恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで

夏目萌

文字の大きさ
17 / 27
気づいた心

1

しおりを挟む
 来海が自分の気持ちにほんの少し気づき始めた、その矢先だった。

 ある日の昼休みの雑談で、海外支社から各部署数名の社員が研修に来る話を耳にした。

 海外支社は充輝が数年勤務していたことから、当然彼の同僚も今回の研修に来るかもしれないと思い気になった来海はその日の帰り道にその話題を振ってみた。

「そういえば、海外支社から研修で何人か来るって聞いたけど、羽柴くんの同僚も来るの?」

 並んで歩く充輝は目を瞬かせてから、ふっと笑った。

「そうなんだよ、同僚は三人、後は俺が日本に帰って来てから入社した人が来るから初めて会うけどね」
「そっか。少し久しぶりだから、楽しみだよね?」
「そうだね、まあ半年振りだけど、会えるのは嬉しいよ」

 今年の春に日本へ戻って来た充輝にとって約半年振りの再会になる同僚たち。

 同僚が来るのなら再会を楽しみにするのは自然だと理解しているはずなのに、来海の胸の奥には理由の分からないざわめきが消えずに居座り続けていた。

 数日後、その違和感ははっきりとした形を持って現れることになる。

 研修のためにオフィスを訪れた海外支社の社員たちの中で、ただ一人の女性社員が一際目を引いた。

 彼女の名前はエマ・ブラウン。

 淡い金髪に華奢な体つき、可憐だけどどこか芯の強さを感じさせる佇まい。

 アメリカ人の父と日本人の母を持つ彼女は、流暢な日本語と自然な所作で瞬く間に職場の空気に溶け込んでいく。

 そして――。

「あ……!」

 エマは充輝の姿を見つけると迷いのない足取りで駆け寄った。

「久しぶり!」

 弾んだ声に充輝は一瞬驚いたように目を見開き、それから懐かしそうに微笑んだ。

「元気そうだな」
「ええ、そっちこそ」

 短い会話のやりとりだけど、二人の間に流れる空気は明らかに“長い時間を共有してきた者同士”のもので、そんな二人を前にした来海の胸が、きゅっと締めつけられる。

 総務課所属の来海は研修社員数名の案内役を任され、その中にはエマも含まれていることで行動を共にする時間が増えていき、その過程で来海は何度も二人が楽しそうに会話を交わす光景を目にすることになるのだった。

「海外にいた頃は、よく一緒に仕事してたの」

 休憩中、エマは屈託のない笑顔でそう語った。

「ミツキ、昔から本当に優しくて、みんなに頼られる人だったわ」
「……そうなんですね」

 相槌を打ちながら来海は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。

 エマの言葉に敵意はなく、態度も柔らかくて好意的ですらある。

 それでも、さりげなく挟まれる自分だけが知っている過去や当たり前のように共有される時間の重みの数々には、無意識と言い切れない優越が滲んでいることを来海は敏感に感じ取ってしまう。

(私は……何を気にしてるんだろう)

 充輝とはあくまでも友達という立ち位置で、それ以上でもそれ以下でもない。

 何度もそう言い聞かせるのに充輝の隣にエマが立つたび、胸のざわめきは大きくなっていった。

 一方でエマは早い段階で察していた。

 充輝が来海に向ける視線や表情が他の誰とも違うことを。

 エマの知る充輝は、優しいのは誰に対してもそうだし、異性に好意的な目を向けられても気にも止めない人。

 そして充輝にとってエマは旧友であり、信頼する同僚――それ以上でもそれ以下でもない。

 その曖昧な立場が苦しくても、どんな形であれ充輝の一番近くにいられることがエマの支えで、もしかしたらいつかは自分に気持ちが向くかもしないと思っていた。

 けれど、日本には自分よりも近く深いところまで踏み込める女性がいる。

 その事実が胸を鋭く刺し、競争心と抑えきれない嫉妬心がエマの中で静かに膨らんでいく。

(このまま、引き下がるなんて……できない)

