【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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5章

59話「勇気の種」

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 それは、静かな春の午後だった。
 砦に咲き始めた花壇の新芽を眺めていたノクティアのもとに、村の青年が息を切らして駆け込んできた。

 「ノクティア様、大変です! 村で……子どもたちが次々と熱を出して!」

 青年の手は震え、顔は不安にこわばっていた。

 「分かりました、すぐ行きます」

 ノクティアは砦に戻り、エイミーやカイラス、アリシア、レオナートに事情を伝えた。
 「村で何か流行り病が出たみたい。みんなの協力が必要になるかもしれないわ」

 カイラスはすぐさま剣を手に取り、レオナートは医療道具と保存食の在庫を確認し始める。
 エイミーは薬草箱を抱えてノクティアの後を追った。

    * * *

 村に着くと、家ごとに子どもや年寄りが布団にくるまって寝込んでいた。
 熱と咳、身体の痛み。
 不安に泣く母親たちの中、ノクティアは一人ひとり額に手を当て、回復の魔法を試みるが、
 今までのようにすぐには効かなかった。

 「……魔力が、足りない……」

 心のどこかに焦りが募る。
 エイミーが布団をめくって子どもを看病しながら、小声で囁く。

 「ノクティアさん、無理しないでください。魔法薬も底をつきそうです」

 「大丈夫。できるだけやってみる」

 ノクティアは自分の体調や余命のことなど考えず、とにかく目の前の人たちを救おうとした。

    * * *

 日が傾く頃には、魔法薬の瓶はほとんど空になり、砦から運んだ乾燥薬草も底をついた。

 「これが最後の一瓶です……」

 エイミーが差し出した薬瓶を受け取り、ノクティアは重い気持ちでそれを村の赤子に飲ませる。

 (もし、このまま何もできなくなったら……)

 村の家々から漏れる泣き声や咳の音が、ノクティアの胸に鉛のように沈んだ。

    * * *

 夜になり、砦に戻ったノクティアは、会議室でカイラスや仲間たちと今後の対応を話し合っていた。

 「これ以上、薬も魔法もないとなれば……他の村や町に応援を頼むしかない」

 カイラスが腕組みし、眉をひそめる。

 「砦の人手も限られています。警備を薄くするのは危険ですし……」

 レオナートも疲れた顔で頷く。
 アリシアは地図を広げ、最短で支援を頼める町までの道を探していた。

 「ノクティア、もう少し休め」

 「ううん……少しでもできることがあるなら……」

 だが、ノクティアの声には明らかに力がなかった。

    * * *

 夜更け、ノクティアは一人きりで花壇の前に立っていた。
 自分の命の限界も、魔力の枯渇も、全てが重くのしかかる。

 (私がいなくなったら、この砦は……村は、どうなるの?)

 いつしか、カイラスが静かに後ろから歩み寄ってきた。

 「ノクティア、もう十分だ。お前のせいじゃない」

 「でも……私、みんなの役に立ちたいの。もし、私がいなくなったら――
 この砦は……」

 カイラスは驚いたようにノクティアを見つめる。
 「どうしてそんなことを言う。……お前がいなくなったら、砦は終わりだ。
 俺も……どうしていいかわからない。
 ノクティア、お前に何かあったら、俺は……」

 言葉を飲み込み、カイラスは目を伏せた。
 ――そして、ノクティアの前で初めて、静かに涙を流した。

 「お前がいなければ、俺たちは……生きていけない」

 ノクティアは、カイラスの涙に胸を打たれた。
 今まで、どんな時も強くあろうとしたカイラスが、こんなにも弱く、素直な姿を見せるのは初めてだった。

 「カイラス……ごめんね、私……本当は……」

 涙があふれそうになる。

 「もう謝るな。お前は、みんなの希望だ。
 俺にとっても、お前だけが……」

 カイラスは言葉をつまらせ、ノクティアの手を強く握る。

    * * *

 しばらく、ふたりは何も言わず、ただ夜風に身をゆだねていた。
 砦の花壇の小さな新芽が、夜露に光っている。

 ノクティアはそっと顔を上げた。

 「私、もう少しだけ、みんなのためにがんばってみる。
 ……もし、その先で力尽きても、後悔しないように」

 カイラスは頷き、涙を袖でぬぐった。

 「お前がそう言うなら、俺も……どんなことがあっても、そばにいる」

    * * *

 夜の砦は静かだった。
 だけど、花壇には“勇気の種”が確かに残されていた。

 ノクティアもカイラスも、皆も――
 今はただ、明日の希望にすがるしかなかった。

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