなくて……
 本当は、ずっと怖かった……」

 涙が次々と頬を伝い、ノクティアはカイラスの胸に顔を埋めた。

 「ノクティア……もう、大丈夫だ。俺はここにいる。
 これからも、ずっと、お前の隣にいる」

 カイラスはそっとノクティアを抱きしめ、その背中をゆっくりと撫でた。

    * * *

 ノクティアは、しばらくの間、ただ泣き続けた。
 星空の下で流した涙は、今まで決して見せられなかった、弱い自分そのものだった。

 (本当は全部話したい。
 だけど、今はまだ言葉にならない)

 「……ありがとう」

 それだけが、今ノクティアの口から出せる精一杯の言葉だった。

 カイラスは微笑み、「礼なんていらない。お前がいてくれることが、何より大事だ」と小さく囁いた。

    * * *

 高台の夜風は、二人の涙と心の奥の痛みを静かに洗い流していくようだった。

 ノクティアは、もう一度星空を見上げた。
 (私の時間が残り少ないとしても、
 この砦で、カイラスやみんなと最後まで一緒にいよう――)

 新しい朝がまた来ることを願って、
 ノクティアはそっとカイラスの手を握り返した。

    * * *

 やがて二人は、言葉少なに砦の高台を降りていく。
 どちらも、今はまだ“全部”を言葉にできないまま、
 それでも確かに心は寄り添い、静かに、夜の終わりを待っていた。
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