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6章
80話「涙の夜」
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王都の春は、夜になるとどこか冷たさを含んだ風が吹き抜ける。
昼間は祭りの準備や捜査で賑やかだった王宮も、月の光が降り始めると、急に静けさを取り戻していた。
ノクティア・エルヴァーンは、一人きりで宮殿の裏庭に出ていた。
花壇には色とりどりの花が咲き、薄明かりのなかで揺れている。
だがその美しささえ、今夜のノクティアには胸の痛みを和らげてはくれなかった。
* * *
――王都時代、エルヴァーン家に生まれた少女は「家の名誉」や「血筋」に縛られ続けてきた。
父の冷たい言葉。母の沈黙。
「お前は役立たずだ」「恥をさらすな」――
どんなに努力しても、求められた「理想の令嬢」にはなれなかった。
今も胸の奥に残る、家族の視線と失望。
(私は、王都で家族を“失った”のではなく、家族から“見捨てられた”んだ……)
新しい居場所や仲間を得ても、過去の傷は簡単に癒えない。
迷宮の事件や王家の封印魔術、そして三人の心のすれ違い――
強くあろうとするほど、不安も増していく。
ノクティアは静かに花壇の前に膝をつき、涙を堪えるように両手を握りしめた。
* * *
その時、背後からそっと優しい気配が近づいてきた。
「……こんなところで、何してる?」
振り返ると、カイラスが立っていた。
いつもの堂々とした鎧姿ではなく、ラフな旅装束。夜の風に髪を揺らし、彼の声だけが温かかった。
「カイラス……ごめん、ちょっとだけ、一人になりたくて」
「そうか。でも――」
カイラスは無理やり微笑み、ノクティアの隣に腰を下ろした。
「俺、思うんだ。どんなに強くても、一人で涙をこらえる必要なんてない。……砦でも、王都でも、ノクティアが無理してるのは、誰よりも分かってる」
ノクティアはかすかに首を振る。
「カイラス、私……家族とうまくいかなかった。ずっと、誰にも言えなかった。
“最強魔導士”って呼ばれても、王都で生きていた頃の“孤独な私”が消えないの」
カイラスはそっとノクティアの手を取った。
その手は、どこまでも温かかった。
「……ノクティアは、ノクティアのままでいい。たとえ家族が何と言おうと、今の仲間たち――俺が、お前の一番の味方だ」
ノクティアは、涙が溢れるのを止められなかった。
カイラスの肩にそっと身を寄せる。
――そのとき、夜の静寂を切り裂くように、鋭い声が響いた。
「……ずいぶんと、仲が良いんだな」
* * *
振り返れば、そこにリュゼルが立っていた。
王子の礼装に身を包み、だがその表情は驚くほど険しい。
「リュゼル……?」
「ノクティアを慰めているつもりか? “最強魔導士”も、こうして誰かの肩に縋ることがあるとはな」
リュゼルの声には、これまで聞いたことのない棘が混じっていた。
「何が言いたいんだ?」
カイラスが静かに立ち上がる。
リュゼルはノクティアのすぐそばに歩み寄り、唐突に壁際へとノクティアを追い詰める。
――いわゆる“壁ドン”だった。
ノクティアは驚きで動けなくなり、リュゼルの顔が間近に迫る。
「俺は、お前に謝りたいだけだ。……いや、謝るだけじゃ足りない。
でも、どうしても素直になれない。……お前は俺の前じゃ、いつも泣かないくせに、カイラスの前では泣けるのか?」
ノクティアの胸は混乱した。
「リュゼル、私は――」
リュゼルの瞳には、これまで隠してきた想いと葛藤が浮かんでいた。
カイラスはリュゼルの肩に手を置き、ゆっくり引き離す。
「ノクティアを苦しめたいのか。それとも、自分の気持ちに向き合いたいのか、どっちだ」
リュゼルは、ぐっと唇を噛み締めたまま動けない。
* * *
三人の想いは、夜の庭園で複雑にすれ違った。
ノクティアは、二人の間で胸が苦しくなり、涙を拭うことしかできなかった。
(私はどうすればいいの……?)