 そう思った瞬間からエマの態度は少しずつ変わり始めていった。

 最初にエマが仕掛けたのは仕事終わりの何気ない飲みの誘いだった。

「ミツキ、久しぶりだし、少し話したいなって思ってるんだけど……時間もらえない?」

 そう言ってエマは充輝を誘うと、思い出したように来海にも声を掛けた。

「サキサカさんも、よかったら一緒にどう?」
「そうだよ、一緒に行こう。エマも向坂さんのこと気に入ってるみたいだからさ。ね?」

 断りづらい空気に押され来海は曖昧に頷くしかなかった。

 三人で入った店でも場の主導権は終始エマが握っていた。

 海外での仕事の話から始まり、当時のトラブルや成功談、その一つ一つにエマと充輝は自然に視線を交わし、息の合った相槌を打つ。

「ミツキは本当に頼りになるの、向こうではいつも一緒に仕事をしてたから分かるわ」

 懐かしそうに微笑むエマに充輝は苦笑しながらも否定しなかった。

「あの頃は大変なことも多かったけど……まあ、いい経験だったよ」

 その何気ないやり取りが来海の胸を静かに締めつける。

 笑顔を保ちながら相槌を打つものの居心地が悪く、耐えきれなくなった来海は、

「すみません、ちょっとお手洗いに」

 そう断りを入れて席を立った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

黄色い花

中谷ととこ
恋愛
酔って記憶を失くした日の翌朝、目が覚めると腕の中に女性がいた。 相手は見知らぬ女性ではなく、同じ課で二年以上一緒に働いてきた松島汐里(30)、直属の部下だった。 社内では、切れ者で有能な男として知られる営業二課課長、木藤雅人(36) 仕事に厳しく圧が強く独特なオーラがあり、鬼課長と恐れられる厳格な上司。その場にいるだけでピリッとする。でも実際のところ、中身はただのいい人。心根は優しく誠実で、責任感が強い。仕事を離れれば穏やかな面が多い。 仕事以外で関わることの一切なかった二人の関係性が、その日を境に変化していく。 「一人では行きにくい場所、何か所かあるんですよ。そういう場所につき合っていただく、とかどうでしょう?」 「それは、全然構わないけど」 「いいんですか!? 本当に? 休日とかにですよ?」 「……一体何をさせるつもりなんだ」 罪悪感から、松島からの「十回だけ、自分の我儘につき合って欲しい」という提案を、思わず承諾する雅人。素知らぬ顔をして複雑な思いを抱えている松島。どうなるんでしょうこの二人────というお話。 表紙画像は リタ様 https://www.pixiv.net/users/20868979 よりお借りしています。

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月
恋愛
老舗医療機器メーカーのマーケティング・企画部で働く石田琴葉【いしだことは】(28)は、仕事一筋で生きてきた。 学生時代に恋愛で痛手を負った琴葉は、それから勉強と仕事を最優先に生きてきた。 ある日琴葉は、祖母にお見合いを勧められ、「会うだけなら」と渋々お見合いに臨んだ。 そこに現れたのは眉目秀麗という言葉が似合う榛名智臣【はるなともおみ】(33)だった。 智臣は琴葉の仕事や業界に精通していて、思いの外話しは弾む。ただ自身のことは多くを語らず、会話の端々に謎を残してお見合いは終わった。 その後何も連絡はなく、気になりながらも目の前の仕事に全力を尽くす琴葉。 やがて迎えた、上層部の集う重要会議。 緊張感の中、突如発表されたのはマーケティング・企画部長の異動と、新たな部長の着任だった。 そこに現れた新部長は―― ※7時台と20時台の、一日2回更新の予定です。こちらのサイトのみ投稿しています。

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

思わせぶりには騙されない。

ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」 恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。 そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。 加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。 自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…

処理中です...