【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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6章

79話「消えた願い」

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 王都の空は、どこまでも澄み切っているはずなのに、どこか冷たい影を感じさせた。
 地下迷宮で得た魔導書とペンダントは、失踪事件の核心へと三人を導きつつあったが、その闇は思いのほか深い。

 ノクティアは、王都の魔導士会の書庫で資料と向き合っていた。
 隣ではリュゼルが真剣な面持ちで魔導書のページをめくっている。
 カイラスは窓際で外の様子を警戒しながら、二人を見守っていた。

    * * *

 「――ここ。見てください」

 リュゼルが静かに指さしたのは、古い王家の記録だった。

 『王家の“封印魔術”は、強大な力を秘匿し、必要とあれば人も記憶も消す。
 “真なる願い”を隠すために使われることもある――』

 ノクティアは息を呑んだ。

 「……じゃあ、今回の失踪事件は、誰かが“王家の封印魔術”を使っているってこと?」

 「あり得る。王家の血筋か、特別な儀式の力を得た者だけが扱える禁断の術だ。
 もしそれが誤用されたなら……記憶も、存在そのものも、世界から消し去ることができる」

 リュゼルの声がかすかに震えているのを、ノクティアは聞き逃さなかった。

    * * *

 その日の午後。
 王都の広場では春祭りの準備が始まっていたが、人々の顔には不安の色が消えない。

 ノクティアは人混みを歩きながら、自分の心が落ち着かないことに気付く。

 (私の“願い”は、誰かを守りたいってことだったはず。でも……封印魔術で消される願いって?)

 ふと、背後からリュゼルの気配を感じた。

 「ノクティア……少し、話せるか」

 ノクティアは静かに頷き、人気のない小道へと歩く。

    * * *

 ふたりきりになると、リュゼルはしばらく口を開けなかった。
 やがて、どこか遠回しな口調で言う。

 「……俺は昔、王家のしきたりや名誉に縛られて、お前にひどいことを言った。今でも、それを……」

 ノクティアは驚いた顔でリュゼルを見上げる。
 だがリュゼルは、最後まで目を合わせない。

 「……今なら、分かる気がする。“正しさ”は時に誰かを傷つける。でも、過去は戻らないし、やり直しもきかない」

 ノクティアは微笑んだ。

 「リュゼル。私も、最初はあなたに嫌われたって思ってた。でも、今は分かるの。あなたが“正義”を信じていたことも――きっと私の願いがどこかで、あなたの願いとも重なっていたんだって」

 リュゼルの目がわずかに揺れた。

 「……そうかもしれない。けど、俺は……」

 「ごめんなさいって、言わないで。私は今のリュゼルが好きよ。昔のことより、今を見てほしい」

 リュゼルはそれ以上、言葉を続けられなかった。

    * * *

 一方、カイラスは少し離れた場所でふたりの様子を見守っていた。
 遠回しなリュゼルの態度に、ほんの少しだけ胸の奥に棘が刺さる。

 (あいつは、まだノクティアに本音を言えていない。……俺なら、ちゃんと守るし、言葉にもできるのに)

 それでも、ノクティアの気持ちが揺れるたびに、カイラスは自分の手を強く握りしめるしかなかった。

    * * *

 その夜。
 魔導士会の執務室には、迷宮から持ち帰った魔導書とペンダントが並ぶ。

 ノクティアは、ふいに「消された“願い”」という言葉にひっかかりを感じた。

 (もし私の願いも誰かに封印されたら、私はどうなるんだろう――
 この“王都”の中で、みんなの想いは本当に守られる?)

 その不安が、ふとカイラスの声で消される。

 「ノクティア、何かあったら必ず俺に言え。どんな闇でも、君と一緒に乗り越えるから」

 「ありがとう、カイラス。あなたがいてくれると、本当に心強い」

 ふたりのやりとりに、リュゼルはしばし目を伏せていた。
 そして静かに部屋を出ていく。

    * * *

 夜風が窓を叩く。
 ノクティアは窓辺に立ち、消えた願いとこれからの未来に思いを馳せていた。

 (私は、もう二度と“自分の願い”を失いたくない。誰かのためじゃなく、自分のためにも――)

 それでも、過去も現在も、大切な人たちの想いがこの胸に残っている限り、
 ノクティアは歩みを止めないと決めていた。

 王都の灯りの下、新たな事件の扉が静かに開きつつあった――。
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