5 / 156
ティータイム
しおりを挟む
夕方からのデートを控え、アリシアは午後のティータイムを両親と共に過ごしていた。
「そういえば、フォティア様のお祝いは早めに用意した方がいいかしら?」
お気に入りの紅茶に笑顔を浮かべながら言う母の言葉に、アリシアは手元に落としていた視線を上げる。
「まだ妊娠がわかったばかりだと聞きますし、性別もわからなければ出産予定日もはっきりしないと思いますからもう少ししてからでもいいのでは?」
「そうね。何を用意するかによって時間がかかる物もあるけれど、もう少ししてからでもいいかもしれないわね」
こんなにのんびりとしたティータイムは久しぶりだった。
父も母も、日中はそれぞれ出かけていることが多く三人そろうことは珍しい。
「それにしても、婚約しているとはいえ結婚の前に子を授かるなんて、私の時には考えられなかったものだけど」
ほうっとため息をつく母に、アリシアは苦笑した。
「先の戦争で多くの人が亡くなったこともあって、国民を増やすことは今国で一番重要なことと言ってもいいからね」
割にはっきりとものを言う母に対して、父はいつも比較的穏やかな言いようをする。
戦争で国は多くの国民を失った。
国力は人の多さに比例する。
税を納めるにも、畑を耕して食物を手に入れるにも、物を作るにも、何に関しても人を必要とするこの世の中において、人口減というのは国力衰退に直結するのだ。
そこで国は新しい政策を始めた。
今までは婚姻後に産まれた子のみを両家の子と認めていたが、今は婚約中に産まれた子も同じ扱いとなった。
婚約には政略的なものもあれば純粋に気持ちでつながったものもある。
どんな状況であれ、婚約中も含めてなるべく早い段階から子を持ってもらい、少しでも多くの子が産まれることを国が推奨しているのだ。
「ディカイオ家は戦争で前公爵が亡くなられているし、ニコラオス公は四公爵の中では一番若くそして後継がいなかった。家の安泰を思えば喜ばしいことだよ」
「お父様、ニコラオス公は結婚と同時に近衞騎士を辞されると聞いていますが、ルーカス様の所属は第一騎士団のままなのかしら?」
アリシアは今日ルーカスに会う時に聞こうと思っていた疑問を、ちょうど良いタイミングとばかりに問いかける。
「どうだろうね。彼は第一の方が合っている気がするが…。王宮が近衞騎士にと希望されるかもしれん」
「この前お会いした時は、結婚後には第一の詰所の近くに住もうかとも話していたのですが」
ルーカスの所属がどこになろうとも、アリシアの生活に大きな変化はないだろう。
ただ、彼にとっては王宮よりも第一騎士団の方が心理的な負担が少ないように感じた。
「まぁその辺りのことはおいおい決めていけばいいだろう。ルーカス卿はおまえの希望も聞いてくれるだろうし、二人でよく話し合うことだ」
父の言葉を区切りに、母が「そういえば」と声を上げた。
「せっかく王都にいるのだから、今から買い物に行きましょう。嫁入りの品物はいくらあっても足りないくらいですからね」
ルーカスとの待ち合わせ時間までに帰って来るには、今からすぐにでも行かなければとはやる母に、アリシアはくすぐったいような気持ちになった。
自分は両親に恵まれていると思う。
子供のことをよく考えてくれる二人の姿を見ながら、ルーカスと家庭を築くならこんな温かい家庭でありたいと願った。
そんな和やかな空気に冷たい風が吹き込むかのように、ドアのノック音が響く。
「旦那様、ご歓談中のところ失礼いたします」
至急の要件とのことで家令が声をかけてきた。
心なしか顔色の悪い家令に疑問を持ったのもつかの間。
「王宮から使いがみえました。…ニコラオス公がお亡くなりになったとのことです」
当たり前の日常は当たり前ではないのだと、なぜ気づかなかったのか。
ただ、好きな人と結婚して穏やかな日々を過ごすことを夢見ていただけなのに。
簡単そうで簡単ではないその夢が、儚い蜃気楼のように消えてしまうのをアリシアは朧げに感じていた。
