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交わることの無かった二人
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寒さが少しずつ和らぎ、ほんのりと春の匂いが混じり始める頃――HSBホールディングスの社内には、ある噂が広がっていた。
その噂というのは、海外支社で目覚ましい成果を上げた社長の息子――羽柴 充輝が本社に戻ってくるというものだった。
その話題は瞬く間に女性社員たちの間で拡散され、昼休みの社員食堂や給湯室、ロッカールームに至るまで、どこへ行ってもその名前が囁かれていた。
彼の写真をどこからか手に入れた一部の女性社員たちがスマートフォンを回し見し、「やっぱりイケメン」「海外仕込みの雰囲気がある」などと声を弾ませる姿も珍しくない。
その一方で、そんな熱気とは無縁の人物もいた。
書類の整理や社内手続き、備品管理など会社の裏側を支える総務課で事務として働く向坂 来海は、いつもと変わらない静かな昼休みを過ごしていた。
HSBホールディングスは、クラウド管理システムや業務効率化ツールの開発を主力とするIT企業で、充輝は会社の創業社長の息子であり、来海と同じ年に入社した同期でもある。
もっとも「同期」と言っても入社式で一度見かけただけで、言葉を交わしたことすらないのだが。
というのも、彼は入社直後からシステム課に配属され、社長の息子という立場も相まって、半年も経たないうちに海外支社へと異動してしまったからだ。
ただ一つ、彼について耳にしたことがあるとすれば――女好きで、遊び人――言わば『来る者拒まず去るもの追わず』な精神で女を取っかえ引っ変えしているという噂。
実際、海外赴任前から複数の女性社員と親しげに話していた姿や、飲み会の席でも女性を侍らせていたという話は社内を巡っていたし、真偽はともかく、来海はそれを聞いて「羽柴 充輝は女性関係にだらしない人なのだろう」と漠然とした印象を抱いていた。
そんな充輝が本社に戻ってきてから約二週間。
その噂はさらに勢いを増し、今度は“実体験”として語られるようになった。
笑顔で名前を覚えてくれた、メイクや髪型を褒められた、ランチに誘ったら一緒に行ってくれた――そんな些細な出来事が社内の至る所で、まるで特別な意味を持つかのように語られる。
実際、充輝は誰に対しても距離が近かった。
視線を合わせて微笑み、さりげなく相手の変化に気づき褒めることを躊躇しない。
それが無意識なのか計算なのかは分からないが、女性社員たちが彼のその言動を “自分だけが特別” と勘違いするには十分過ぎる態度だった。
昼休み、総務課の一角で弁当を広げた同僚たちは、今日も例に漏れず彼の話題に花を咲かせていた。
「羽柴くんって本当イケメンだよねぇ。あの笑顔、反則」
「けどさぁ、昨日も別の部署の女の人と一緒に帰ってたらしいよ」
「え、誰? それって彼女じゃないの?」
「どうだろう。この前も女の人と一緒だったって話聞いたけど、一緒に居る相手は毎回違うって噂だし……」
囁くような声の裏に、期待と嫉妬が入り混じっている。
一方、来海は卵焼きを口に運びながら、ただ静かに聞き流していた。
彼女はその話題に全く興味が無いようで、会話に入ることも相槌を打つこともない。
そんな様子に気づいた同僚で黒髪ボブヘアの山口 奈緒子と、明るめの茶髪を緩く巻いたロングヘアの市橋 美幸が不思議そうに来海の顔を覗き込む。
「ねぇ来海、何でそんなに冷めてるの?」
「そうそう。来海ってこの話題に全然乗ってこないよね。少しは興味とか湧かないの?」
そんな二人の疑問に、箸を置いた来海は淡々と答えた。
その噂というのは、海外支社で目覚ましい成果を上げた社長の息子――羽柴 充輝が本社に戻ってくるというものだった。
その話題は瞬く間に女性社員たちの間で拡散され、昼休みの社員食堂や給湯室、ロッカールームに至るまで、どこへ行ってもその名前が囁かれていた。
彼の写真をどこからか手に入れた一部の女性社員たちがスマートフォンを回し見し、「やっぱりイケメン」「海外仕込みの雰囲気がある」などと声を弾ませる姿も珍しくない。
その一方で、そんな熱気とは無縁の人物もいた。
書類の整理や社内手続き、備品管理など会社の裏側を支える総務課で事務として働く向坂 来海は、いつもと変わらない静かな昼休みを過ごしていた。
HSBホールディングスは、クラウド管理システムや業務効率化ツールの開発を主力とするIT企業で、充輝は会社の創業社長の息子であり、来海と同じ年に入社した同期でもある。
もっとも「同期」と言っても入社式で一度見かけただけで、言葉を交わしたことすらないのだが。
というのも、彼は入社直後からシステム課に配属され、社長の息子という立場も相まって、半年も経たないうちに海外支社へと異動してしまったからだ。
ただ一つ、彼について耳にしたことがあるとすれば――女好きで、遊び人――言わば『来る者拒まず去るもの追わず』な精神で女を取っかえ引っ変えしているという噂。
実際、海外赴任前から複数の女性社員と親しげに話していた姿や、飲み会の席でも女性を侍らせていたという話は社内を巡っていたし、真偽はともかく、来海はそれを聞いて「羽柴 充輝は女性関係にだらしない人なのだろう」と漠然とした印象を抱いていた。
そんな充輝が本社に戻ってきてから約二週間。
その噂はさらに勢いを増し、今度は“実体験”として語られるようになった。
笑顔で名前を覚えてくれた、メイクや髪型を褒められた、ランチに誘ったら一緒に行ってくれた――そんな些細な出来事が社内の至る所で、まるで特別な意味を持つかのように語られる。
実際、充輝は誰に対しても距離が近かった。
視線を合わせて微笑み、さりげなく相手の変化に気づき褒めることを躊躇しない。
それが無意識なのか計算なのかは分からないが、女性社員たちが彼のその言動を “自分だけが特別” と勘違いするには十分過ぎる態度だった。
昼休み、総務課の一角で弁当を広げた同僚たちは、今日も例に漏れず彼の話題に花を咲かせていた。
「羽柴くんって本当イケメンだよねぇ。あの笑顔、反則」
「けどさぁ、昨日も別の部署の女の人と一緒に帰ってたらしいよ」
「え、誰? それって彼女じゃないの?」
「どうだろう。この前も女の人と一緒だったって話聞いたけど、一緒に居る相手は毎回違うって噂だし……」
囁くような声の裏に、期待と嫉妬が入り混じっている。
一方、来海は卵焼きを口に運びながら、ただ静かに聞き流していた。
彼女はその話題に全く興味が無いようで、会話に入ることも相槌を打つこともない。
そんな様子に気づいた同僚で黒髪ボブヘアの山口 奈緒子と、明るめの茶髪を緩く巻いたロングヘアの市橋 美幸が不思議そうに来海の顔を覗き込む。
「ねぇ来海、何でそんなに冷めてるの?」
「そうそう。来海ってこの話題に全然乗ってこないよね。少しは興味とか湧かないの?」
そんな二人の疑問に、箸を置いた来海は淡々と答えた。
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