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2・魔術学院
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目が覚めたのは、見覚えのある侯爵家の部屋だった。
王宮で気を失って、意識がない間に実家へ戻されたのかしら。
思って、首を横に振る。今の侯爵家の当主は分家の人間だ。父は、男爵令嬢セリア様の最初の御子の父親が異母弟だとわかり、息子の彼が処刑された衝撃で心を病んで亡くなってしまった。義母もだ。
王宮から出されたのなら、私個人に与えられた王都の別宅に運ばれるだろう。
セリア様の御子の件で私が処罰を免れたのは、異母弟との仲の悪さが知れ渡っていたからではない。
ポール陛下の婚約者として幼いころから厳しい王妃教育を受けてきた私がいなければ、宮廷行事もままならない状態だったからだ。陛下は武芸に優れる反面、書類仕事への興味が薄い。当時先代の国王夫妻はすでに亡くなっていた。古くからの文官達は、魔術学院卒業パーティでの婚約破棄騒動で陛下を見限っていた。
そう……私は一度陛下に婚約を破棄されているのだ。
王妃教育で得た知識目当ての形だけの結婚とはいえ、再び望まれたにも関わらず、どうして私は初夜に陛下を拒んでしまったのだろう。
「だれか、いる?」
今の状況が知りたかった。
ポール陛下はご無事か、あの白い貴婦人は本当に不死者だったのか、私はどうしてここにいるのか。
返事はない。みんな、あの白い霧で眠りに就いているのだろうか。ここには霧は漂っていないようなのだけれど。
「だれか!」
思わず声を荒げると、控えの間から見知った顔が現れた。
母の死後、義母の言いなりにならない使用人達はすべて排除された。
冷たい目で私を見ているメイドは義母のお気に入りで、私の世話をするのではなく嫌がらせをするためにいたような女性だ。異母弟を異常に可愛がっていて、セリア様との仲を取り持つのに力を貸していたとして処刑されていた。……処刑されたはずだ。
「……」
「お嬢様?」
「……近寄らないで」
「ご自分でお呼びになられたのではございませんか」
「いやあぁぁ」
不死者には死人を蘇らせて下僕にする能力もあると聞く。
下僕にされた死人は生者の血肉を食らい、死人を増やしていくのだ。
近寄ってきたメイドに触れられて、私は悲鳴を上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……どうして?」
信じられないけれど、私は魔術学院に通っていたころに戻っていた。
卒業パーティで婚約破棄されて、数年してから病床の先代国王陛下と妃殿下に頼まれ、ポール陛下ご自身にも頭を下げられて王妃となり、それからも何年か経っていたはずなのに。
昨夜メイドに報告を受けた父は、王妃になることだけがお前の価値なのに頭がおかしくなったとでも言うのか、ならば死んでしまえ、と私を罵った。義母と異母弟は蔑んだ顔で私を見つめていた。
死んでしまえ、か。
どうせならお母様がお亡くなりになったとき、私も後を追いたかった。
ポール陛下にお預けした以外のお母様の形見は、みんな義母に捨てられるか異母弟に壊されてしまった。金目のものは父が売り払った。あの家はもう私の家ではない。婚約者である陛下を慕うことだけが生きる希望だったけれど──
「あ」
魔術学院に登校したのは、父に罵られたからではない。
ポール陛下、いいえ、この時代ならポール殿下がどうされているかが気になったからだ。
黒い髪に浅黒い肌、エメラルドの瞳の殿下はお元気そうだった。彼の腕の中にはいつものように男爵令嬢のセリア様がいらっしゃる。私には不機嫌そうな顔しか見せてくださらないけれど、彼女といるときはずっと笑顔だ。
不死者を倒した英雄王を神殿で祭るこの国では武勇が貴ばれ、武人男性の浮気に寛容だ。
でもおふたりの態度は度を越えていた。
おふたりの側にはジェモー子爵、今は子爵子息のバティスト様が苦虫を噛み潰したような顔で立っている。
今は魔術学院の一学年目が終わるころ。
だれもが殿下とセリア様は恋人同士だと思っているけれど、卒業パーティで私との婚約破棄がおこなわれるまでは、それが口に出されることはなかった。公然の秘密というものだ。
この段階での殿下の婚約者は私、セリア様の婚約者はバティスト様だった。
「おはようございます、ポール……殿下」
陛下と言いそうになって、慌てて直す。
お元気でいらっしゃる姿を見た喜びで弾んだ声を聞き、殿下は不思議そうな顔をなさった。不機嫌でない顔を拝見するのは久しぶりだ。
そうね。セリア様と仲良く過ごされている殿下の姿を拝見した私は、いつも悲しげな声で挨拶していたものね。不思議に思われるのは当然かもしれない。
