モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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食堂で死ぬ。

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昼のベルが鳴った瞬間、学園全体がほっと息を吐いたようにざわめいた。
午前の授業と訓練で削られた体力を、全員が一斉に取り戻しに向かう時間だ。

――ただし、私を除いて。

「死ぬ……」

食堂の長椅子に腰を下ろした瞬間、私はテーブルに突っ伏した。

「生きろ」

間髪入れずに飛んでくる、幼馴染の冷静な声。

「すでに片足突っ込んでいる気分です……」

「足を戻せ」

ヴィルの声は淡々としているが、いつも通りのテンポが逆にありがたい。
私はフォークとスプーンを両手に持ったまま、魂だけが半歩ほど向こう側に行きかけていた。

目の前の料理は豪華だ。
肉も野菜も、焼きたてのパンも、湯気を立てている。
全部、無料。
学園の財力と本気度が怖い。

なのに。

腕が、上がらない。
瞼が、重い。

現世が遠い。

そんな私を横目で見て、ヴィルは小さくため息をついた。

「……ほら」

顎で示される方向。

「お前の好きな、桃色がいるぞ」

――その一言で。

意識が、戻った。

「はっ! 危なかった……!」

私は勢いよく顔を上げた。
視線の先を探し、即座に――見つける。

 いた。

桃色の髪。
柔らかく揺れる色彩。
その隣に、凛とした銀髪。

「……なんということでしょう……!」

「なんでしょうね」

「隣に、座っているじゃないですか!!」

「それがどうしたんだよ」

「向かい合わせじゃない!」

「……あ、それ唐辛子入ってるぞ」

「辛い!! 水!!」

口に入れた瞬間、舌が灼熱地獄に落ちた。
反射的に咳き込み、目尻に涙が滲む。

「バカだろ、お前」

そう言いながら、ヴィルは迷いなく水の入ったコップを差し出してくれる。
私はそれをひったくるように受け取り、一気に流し込んだ。

「……ありがとう。口内が死んだ」

「生きろ」

二度目の忠告。

少しだけ落ち着いたところで、
再び視線は自然と食堂の一角へ向かう。

ヒロイン――カレン。
そしてベルンハルト。

距離。
姿勢。
視線の置き方。

ああ、これは……。

(進んでる……確実に進んでる……)

胸の奥が、きゅっとする。
ヒロインの恋を見守るオタクとしては正しい反応だ。
正しいはず、なのに。

 一拍置いて。

ヴィルの声が、少しだけ低くなった。

「なぁ、最近……お前、どこ見てんだよ」

「え?」

私はヒロインたちを見たまま答えた。

「幸せの瞬間?」

「そうじゃなくて……あークソ」

言葉を切り、ヴィルはフォークを皿に置いた。
何か言いかけて、飲み込んだような顔。

その時だった。

「やぁ、アイナ」

聞き慣れた、穏やかな声。

――心臓が、跳ねた。

「……っ!」

反射的に、私は頭を押さえた。
寝癖。
今朝の、あれ。

視線を上げると、そこにいた。

青い髪。
薄い青の瞳。
穏やかで、強い存在感。

エルンスト。

彼が小さく口角を上げる。
その空気に、ふっと笑みが混じる。

「ヴィル。また、模擬の相手を願いたい」

「わかった」

即答するヴィル。
そして、わざとらしく私の方を見て言う。

「ほら、アイナ。こぼしそうになってるぞ」

ぐいっと、私の皿に近づいて世話を焼く仕草。
あからさま。

その瞬間。

――空気が、少し冷えた。

エルンストの表情は変わらない。
けれど、確かに、温度が下がった気がした。

「……では、また」

そう言って、彼は踵を返す。

去っていく背中。

私はまだ、頭を押さえたまま動けない。

ヴィルは、その背中を、じっと睨んでいた。

食堂の喧騒が、再び耳に戻ってくる。
スプーンが触れ合う音。
笑い声。

私は、ようやく一口、料理を口に運んだ。

「……辛い」

味覚の問題じゃない。
胸の奥に残る、この感じ。

昼食の味は――
本当に、辛かった。



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