鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳

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妹鬼との夏の甘々生活も束の間、幼馴染の退魔師がパワーアップして帰ってきます

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 結局のところ、田舎から連れ立って帰ってきたのは、俺と羅羽だけだった。
 バスの中で、俺がようやく羅羽に尋ねられたことがある。
「何で、あの神社だって分かった?」
 俺は、実家の神社について羅羽に話したことはない。
 答えは、いたって簡単だった。
「お兄ちゃんを尾行てったの、あの後」
「行きのバスでは見てないぞ」
 すると、羅羽は平然と答えた。
「だからね、バスについてったの」
 鬼のことだから走ったのか歩いたのかは分からないが、聞いても仕方のないことなので放っておいた。
「じゃあ、親父の実家でのあの声は、お前か?」
 あれは、親父の後釜に入った養子が、神社での夜這いを狙っているというくらいの意味だったのだろう。
 羅羽は、鼻で軽く笑った。
「遠くから見てても、何となく、そういう雰囲気があったのよね、あの男」
 つまり、闇に紛れて俺を見守りながら、咲耶の危機をも察していたということになる。
「助かったよ」
 感謝を素直な言葉に変えると、知らんぷりした羅羽は、事も無げに言った。
「お兄ちゃんに何かしないように、現場へ踏み込んだだけよ」
 俺は敢えて返事もせずに、羅羽の頭を撫でてやった。 

 そんなわけで、帰る田舎が完全になくなった俺は、中途半端に開けた街中での夏を謳歌することとなった。
 折しも、そろそろ盆休にさしかかろうかという頃だ。
 確か去年は、やはり実家に帰らなかった咲耶の部屋に通っては、うだうだと過ごしていた覚えがある。
 だが、いったん引き払われた下宿に足を運んでみても、再び咲耶が戻った気配はなかった。
 そんなある日のことだった。
 俺の家の玄関で、ドアをホトホトと叩く音がした。
「……克衛?」
 咲耶の声だった。
 ちょうど、羅羽が風呂に入っている間のことだ。
「何だよ、上がればいいのに」
 玄関まで出て声をかけたが、ドアが開く様子はない。
 かえって、声は遠ざかっていく。
「……克衛」
 俺は、それを追って外へ飛び出す。
 実を言うと、ときどき、折り鶴のストラップを後ろ手に投げてみたりもしていたのだった。
 もちろん、羅羽に見つからないように。
 退魔師としての咲耶の力は元通りになったはずだ。
 それなのに、やはり、何も起こりはしなかった。
「おい、どこだ!」
 住宅の塀や生け垣の並ぶ夜の道は、明々とした街灯の下で蛾が飛び交っているばかりだ。
 何日ぶりかに見る光景だった。
 鬼や、その世界から来る獣に出会わないよう、なるべく夜は出歩かないようにしていたからだ。
 夜闇の向こうから、声は微かに聞こえてくる。
「……克衛!」
 それがふと途切れた跡へと、俺は慌てて駆け出した。

 結論から言えば、俺の行動は、バカ以外の何物でもなかった。
 確かに、白衣の咲耶に追いつくことはできた。
「いつ帰ってきたんだよ」
 返事はない。
 ただ、長い衣がするりと脱ぎ捨てられただけだ。
「お……おい!」
 止めようにも、言葉が出ない。
 すらりとした脚と、豊かな曲線を描く腰の辺り、そしてつややかな背中が剥き出しになる。
 だが、その美しさに息を呑む間もなかった。
 道の上に脱ぎ捨てられた白衣がふわりと舞い上がると、闇の中をすさまじい速さで滑り降りてきた。
 そのときようやく、鬼の罠に引っかかったのだと思い知った。
「またかよ!」
 自分のバカさ加減に呆れながらも、地面に転がる。
 どうやら、これは正しい選択だったらしい。
 そいつは着地を嫌うのか、俺の頭をかすめただけで、再び夜空に舞い上がった。
 俺は慌てて、ズボンの尻ポケットをまさぐる。
「……ない?」
 頼みの綱のストラップがついたスマホを置いたまま、家から駆けだしてきてしまったのだ。
 その間抜けぶりを叱り飛ばすかのように、暗闇の中で甲高い声が響き渡った。
「世話が焼けるんだから、お兄ちゃん!」 
 