ポール殿下がお元気なのは嬉しかったけれど、さて、これからどうしたら良いのかしら。
王宮で気を失って、意識がない間に実家へ戻されたのかしら。
思って、首を横に振る。今の侯爵家の当主は分家の人間だ。父は、男爵令嬢セリア様の最初の御子の父親が異母弟だとわかり、息子の彼が処刑された衝撃で心を病んで亡くなってしまった。義母もだ。
王宮から出されたのなら、私個人に与えられた王都の別宅に運ばれるだろう。
セリア様の御子の件で私が処罰を免れたのは、異母弟との仲の悪さが知れ渡っていたからではない。
ポール陛下の婚約者として幼いころから厳しい王妃教育を受けてきた私がいなければ、宮廷行事もままならない状態だったからだ。陛下は武芸に優れる反面、書類仕事への興味が薄い。当時先代の国王夫妻はすでに亡くなっていた。古くからの文官達は、魔術学院卒業パーティでの婚約破棄騒動で陛下を見限っていた。
そう……私は一度陛下に婚約を破棄されているのだ。
王妃教育で得た知識目当ての形だけの結婚とはいえ、再び望まれたにも関わらず、どうして私は初夜に陛下を拒んでしまったのだろう。
「だれか、いる?」
今の状況が知りたかった。
ポール陛下はご無事か、あの白い貴婦人は本当に不死者だったのか、私はどうしてここにいるのか。
返事はない。みんな、あの白い霧で眠りに就いているのだろうか。ここには霧は漂っていないようなのだけれど。
「だれか!」
思わず声を荒げると、控えの間から見知った顔が現れた。
母の死後、義母の言いなりにならない使用人達はすべて排除された。
冷たい目で私を見ているメイドは義母のお気に入りで、私の世話をするのではなく嫌がらせをするためにいたような女性だ。異母弟を異常に可愛がっていて、セリア様との仲を取り持つのに力を貸していたとして処刑されていた。……処刑されたはずだ。
「……」
「お嬢様?」
「……近寄らないで」
「ご自分でお呼びになられたのではございませんか」
「いやあぁぁ」
不死者には死人を蘇らせて下僕にする能力もあると聞く。
下僕にされた死人は生者の血肉を食らい、死人を増やしていくのだ。
近寄ってきたメイドに触れられて、私は悲鳴を上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……どうして?」
信じられないけれど、私は魔術学院に通っていたころに戻っていた。
卒業パーティで婚約破棄されて、数年してから病床の先代国王陛下と妃殿下に頼まれ、ポール陛下ご自身にも頭を下げられて王妃となり、それからも何年か経っていたはずなのに。
昨夜メイドに報告を受けた父は、王妃になることだけがお前の価値なのに頭がおかしくなったとでも言うのか、ならば死んでしまえ、と私を罵った。義母と異母弟は蔑んだ顔で私を見つめていた。
死んでしまえ、か。
どうせならお母様がお亡くなりになったとき、私も後を追いたかった。
ポール陛下にお預けした以外のお母様の形見は、みんな義母に捨てられるか異母弟に壊されてしまった。金目のものは父が売り払った。あの家はもう私の家ではない。婚約者である陛下を慕うことだけが生きる希望だったけれど──
「あ」
魔術学院に登校したのは、父に罵られたからではない。
ポール陛下、いいえ、この時代ならポール殿下がどうされているかが気になったからだ。
黒い髪に浅黒い肌、エメラルドの瞳の殿下はお元気そうだった。彼の腕の中にはいつものように男爵令嬢のセリア様がいらっしゃる。私には不機嫌そうな顔しか見せてくださらないけれど、彼女といるときはずっと笑顔だ。
不死者を倒した英雄王を神殿で祭るこの国では武勇が貴ばれ、武人男性の浮気に寛容だ。
でもおふたりの態度は度を越えていた。
おふたりの側にはジェモー子爵、今は子爵子息のバティスト様が苦虫を噛み潰したような顔で立っている。
今は魔術学院の一学年目が終わるころ。
だれもが殿下とセリア様は恋人同士だと思っているけれど、卒業パーティで私との婚約破棄がおこなわれるまでは、それが口に出されることはなかった。公然の秘密というものだ。
この段階での殿下の婚約者は私、セリア様の婚約者はバティスト様だった。
「おはようございます、ポール……殿下」
陛下と言いそうになって、慌てて直す。
お元気でいらっしゃる姿を見た喜びで弾んだ声を聞き、殿下は不思議そうな顔をなさった。不機嫌でない顔を拝見するのは久しぶりだ。
そうね。セリア様と仲良く過ごされている殿下の姿を拝見した私は、いつも悲しげな声で挨拶していたものね。不思議に思われるのは当然かもしれない。
ポール殿下がお元気なのは嬉しかったけれど、さて、これからどうしたら良いのかしら。
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