――仲間として。恋人として。
それぞれの“想い”が、静かに、でも確かに交錯する夜だった。
* * *
ノクティアは一人きりで庭園を歩く。
夜風に晒され、心も身体も揺れていた。
(家族に認められたかった。過去を赦したかった。
でも、私が本当に望んでいるものは――)
ふと、背後からそっとカイラスが歩み寄り、無言でそばに立った。
「大丈夫か」
その声は、何よりも優しかった。
ノクティアはカイラスに背を預けるようにして、小さく呟く。
「ありがとう。……カイラスも、リュゼルも、私にとって大切な人だよ」
「なら、それでいい。……お前の笑顔が戻れば、それでいい」
* * *
その夜、ノクティアは涙が止まらぬまま、
いつかきっと自分自身の“本当の願い”と向き合うことを、心に誓うのだった――。
昼間は祭りの準備や捜査で賑やかだった王宮も、月の光が降り始めると、急に静けさを取り戻していた。
ノクティア・エルヴァーンは、一人きりで宮殿の裏庭に出ていた。
花壇には色とりどりの花が咲き、薄明かりのなかで揺れている。
だがその美しささえ、今夜のノクティアには胸の痛みを和らげてはくれなかった。
* * *
――王都時代、エルヴァーン家に生まれた少女は「家の名誉」や「血筋」に縛られ続けてきた。
父の冷たい言葉。母の沈黙。
「お前は役立たずだ」「恥をさらすな」――
どんなに努力しても、求められた「理想の令嬢」にはなれなかった。
今も胸の奥に残る、家族の視線と失望。
(私は、王都で家族を“失った”のではなく、家族から“見捨てられた”んだ……)
新しい居場所や仲間を得ても、過去の傷は簡単に癒えない。
迷宮の事件や王家の封印魔術、そして三人の心のすれ違い――
強くあろうとするほど、不安も増していく。
ノクティアは静かに花壇の前に膝をつき、涙を堪えるように両手を握りしめた。
* * *
その時、背後からそっと優しい気配が近づいてきた。
「……こんなところで、何してる?」
振り返ると、カイラスが立っていた。
いつもの堂々とした鎧姿ではなく、ラフな旅装束。夜の風に髪を揺らし、彼の声だけが温かかった。
「カイラス……ごめん、ちょっとだけ、一人になりたくて」
「そうか。でも――」
カイラスは無理やり微笑み、ノクティアの隣に腰を下ろした。
「俺、思うんだ。どんなに強くても、一人で涙をこらえる必要なんてない。……砦でも、王都でも、ノクティアが無理してるのは、誰よりも分かってる」
ノクティアはかすかに首を振る。
「カイラス、私……家族とうまくいかなかった。ずっと、誰にも言えなかった。
“最強魔導士”って呼ばれても、王都で生きていた頃の“孤独な私”が消えないの」
カイラスはそっとノクティアの手を取った。
その手は、どこまでも温かかった。
「……ノクティアは、ノクティアのままでいい。たとえ家族が何と言おうと、今の仲間たち――俺が、お前の一番の味方だ」
ノクティアは、涙が溢れるのを止められなかった。
カイラスの肩にそっと身を寄せる。
――そのとき、夜の静寂を切り裂くように、鋭い声が響いた。
「……ずいぶんと、仲が良いんだな」
* * *
振り返れば、そこにリュゼルが立っていた。
王子の礼装に身を包み、だがその表情は驚くほど険しい。
「リュゼル……?」
「ノクティアを慰めているつもりか? “最強魔導士”も、こうして誰かの肩に縋ることがあるとはな」
リュゼルの声には、これまで聞いたことのない棘が混じっていた。
「何が言いたいんだ?」
カイラスが静かに立ち上がる。
リュゼルはノクティアのすぐそばに歩み寄り、唐突に壁際へとノクティアを追い詰める。
――いわゆる“壁ドン”だった。
ノクティアは驚きで動けなくなり、リュゼルの顔が間近に迫る。
「俺は、お前に謝りたいだけだ。……いや、謝るだけじゃ足りない。
でも、どうしても素直になれない。……お前は俺の前じゃ、いつも泣かないくせに、カイラスの前では泣けるのか?」
ノクティアの胸は混乱した。
「リュゼル、私は――」
リュゼルの瞳には、これまで隠してきた想いと葛藤が浮かんでいた。
カイラスはリュゼルの肩に手を置き、ゆっくり引き離す。
「ノクティアを苦しめたいのか。それとも、自分の気持ちに向き合いたいのか、どっちだ」
リュゼルは、ぐっと唇を噛み締めたまま動けない。
* * *
三人の想いは、夜の庭園で複雑にすれ違った。
ノクティアは、二人の間で胸が苦しくなり、涙を拭うことしかできなかった。
(私はどうすればいいの……?)
――仲間として。恋人として。
それぞれの“想い”が、静かに、でも確かに交錯する夜だった。
* * *
ノクティアは一人きりで庭園を歩く。
夜風に晒され、心も身体も揺れていた。
(家族に認められたかった。過去を赦したかった。
でも、私が本当に望んでいるものは――)
ふと、背後からそっとカイラスが歩み寄り、無言でそばに立った。
「大丈夫か」
その声は、何よりも優しかった。
ノクティアはカイラスに背を預けるようにして、小さく呟く。
「ありがとう。……カイラスも、リュゼルも、私にとって大切な人だよ」
「なら、それでいい。……お前の笑顔が戻れば、それでいい」
* * *
その夜、ノクティアは涙が止まらぬまま、
いつかきっと自分自身の“本当の願い”と向き合うことを、心に誓うのだった――。
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