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あなたのもとへ
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戦闘が、終わった。
それを告げたのは、勝鬨でも歓声でもなく、
指揮官の低く張り詰めた号令だった。
「――全隊、戦闘終了。周囲警戒を維持しつつ、事後処理に入れ」
その一言で、張りつめていた空気が、少しだけ緩む。
だが、完全には解けない。
血と土と、焼けた魔力の匂い。
倒れ伏す魔物の死骸。
担架に乗せられる騎士たち。
生きている。
――それだけが、確かな事実だった。
アイナは膝に手をつき、深く息を吐いた。
「……はぁ……」
指先が、まだ微かに震えている。
魔力を使い切った後特有の、内側が空っぽになる感覚。
それでも、立っていられる。
倒れずに、まだ治癒ができる。
「次、右腕裂傷!」
「意識はある、出血多い!」
呼ばれる声に、反射的に身体が動く。
考えるより先に、足が向く。
――平静を装え。
自分に言い聞かせながら、アイナは治癒陣を展開した。
光が、静かに広がる。
血が止まり、呼吸が整っていく。
その途中で。
ふっと、視線が上がった。
……いた。
少し離れた場所。
戦闘後の配置確認をしている騎士たちの向こう。
青い髪。
冷静な立ち姿。
それでも、どこか張りつめたままの空気。
――エルンスト。
一瞬だけ、目が合った。
ほんの、刹那。
けれど、それだけで胸の奥が、すっと落ち着く。
(……よかった)
平静を装っていたはずなのに、
その感情だけは、誤魔化せなかった。
怖かった。
見失った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
でも、今――
ここにいる。
アイナは、無意識のまま、指を動かしていた。
訓練で、何度も使った手信号。
二本指を自分に向けて、
それから、前へ。
「今から」
「あなたの元へ」
「かえります」
言葉にすれば、それだけの意味。
けれど、
アイナの中では、はっきりしていた。
――あなたの傍へ、かえります。
エルンストの動きが、止まった。
次の瞬間、彼の視線が、真っ直ぐにこちらを捉える。
そして。
迷いのない手信号が返ってきた。
「了解」
「こちらへ」
「来い」
短く、簡潔で、揺るぎがない。
胸が、どくん、と強く鳴った。
(……うん)
小さく頷き、アイナは最後の治癒を終える。
その背中に、まだ視線を感じた。
別の、重たい視線。
粘つくような、熱を帯びたもの。
――ヴィル。
気づかないふりをした。
今は、振り向かない。
振り向いてはいけない。
戦場では、すべてが露わになる。
恐怖も、欲も、独占欲も。
だからこそ。
アイナは、選ぶ。
戦闘終了の号令が、もう一度響いた。
「――全班、帰投準備に入れ!」
ざわめきが広がる中、
アイナは静かに、エルンストのいる方向へ歩き出した。
迷わず。
躊躇せず。
あなたの傍へ。
それが、今の私の帰る場所だから。
それを告げたのは、勝鬨でも歓声でもなく、
指揮官の低く張り詰めた号令だった。
「――全隊、戦闘終了。周囲警戒を維持しつつ、事後処理に入れ」
その一言で、張りつめていた空気が、少しだけ緩む。
だが、完全には解けない。
血と土と、焼けた魔力の匂い。
倒れ伏す魔物の死骸。
担架に乗せられる騎士たち。
生きている。
――それだけが、確かな事実だった。
アイナは膝に手をつき、深く息を吐いた。
「……はぁ……」
指先が、まだ微かに震えている。
魔力を使い切った後特有の、内側が空っぽになる感覚。
それでも、立っていられる。
倒れずに、まだ治癒ができる。
「次、右腕裂傷!」
「意識はある、出血多い!」
呼ばれる声に、反射的に身体が動く。
考えるより先に、足が向く。
――平静を装え。
自分に言い聞かせながら、アイナは治癒陣を展開した。
光が、静かに広がる。
血が止まり、呼吸が整っていく。
その途中で。
ふっと、視線が上がった。
……いた。
少し離れた場所。
戦闘後の配置確認をしている騎士たちの向こう。
青い髪。
冷静な立ち姿。
それでも、どこか張りつめたままの空気。
――エルンスト。
一瞬だけ、目が合った。
ほんの、刹那。
けれど、それだけで胸の奥が、すっと落ち着く。
(……よかった)
平静を装っていたはずなのに、
その感情だけは、誤魔化せなかった。
怖かった。
見失った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
でも、今――
ここにいる。
アイナは、無意識のまま、指を動かしていた。
訓練で、何度も使った手信号。
二本指を自分に向けて、
それから、前へ。
「今から」
「あなたの元へ」
「かえります」
言葉にすれば、それだけの意味。
けれど、
アイナの中では、はっきりしていた。
――あなたの傍へ、かえります。
エルンストの動きが、止まった。
次の瞬間、彼の視線が、真っ直ぐにこちらを捉える。
そして。
迷いのない手信号が返ってきた。
「了解」
「こちらへ」
「来い」
短く、簡潔で、揺るぎがない。
胸が、どくん、と強く鳴った。
(……うん)
小さく頷き、アイナは最後の治癒を終える。
その背中に、まだ視線を感じた。
別の、重たい視線。
粘つくような、熱を帯びたもの。
――ヴィル。
気づかないふりをした。
今は、振り向かない。
振り向いてはいけない。
戦場では、すべてが露わになる。
恐怖も、欲も、独占欲も。
だからこそ。
アイナは、選ぶ。
戦闘終了の号令が、もう一度響いた。
「――全班、帰投準備に入れ!」
ざわめきが広がる中、
アイナは静かに、エルンストのいる方向へ歩き出した。
迷わず。
躊躇せず。
あなたの傍へ。
それが、今の私の帰る場所だから。
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