 
 俺に向かって再び襲いかかろうとする、布状の白い獣は空中で真っ二つにされた。
 目の前にひらりと舞い降りたのは、バスタオル一枚に素足の羅羽だった。
 そこで俺に投げてよこしたのは、スマホだった。
「はい、忘れちゃダメでしょ、大事なものを」
 皮肉たっぷりに言うのは、もちろん、咲耶お手製のストラップがしっかりついたままだからだ。
 辛辣な言葉は、さらに続く。
「あれは野衾《のぶすま》。鬼たちが、山奥に男を誘い込むのに使うの。どうやるかっていうと、お兄ちゃんが見た通りね」
 俺が見た咲耶の後ろ姿は、影も形もない。
 だが、羅羽はそれに対抗するかのように、その素肌からバスタオルを剥ぎ取る。
「全く、妹にこんな格好させて!」
 それは、燐光に包まれた裸身のことだったのか、それとも額に突き出た角のことだったのか。
 いずれにせよ、鬼の力が発動したのは間違いなかった。
 バスタオルが横薙ぎに一閃すると、首を巻き取られた鬼が、闇の中から引きずり出されて転がる。
 だが、俺たちの周りに影となって潜んでいたのは、それだけではなかった。
 ひとり、またひとりと、燐光に包まれた身体が浮かび上がる。
 羅羽がつぶやいた。
「結界を広げてるのよ、鬼たちが……あの出入り口から」
 だが、俺はもう、恐れはしない。
 鬼たちの群れの中へと駆け込むと、犬の人形を後ろ手に投げる。

 ……ぐおおおおおおん!

 叫び声と共に現れた狐たちが、鬼たちに食らいつく。
 もちろん、鬼たちもそう簡単に怯みはしない。
 口元から牙を剥きだしにして、唸り声を上げながら、指の禍々しく曲がった手を伸ばしてくる。
 あるいは、厳めしい刺又や鎖付きの首枷を手に襲いかかってくる。
 そこで俺が後ろ手に投げるのは、布人形だ。

 ……お力添え申さん!

 背中越しに聞こえる声と共に装着された鎧は、鬼たちの爪や武器を弾き返す。
 だが、そこまでだった。
 肘から伸びた刃が折られてしまった今、頼れる武器はあの「紅葉狩」だけである。
 だが、咲耶がいないのでは、どうやって呼び出せばいいのか分かりはしない。
 ちらりと羅羽を眺めやれば、バスタオルはずだずたに引き裂かれている。
 長い爪を振るっても、数人がかりで押さえ込もうとするのが精一杯だった。 
 一か八か、俺は折り鶴のストラップに手を伸ばしたが、それが大きな隙となった。
「お兄ちゃん!」
 そのまま腕を背中に捩じ上げられた俺に気を取られた羅羽が、後ろから羽交い絞めにされる。
 胸を反らして抜け出そうとするが、鬼が二人がかりでは力が及ばないらしい。
 俺もまた担ぎ上げられ、夜空に向かって放り出された。
 落としたストラップも、高々と舞い上がる。
 後ろ手に……。

「お待たせ」
 落ち着いた、低い声が俺の耳元で聞こえた。
 身体が空中でくるりと回ったかと思うと、横抱きにされたまま、軽々と舞い降りる。
 もちろん、男の俺をお姫様抱っこしているのは、久々に見る神主姿の女の子だ。
「咲耶!」
 その名を呼んだのは、鬼が大鉈《なた》で打ちかかってきたからだ。
 咲耶は俺を地面に下ろすが早いか、衣の袂から取り出した鉄扇をひと振りで開く。
 鉈はあっさりと受け流され、闇夜に舞い上がって消えた。
 咲耶は更に、涼やかな歌声で舞い始める。

  まうさむ
  かしこみて
  こいねがひたてまつる
  みこころ
  ここにあるべし

 俺の目の前が、ぼんやりと赤く照らし出された。
 そこに現れたのは、あの、抜き身の刀だった。
「紅葉狩……」
 俺の呼びかけに応えるかのように、鬼を斬る神剣は、差しだされたこの手の中へと収まる。
 鬼たちは一斉に雄叫びを上げると、俺を押し包むようにして襲いかかってくる。
 だが、俺が横薙ぎに振るった紅葉狩の放つ真紅の閃きの前には、敵ではなかった。
 武器を取り落とした鬼たちは、すごすごと闇の中へと消え去る。
 ただ、紅葉狩の及ぼす力の前には、羅羽も例外ではなかった
 燐光が消え失せたせいで、俺に裸の背中を向けたまま、まごつく羽目になったのである。
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