モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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放課後のお出掛け

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放課後の街は、学園とはまるで別の顔をしていた。
石畳は夕陽を反射して淡く輝き、人の声や店先の呼び込みが重なって、どこか浮き立つ空気が漂っている。

夏季休暇に実家へ帰る準備。
その名目で、私とヴィルは街へ繰り出していた。

両親へのお土産はもちろん、辺境を守っている騎士団の方々、屋敷でお世話になっているメイドや執事たちの分も考えると、量はなかなかのものになる。

「これも入れて……あ、こっちも……」

次から次へと選んだ品を、マジックバッグへ放り込んでいく。
中に入っているはずなのに、重さはほとんど変わらない。

「金持ちの家に生まれて良かった!」

思わず本音が口から飛び出すと、隣でヴィルが肩をすくめた。

「はいはい。羨ましい限りですなー」

「ヴィルが欲しいものがあれば言って? 一応、付き添いなんだからさ」

そう言うと、彼は一拍置いてから、いつもの調子で口角を上げた。

「じゃあ、お前かな」

「バカ! 私は世界でたった一つの限定品なわけよ!? 軽々しく売るわけにはいかないゾ」

「ははは。確かにそうだな」

冗談を投げ合いながら歩くこの時間は、気を張る必要がなくて心地いい。
訓練も授業も忘れて、ただ街を歩いて、好きなものを選んで、笑うだけ。

なんという解放感だろう。

「開放されるー!!」

「だから、店の前で叫ぶな。ドア開けたらさっさと歩け」

そんなやり取りをしながら、最後の店を出る。
両手は空でも、マジックバッグの中身はすでにぎっしりだ。

気兼ねなく買い物ができるというだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。
ストレス解消という言葉の意味を、今なら胸を張って理解できる。

街を離れ、学園へ戻る道。
空はすでに夕陽に染まり、橙と紫が溶け合うように広がっていた。
一日の終わりを告げるように、風が少しだけ涼しくなる。

「じゃあ、俺はこっちだな」

寮の分かれ道で、ヴィルが足を止める。

「はーい! おやすみー!」

軽く手を振って、私は治癒魔術科の寮へ向けて歩き出した。

……その時だった。

視界の端に、動かない影が映った。

ベンチ。
夕暮れの中庭。
そこに腰掛けていたのは――

エルンストだった。

心臓が、どくりと音を立てる。
意識する前に、視線が引き寄せられていた。

彼も、こちらに気づいたらしい。
立ち上がることはせず、ただ静かに顔を上げる。

視線が絡んだ。

訓練場とは違う。
張りつめた空気も、号令もない。
ただ、夕暮れの中で、互いに存在を認識しただけなのに。

「……戻ったか」

少し低い声。
短い言葉なのに、妙な圧を感じる。

「へ?」

間の抜けた声が出てしまった。
何を言われたのか、一瞬理解が追いつかなかったからだ。

エルンストは立ち上がり、ベンチの前に一歩出る。
夕陽を背にしたその姿は、やけに真剣で、逃げ場を与えない雰囲気があった。

「少し……話せるか?」

その一言で、空気が変わった。

冗談ではない。
訓練の延長でもない。
はっきりと、“個人”として向けられた言葉。

ふわりと風が吹き、私の髪を撫でた。
昼間の喧騒が嘘のように、周囲は静かだ。

胸の奥が、ぎゅっと締まる。

ヴィルと過ごした、気さくで楽しい時間。
笑って、ふざけて、何も考えずにいられた数時間。

その余韻が、急に遠く感じられる。

目の前にいるのは、
私を守り、命を救い、
そして――私の心を、確実に揺らしている人。

「……はい」

短く答えると、エルンストはわずかに目を細めた。
それが安心なのか、覚悟なのか、私にはまだわからない。

ただ一つ確かなのは。

この放課後は、
ヴィルとの“いつもの日常”から、
エルンストとの“何かが変わる時間”へと、静かに切り替わったということだった。

夕暮れの中庭で。
風に揺れる木々の下で。

私は、次の一歩を踏み出してしまった。


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