「そういえば、フォティア様のお祝いは早めに用意した方がいいかしら?」
お気に入りの紅茶に笑顔を浮かべながら言う母の言葉に、アリシアは手元に落としていた視線を上げる。
「まだ妊娠がわかったばかりだと聞きますし、性別もわからなければ出産予定日もはっきりしないと思いますからもう少ししてからでもいいのでは?」
「そうね。何を用意するかによって時間がかかる物もあるけれど、もう少ししてからでもいいかもしれないわね」
こんなにのんびりとしたティータイムは久しぶりだった。
父も母も、日中はそれぞれ出かけていることが多く三人そろうことは珍しい。
「それにしても、婚約しているとはいえ結婚の前に子を授かるなんて、私の時には考えられなかったものだけど」
ほうっとため息をつく母に、アリシアは苦笑した。
「先の戦争で多くの人が亡くなったこともあって、国民を増やすことは今国で一番重要なことと言ってもいいからね」
割にはっきりとものを言う母に対して、父はいつも比較的穏やかな言いようをする。
戦争で国は多くの国民を失った。
国力は人の多さに比例する。
税を納めるにも、畑を耕して食物を手に入れるにも、物を作るにも、何に関しても人を必要とするこの世の中において、人口減というのは国力衰退に直結するのだ。
そこで国は新しい政策を始めた。
今までは婚姻後に産まれた子のみを両家の子と認めていたが、今は婚約中に産まれた子も同じ扱いとなった。
婚約には政略的なものもあれば純粋に気持ちでつながったものもある。
どんな状況であれ、婚約中も含めてなるべく早い段階から子を持ってもらい、少しでも多くの子が産まれることを国が推奨しているのだ。
「ディカイオ家は戦争で前公爵が亡くなられているし、ニコラオス公は四公爵の中では一番若くそして後継がいなかった。家の安泰を思えば喜ばしいことだよ」
「お父様、ニコラオス公は結婚と同時に近衞騎士を辞されると聞いていますが、ルーカス様の所属は第一騎士団のままなのかしら?」
アリシアは今日ルーカスに会う時に聞こうと思っていた疑問を、ちょうど良いタイミングとばかりに問いかける。
「どうだろうね。彼は第一の方が合っている気がするが…。王宮が近衞騎士にと希望されるかもしれん」
「この前お会いした時は、結婚後には第一の詰所の近くに住もうかとも話していたのですが」
ルーカスの所属がどこになろうとも、アリシアの生活に大きな変化はないだろう。
ただ、彼にとっては王宮よりも第一騎士団の方が心理的な負担が少ないように感じた。
「まぁその辺りのことはおいおい決めていけばいいだろう。ルーカス卿はおまえの希望も聞いてくれるだろうし、二人でよく話し合うことだ」
父の言葉を区切りに、母が「そういえば」と声を上げた。
「せっかく王都にいるのだから、今から買い物に行きましょう。嫁入りの品物はいくらあっても足りないくらいですからね」
ルーカスとの待ち合わせ時間までに帰って来るには、今からすぐにでも行かなければとはやる母に、アリシアはくすぐったいような気持ちになった。
自分は両親に恵まれていると思う。
子供のことをよく考えてくれる二人の姿を見ながら、ルーカスと家庭を築くならこんな温かい家庭でありたいと願った。
そんな和やかな空気に冷たい風が吹き込むかのように、ドアのノック音が響く。
「旦那様、ご歓談中のところ失礼いたします」
至急の要件とのことで家令が声をかけてきた。
心なしか顔色の悪い家令に疑問を持ったのもつかの間。
「王宮から使いがみえました。…ニコラオス公がお亡くなりになったとのことです」
当たり前の日常は当たり前ではないのだと、なぜ気づかなかったのか。
ただ、好きな人と結婚して穏やかな日々を過ごすことを夢見ていただけなのに。
簡単そうで簡単ではないその夢が、儚い蜃気楼のように消えてしまうのをアリシアは朧げに感じていた。
207
あなたにおすすめの小説
【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる