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第三話 お嬢様は王太子殿下に贈り物をします。
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息子から質問を受けた女王ジナイーダが溜息をつく。
「自害なら葬儀に聖王猊下が出席されるはずがなかろう。神殿は自害を禁じている。ヴェロニカは事故死だ。十日前の放課後、そなたに婚約解消を告げようと生徒会室を訪ねたが無人だったため、帰ろうとして階段から落ちて命を失ったのだ。……自分で命を絶ったのなら、あんなに安らかな顔はしていなかっただろう」
「十日前……」
王太子パーヴェルは自分の記憶を掘り返した。
十日前は卒業パーティ準備の息抜きに、男爵令嬢のイリュージア達と町へ繰り出していた。
ちなみに彼女は生徒会役員ではない。しかし生徒会予算の多くがイリュージアのために使われていた。
考えてみれば、あの日の昼間教室で見て以来ヴェロニカを目にしていない。
卒業間近の最上級生は自由登校になっていたので、深く気にしていなかったのだ。
「ヴェロニカの手紙は遺書ではない。面と向かって話すと感情的になってしまうかもしれないと思って、そなたへの気持ちを紙にしたためていたものだ。そもそも在学中に婚約解消を申し出ようとしていたのも、卒業までの間、自分のことでそなたが思い悩むことがないようにと考えていたからだ」
女王ジナイーダはヴェロニカの気持ちを汲んで、卒業パーティが終わるまで彼女の死を隠したのだという。
王命であった婚約の解消を認めたのもヴェロニカの意思を尊重したからだ。
本当は、公爵令嬢はずっと前から婚約解消を申し出ていて、レオンチェフ公爵はそれに賛同していた。ジナイーダが息子の後ろ盾欲しさに拒んでいたのだ。
ただし、女王は嘘をついてまで隠す気はなかった。公表しなかっただけだ。
パーヴェルに彼女のことを聞かれたら答えようと思っていたし、レオンチェフ公爵家の人間や葬儀に出席した貴族令嬢達にも明かすことを許していた。
婚約者のいる身でべつの女性と睦み合う愚行を窘める声を聞かなかったように、パーヴェルが今日のこの夜までだれにもヴェロニカのことを聞かなかったのだ。イリュージアに夢中になっていた側近達も自分の婚約者から申し出られた婚約解消の理由を詳しく聞いていない。
「ほら、せっかくだから持ってきてやった。ヴェロニカが、手紙とともにそなたへ渡そうとしていたものだ。手紙は王宮へ戻ってから渡してやる」
母親に渡されて、パーヴェルは小さな包みを開いた。
翼を広げた二羽の鳥を組み合わせた意匠のブローチが現れる。
一羽は金の縁取りで青い宝石が埋め込まれている。もう一羽は同じく金の縁取りでピンクの宝石が埋め込まれている。
ヴェロニカは金の髪で緑色の瞳の少女だった。
ブローチの二羽が青い瞳のパーヴェルとピンクの髪のイリュージアを模しているのは明らかだった。
パーヴェルの耳に、昔自分が言った言葉が聞こえてきた。
──本当は国王じゃなくて旅人になりたいんだ。
あの鳥のように空を飛んで、思うまま世界中を回れたらいいのにな。
もし弟が王位に就いて私が自由になれたなら、ヴェロニカ、君も一緒に来てくれる?
あのとき、ヴェロニカはなんと答えたのだったか。
パーヴェルには思い出せなかった。
代わりに蘇った魔術学園入学後の思い出に吐き気を催す。特に酷いのは三日前の夜、イリュージアからヴェロニカに階段から突き落とされたと聞いて牢獄へ行き、牢番と囚人に命令をしたときの記憶だ。
「自害なら葬儀に聖王猊下が出席されるはずがなかろう。神殿は自害を禁じている。ヴェロニカは事故死だ。十日前の放課後、そなたに婚約解消を告げようと生徒会室を訪ねたが無人だったため、帰ろうとして階段から落ちて命を失ったのだ。……自分で命を絶ったのなら、あんなに安らかな顔はしていなかっただろう」
「十日前……」
王太子パーヴェルは自分の記憶を掘り返した。
十日前は卒業パーティ準備の息抜きに、男爵令嬢のイリュージア達と町へ繰り出していた。
ちなみに彼女は生徒会役員ではない。しかし生徒会予算の多くがイリュージアのために使われていた。
考えてみれば、あの日の昼間教室で見て以来ヴェロニカを目にしていない。
卒業間近の最上級生は自由登校になっていたので、深く気にしていなかったのだ。
「ヴェロニカの手紙は遺書ではない。面と向かって話すと感情的になってしまうかもしれないと思って、そなたへの気持ちを紙にしたためていたものだ。そもそも在学中に婚約解消を申し出ようとしていたのも、卒業までの間、自分のことでそなたが思い悩むことがないようにと考えていたからだ」
女王ジナイーダはヴェロニカの気持ちを汲んで、卒業パーティが終わるまで彼女の死を隠したのだという。
王命であった婚約の解消を認めたのもヴェロニカの意思を尊重したからだ。
本当は、公爵令嬢はずっと前から婚約解消を申し出ていて、レオンチェフ公爵はそれに賛同していた。ジナイーダが息子の後ろ盾欲しさに拒んでいたのだ。
ただし、女王は嘘をついてまで隠す気はなかった。公表しなかっただけだ。
パーヴェルに彼女のことを聞かれたら答えようと思っていたし、レオンチェフ公爵家の人間や葬儀に出席した貴族令嬢達にも明かすことを許していた。
婚約者のいる身でべつの女性と睦み合う愚行を窘める声を聞かなかったように、パーヴェルが今日のこの夜までだれにもヴェロニカのことを聞かなかったのだ。イリュージアに夢中になっていた側近達も自分の婚約者から申し出られた婚約解消の理由を詳しく聞いていない。
「ほら、せっかくだから持ってきてやった。ヴェロニカが、手紙とともにそなたへ渡そうとしていたものだ。手紙は王宮へ戻ってから渡してやる」
母親に渡されて、パーヴェルは小さな包みを開いた。
翼を広げた二羽の鳥を組み合わせた意匠のブローチが現れる。
一羽は金の縁取りで青い宝石が埋め込まれている。もう一羽は同じく金の縁取りでピンクの宝石が埋め込まれている。
ヴェロニカは金の髪で緑色の瞳の少女だった。
ブローチの二羽が青い瞳のパーヴェルとピンクの髪のイリュージアを模しているのは明らかだった。
パーヴェルの耳に、昔自分が言った言葉が聞こえてきた。
──本当は国王じゃなくて旅人になりたいんだ。
あの鳥のように空を飛んで、思うまま世界中を回れたらいいのにな。
もし弟が王位に就いて私が自由になれたなら、ヴェロニカ、君も一緒に来てくれる?
あのとき、ヴェロニカはなんと答えたのだったか。
パーヴェルには思い出せなかった。
代わりに蘇った魔術学園入学後の思い出に吐き気を催す。特に酷いのは三日前の夜、イリュージアからヴェロニカに階段から突き落とされたと聞いて牢獄へ行き、牢番と囚人に命令をしたときの記憶だ。
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