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葬送
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朝から雨が降っていた。
すべてを覆い尽くすようにシトシトと降る雨は人々の悲しみを飲み込んでいく。
将来を嘱望された若き公爵のあまりにも早い死。
突然のできごとに人々は惑い、そしてその影でひそひそと囁き合う。
「ニコラオス公が亡くなったということは、公爵家の跡継ぎはどうなるのでしょう」
「ディカイオ前公爵の子はニコラオス公とルーカス卿のお二人でしょう?」
「しかしルーカス卿は前公爵夫人の実子ではないですし」
「いずれにせよ次男というのは何かあったときのスペアでしょうから、この場合はやはりルーカス卿が跡を継がれるのでは?」
社交界というのは情報の収集力と先を見る力がものをいう世界でもある。
ロゴス国において四公爵の内の一つ、ディカイオ家を誰が継ぐかというのはすなわち今後誰と縁を結ぶべきかに繋がってくる。
口さがない連中を、しかし声高に非常識だと咎めることはできない。
公爵家と特別親しくなかった家々にとって、葬送の場は社交界の延長でしかないからだ。
あからさまに声を上げているわけではないが、特別潜めてもいない会話は近くにいる者の耳には届いてしまう。
故人を偲ぶでもない会話に、アリシアは無意識に顔を顰めた。
「この場であんな話をするなんて」
「あの人たちにとってニコラオス公が亡くなったことは事実の一つでしかないのでしょう。嫌な考え方ではあるけれど、社交界に出るからには割り切らなければならない部分でもあるわ」
「たもえそうであっても、私はそんな考え方に染まりたくない」
若さゆえの正義感と言われてしまうだろうか。
母の言葉に、アリシアはどうしても頷けなかった。
葬儀は終わりニオラオス公とのお別れは済んでしまった。
辺りを見回してアリシアはルーカスを探す。
先ほどまではそばに居たはずなのに今は姿が見えない。
雨にけぶるその先に、ルーカスはいた。
その手は今にも倒れそうなフォティアの肩に置かれている。
ニコラオスの母である前公爵夫人と婚約者のフォティアは共に酷く憔悴していた。
涙に暮れる二人をなだめ、ルーカスは公爵邸へと戻る馬車へ先導する。
悲しみは時が癒すと言うけれど、この場を支配する大きな悲しみが癒やされるのにどれほどの時を要するのか、今は誰にもわからない。
まだ婚約者でしかない自分はどれだけルーカスに寄り添っても許されるのか。
ルーカスは今日、公爵邸へ帰らないと言った。
大きな悲しみに押しつぶされそうになっている彼が、今夜は一人でいたくないとアリシアの家への滞在を希望したからだ。
両親は滞在を許可した。
彼らもまた今のルーカスに必要な人が誰なのかをよくわかっていたから。
これから待ち受ける大きな変化はルーカスの気持ちを待つことはない。
どれだけつらい悲しみに打ちのめされていようとも、明日からルーカスは公爵家を継いでいかなければならなかった。
「私はルーカスの支えになることができるのかしら」
ぽつりと、アリシアはつぶやいた。
いつでも寄り添う気持ちはある。
ただ、これからどんな変化が待っているのか、今のアリシアには全くわからなかった。
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