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治癒の声
朝の訓練場は、いつも金属と土の匂いが混じっている。
剣が交わる音、靴底が砂を蹴る音、号令。
そのどれにも慣れているはずなのに――彼女の声が混じると、空気が変わる。
最初に気づいたのは、合同訓練の最中だった。
負傷者が運ばれてきて、治癒魔術科が展開する。
回復陣が広がり、魔力が満ちる。
その中心で、彼女は立っていた。
気合いを込める声。
澄んでいて、強い。
ただ優しいだけではなく、背中を押す力がある。
不思議だった。
治癒魔術の詠唱は、どれも似た響きになる。
だが、彼女の声は違う。
胸の奥に、まっすぐ届く。
意識が薄れる寸前に、その声を聞いた者が、目を開く理由がわかる気がした。
――生きろ、と言われている。
そんな錯覚。
だから、気づけば視線が向いていた。
回廊ですれ違う時。
訓練の合間。
彼女が誰かを治している瞬間。
自覚した時、少しだけ戸惑った。
俺は、必要以上に人を見ることはしない。
騎士として、周囲を把握することはあっても、個人に意識を向けることは稀だ。
それなのに。
彼女がいると、視線が引き寄せられる。
理由を探して、観察するようになった。
姿勢は安定している。
無理な体勢でも、足運びが崩れない。
ローブの下に隠れているが、身体の使い方がうまい。
体力がある――いや、鍛えられている。
そして、何より。
真剣だ。
誰かの命に触れている自覚が、眼差しに宿っている。
恐れも、慢心もない。
ただ、必死で、全力だ。
あの声は、気合いだけではない。
覚悟だ。
それに気づいてから、目が合う回数が増えた。
いや、増えたように感じただけかもしれない。
回廊ですれ違った時、ふと顔を上げると、彼女の視線がこちらにあった。
一瞬、驚いたように瞬きをして、慌てて逸らす。
――見ていたのは、俺の方だ。
胸の奥で、小さく何かが鳴った。
訓練中、こちらを向いた彼女と目が合う。
そのまま、彼女は微かに笑う。
俺も、無意識に口角が上がっていた。
手信号を送ったのは、完全に反射だ。
来い、という意味ではない。
注意喚起の合図。
だが、彼女は盛大に立ち上がった。
慌てて、逃げるように。
――やってしまった。
あの反応で確信した。
彼女は、自分が見られていることに、慣れていない。
それが、妙に胸に残った。
目立つ存在ではない。
だが、埋もれていい存在でもない。
声。
立ち回り。
覚悟。
騎士として、隣に立つなら、ああいう治癒魔術師がいい。
命を預けられる。
気づけば、そんな未来を思い描いていた。
自分でも、驚くほど自然に。
朝の回廊で、ぶつかった時。
寝癖のまま、必死に走ってくる姿を見た瞬間、息を飲んだ。
完璧じゃない。
むしろ、隙だらけだ。
だからこそ、目が離せない。
指先が、勝手に伸びていた。
寝癖に触れたのは、ほんの一瞬。
顔が赤くなるのを見て、こちらまで熱くなる。
――距離が、近い。
そう思った。
彼女は治癒の声で、人を引き戻す。
俺は、その声に引き寄せられている。
それだけのことだ。
今は、まだ。
エルンスト視点
剣が交わる音、靴底が砂を蹴る音、号令。
そのどれにも慣れているはずなのに――彼女の声が混じると、空気が変わる。
最初に気づいたのは、合同訓練の最中だった。
負傷者が運ばれてきて、治癒魔術科が展開する。
回復陣が広がり、魔力が満ちる。
その中心で、彼女は立っていた。
気合いを込める声。
澄んでいて、強い。
ただ優しいだけではなく、背中を押す力がある。
不思議だった。
治癒魔術の詠唱は、どれも似た響きになる。
だが、彼女の声は違う。
胸の奥に、まっすぐ届く。
意識が薄れる寸前に、その声を聞いた者が、目を開く理由がわかる気がした。
――生きろ、と言われている。
そんな錯覚。
だから、気づけば視線が向いていた。
回廊ですれ違う時。
訓練の合間。
彼女が誰かを治している瞬間。
自覚した時、少しだけ戸惑った。
俺は、必要以上に人を見ることはしない。
騎士として、周囲を把握することはあっても、個人に意識を向けることは稀だ。
それなのに。
彼女がいると、視線が引き寄せられる。
理由を探して、観察するようになった。
姿勢は安定している。
無理な体勢でも、足運びが崩れない。
ローブの下に隠れているが、身体の使い方がうまい。
体力がある――いや、鍛えられている。
そして、何より。
真剣だ。
誰かの命に触れている自覚が、眼差しに宿っている。
恐れも、慢心もない。
ただ、必死で、全力だ。
あの声は、気合いだけではない。
覚悟だ。
それに気づいてから、目が合う回数が増えた。
いや、増えたように感じただけかもしれない。
回廊ですれ違った時、ふと顔を上げると、彼女の視線がこちらにあった。
一瞬、驚いたように瞬きをして、慌てて逸らす。
――見ていたのは、俺の方だ。
胸の奥で、小さく何かが鳴った。
訓練中、こちらを向いた彼女と目が合う。
そのまま、彼女は微かに笑う。
俺も、無意識に口角が上がっていた。
手信号を送ったのは、完全に反射だ。
来い、という意味ではない。
注意喚起の合図。
だが、彼女は盛大に立ち上がった。
慌てて、逃げるように。
――やってしまった。
あの反応で確信した。
彼女は、自分が見られていることに、慣れていない。
それが、妙に胸に残った。
目立つ存在ではない。
だが、埋もれていい存在でもない。
声。
立ち回り。
覚悟。
騎士として、隣に立つなら、ああいう治癒魔術師がいい。
命を預けられる。
気づけば、そんな未来を思い描いていた。
自分でも、驚くほど自然に。
朝の回廊で、ぶつかった時。
寝癖のまま、必死に走ってくる姿を見た瞬間、息を飲んだ。
完璧じゃない。
むしろ、隙だらけだ。
だからこそ、目が離せない。
指先が、勝手に伸びていた。
寝癖に触れたのは、ほんの一瞬。
顔が赤くなるのを見て、こちらまで熱くなる。
――距離が、近い。
そう思った。
彼女は治癒の声で、人を引き戻す。
俺は、その声に引き寄せられている。
それだけのことだ。
今は、まだ。
エルンスト視点
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