【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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7章

第91話「それぞれの春」

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 春――それは、終わりと始まりの季節。
 砦にも王都にも、穏やかな風と花の香りが行き交い、日々に新しい彩りがもたらされていた。

    * * *

 グランツ砦の朝は、子どもたちの元気な声で始まった。

 「ノクティア様、こっちこっち! 花壇にチューリップが咲いたんです!」

 リリーが真っ赤な頬をさらに赤くして、ノクティアを呼ぶ。ノクティアは静かに微笑んで、ゆっくりと花壇に歩み寄る。冬の間、土の下でじっと息を潜めていた球根が、春の陽射しを受けて色とりどりの花を咲かせている。

 「みんなで世話したからだね。とてもきれいよ」

 ノクティアが優しく言うと、マルクやトトたちも「うん!」「ぼく、水やり毎日した!」と誇らしげに胸を張る。

 「あのね、エイミーお姉ちゃんも手伝ってくれたんだよ!」

 エイミーが笑顔で「少しだけね」と照れ隠しする。砦の小さな花壇が今や村人たちの憩いの場になっている。
 かつては“絶望の砦”と呼ばれたこの場所が、春の陽射しの中で“希望の家”へと変わっていた。

    * * *

 砦の広場では、春祭りに向けての準備が着々と進められていた。
 リボンや花飾り、手作りの旗が次々と掲げられ、子どもたちは練習用の歌や踊りを披露している。

 「ノクティア様も、踊りましょう!」

 リリーに手を引かれ、ノクティアは控えめに踊りの輪に加わる。最初は照れながらも、子どもたちの真剣な顔と、砦のみんなの笑い声に、自然と頬が緩む。

 「春はね、心まで明るくなる季節なんですって!」

 エイミーの言葉に、ノクティアはうなずいた。
 “季節が人を変える”――それは嘘ではなかった。

    * * *

 一方、食堂ではレオナートがパンを焼き、兵士たちが新鮮なミルクや果物を運んでくる。
 砦の女性たちも「今日は特別なご馳走を」と、腕によりをかけていた。

 「ノクティアさん、食べすぎ注意ですよ」

 エイミーがいたずらっぽく声をかけると、「大丈夫、私だって昔は子どもたちと競争してたのよ」と笑い返す。
 レオナートも「それは知らなかったな」と驚き、「じゃあ、今日の一等賞はノクティアさんだな」と茶化す。

 あたりまえの日常。
 けれど、ほんの少し前まで、それは失われかけた“奇跡”だった。
 ノクティアは食堂の窓から外を眺め、柔らかな春の陽射しに包まれながら、そっと胸に手を当てた。

 (ここで、みんなと迎える春が、本当に嬉しい)

    * * *

 そして、そのころ王都では――。

 リュゼルは執務机に向かい、静かに報告書を書いていた。
 王都でも春祭りの準備が進んでいる。
 貴族の令嬢たちが新しいドレスの噂話を交わし、騎士団が大広場の警備に追われ、魔導士会も特別な催しの準備で忙しい。

 そんな中、リュゼルは窓辺から外を眺めていた。

 (ノクティアは、今、どこで何を思っているのだろう)

 無意識のうちに、彼女のことが頭をよぎる。
 かつて“無能”と蔑まれていた少女は、今や多くの人々に愛され、頼られる存在となった。

 「……お前も変わったが、俺もきっと変わったんだろうな」

 春の風がカーテンを揺らし、リュゼルの横顔をやさしく撫でていく。
 胸の奥で、何かが静かに解けていくのを感じていた。

    * * *

 一方、カイラスは砦の門の上から、遠くの山並みを見つめていた。
 旅の多かった彼も、いまは“帰る場所”を見つけた気がしている。

 「団長、春祭りの警備、よろしく頼みます!」

 若い兵士の声に、「もちろん」と頷きつつ、カイラスは心のどこかでノクティアの姿を探していた。
 彼女が笑っているだけで、この砦も世界も明るくなる――
 不器用ながら、そんな想いが日々強くなっている。

    * * *

 春祭り前夜――。

 ノクティアはひとり、砦の塔の上に立っていた。
 眼下には、明日の祝祭に胸を躍らせる子どもたち、慌ただしく動き回る兵士や村人たち。
 遠く王都の灯りさえも、どこか近くに感じられる。

 (みんなが――今、こうして笑っていられること。
 それだけで、私は十分幸せだと思う)

 これまでの苦しい日々も、失ったものも、たくさんあった。
 でも、そのすべてが“今”に繋がっていると信じられるようになった。

 (カイラスも、リュゼルも……きっと自分の答えを探している。
 私も、私なりの答えを見つけていきたい)

 ふと、風に乗って子どもたちの歌声が届く。

 「ノクティア様――明日も、あさっても、ずっと一緒に!」

 思わず微笑みがこぼれ、そっと夜空に手を伸ばす。

 「……どうか、みんなの未来が、幸せでありますように」

 ノクティアのささやかな祈りは、春の星空へと溶けていった。

    * * *

 春――
 それぞれの場所で、それぞれの“幸せ”を思い描きながら、
 物語は新たな季節へと静かに歩み出していく。
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