死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸

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1・白い貴婦人

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 今日もひとりの夜が更けていく。
 自業自得なのはわかっている。
 初夜のとき、夫であるポール国王陛下を拒んだ私のせいだ。

 それにしても私は、なぜ陛下を拒んでしまったのだろう。
 男爵令嬢のセリア様を愛妾にするため形だけの王妃になれと言われても受け入れるほど、あの方を愛していたはずなのに。
 彼のエメラルドの瞳に映った怯えた顔の自分を思い出す。あのとき私は、違う、と思ったのだ。この人ではない、と。キスですら受け入れることはできなかった。

 そんなことがあるはずない。
 私の想い人はポール陛下。
 風に飛ばされたリボンを取ろうとして木から落ちてしまった少年の瞳は、今と変わらないエメラルドの輝きだった。黒い髪も変わらない。肌は少し浅黒くなったように思うけれど、魔術学院時代も即位なさってからも騎士団とともに体を鍛えていらっしゃるのだから肌が日に焼けるのは当然のことだ。

「……」

 不意にぞくりとして、私は両腕で自分を抱いた。

「……だれか」

 控えの間から侍女の応える声は聞こえない。
 部屋の外にいるはずの近衛騎士達の反応もなかった。
 ベッドから足を降ろすと、ひどく冷たい。

「霧?」

 床には白い霧が溜まっていた。
 妙な話だ。この辺りは霧が出るような気候ではない。それに、霧は……
 陛下のことが心配になって、私は部屋を出た。部屋の外では不寝番のはずの近衛騎士達が眠っている。起こそうとしたが、私の力では鍛えた体を揺らすこともできなかった。控えの間の侍女達も眠っているのだろうか。

 ポール陛下最愛の女性、男爵令嬢だったセリア様はもういない。
 最初の御子が明らかに陛下の種ではなかったため、陛下は新しい愛妾を作って彼女のところへ通わなくなったのだ。
 それを不満に思ったのか、彼女は陛下の側近だったジェモー子爵を部屋に連れ込み、それが目撃されたのでふたりとも処刑された。元はといえば、彼女は子爵の婚約者だったのを陛下が奪ったのだけれど。

 王妃の部屋に近い国王の部屋に陛下はいらっしゃらなかった。
 中庭にある離れで暮らす愛妾のところへ行かれているのかもしれない。
 階段を降りて進む長い廊下のところどころで、近衛騎士達が眠っている。一体なにが起こっているのかしら。

 中庭に近づくごとに、白い霧は深く濃くなっていくようだった。
 ……ここには、幼い日の陛下が私のリボンを取るために登って落ちた木がある。
 魔術学院の図書室の横にあったのと同じ種類の木だ。あちらが元の木で、枝をこちらに挿し木をしたのだとか。

 それから、中庭には霊廟もあった。
 国を脅かしていた不死者を倒した英雄王を夫に持ったお妃様の霊廟だ。本来の王家の血筋を持つのは彼女のほうだという。
 英雄王は跡取りを産んで亡くなった彼女を偲び続けるため、二階にある国王の部屋の窓から見える位置に霊廟を作らせた。

 王宮に満ちていた白い霧は、どうやらその霊廟から漂ってくるようだ。
 不死者は霧を発して生者を眠らせ、生命を吸って殺してしまう。
 彼らを倒せるのは光り輝く聖剣だけだ。英雄王が持っていた聖剣は、彼が王になることを妬んだ仲間の魔術師によって盗まれ、所在が分からなくなっていた。英雄王に倒された不死者が復讐のために蘇ったのだろうか。

 離れへ向かいたいと思うのに、中庭に足を踏み出せない。
 霊廟の扉が開く。
 扉の向こうから真っ白な女性が現れる。美貌も物腰も雰囲気も、貴婦人と呼ぶのに相応しい佇まいのその方は、幼いころから幾度となく肖像画で見てきた英雄王のお妃様とそっくりだった。

 呆然として見つめていると、白い貴婦人は私のところへやって来た。
 細く滑らかな指が私に触れる。
 触れた指先から生命が吸い取られていくのがわかった。でも動けない。恐怖のせいなのか彼女の力なのか、私の生命が吸い取られていく。体に力が入らない。

「あ」

 立っていることさえできなくなって崩れ落ちた瞬間、私の頭に浮かんだのはエメラルドの瞳の少年の笑顔だった。
 お母様の形見のリボンは、あのまま彼に預けている。
 実家の侯爵家に置いていたら、義母や異母弟に捨てられそうで怖かったのだ。これからもずっと持っていてくれるだろうか。私の愛しい、たったひとりの──
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