59 / 60
幕間 サギニの悪夢
しおりを挟む
(どうして、こんなことになってしまったの?)
血の匂いでむせ返るような自室のベッドで、荒れ狂う嵐のような竜王ニコラオスに抱かれながらサギニは思った。
彼に抱かれるのは久しぶりだ。
あの屈辱の収穫祭の後から、いや、夏になってあのディアナとかいうヒト族が活躍を始めてからサギニはニコラオスを拒んでいた。
向こうに夢中になって自分を捨ててくれれば良いのにと願ったこともあったが、実際に自分の価値を低く見られるのは嫌だった。
番でないと気づかれて罰を受けるのも怖かった。
ガヴラス大公領から商人の父や養父兼愛人のメンダシウム男爵が盗み出していたディリティリオ茸が今年は手に入らなかった。あの茸の毒が無ければ無意識の解毒による興奮状態が起こらない。
毒茸から作った酒が手に入らない間、サギニはメンダシウム男爵との関係を再開していた。
どんなにサギニが拒んでもニコラオスは竜王だ。望めばいつだってサギニの部屋へ踏み込める。毒を与えていなければ、いつ番でないことに気づいても不思議はない。
そう考えると不安で不安で、人肌を求めずにはいられなかったのだ。
今はまだ目立つことはしたくないと考えていたメンダシウム男爵も、サギニの剣幕に相手をするようになった。
いっそふたりで子を作ってから竜王を引き込んで、父親であると誤認させたほうが手っ取り早いかもしれない、そう思い、計画を切り替えたのだ。
今夜はメンダシウム男爵と会う予定はなかった。今日はヒト族の竜王妃を送る最後の宴だ。貴族であり、竜王の寵姫であるサギニの養父である男爵も宴へ出席していた。
メイドを走らせ、男爵を自室へ呼び寄せたのはサギニである。
自分の部屋は静まり返っているのに、王宮が賑やかなのが耐えきれなかったのだ。かといって宴に顔を出す気にはなれなかった。収穫祭のときのように、がっかりされたくなかったのだ。
あの日、集まった民人はサギニではなくヒト族の竜王妃を求めて、その名前を連呼した。
(だから竜王の妃になんかなりたくなかったのよ!)
自分の美貌を誇り、周囲に認めさせたいと思う気持ちは人並みにある。
けれどそれ以上に目立つことへの恐怖がサギニにはあった。
本当は、サギニは知っていたのだ。自分の父はヒト族の美しい吟遊詩人ではない。醜い竜人族のトカゲ男──金持ちで年寄りの商人がサギニの本当の父だ。
父は娼館から身請けするほど母の美貌に惚れ込んでいた。
そう、美貌だけに。
自由にさせているように見えるのは表向きだけ。母は父の金で雁字搦めに縛られたお人形だった。歌を聞きに行って絵姿を買っただけの相手が真実の恋人だと夢見ることしか出来ない、可哀相なお人形だ。
サギニは母のようになりたくなかった。
でもひとりの力で生きていく気もなかった。
自分の美貌には自信があったのだ。褒め称えられたいという気持ちが、だれかに束縛されることへの恐怖に打ち勝った。
だから妥協案としてメンダシウム男爵夫人になりたいと願った。
それなりの権力とほどほどの義務、周囲からの羨望がちょうど良いと考えたからだ。
結局は愛人に成り下がってしまったが、正妻に嫉妬の視線を向けられたことで自尊心は満たされた。
今夜の宴が終わって、竜王ニコラオスはなぜかサギニの部屋へ来た。
そしてサギニと睦み合っていた男爵を肉片に変えて、今サギニを抱いている。
「君は私の番だ。そうだろう、サギニ。たとえそうでなかったとしても私は君を選ぶ。だから、君も私を選んでくれるね?」
「……はい。私はあなたの番です」
あのとき、メンダシウム男爵の言うことを聞かなければ良かった。
頬を赤らめて求婚してくる竜王に、自分はあなたの番ではないとはっきり言えば良かった。
だが肥大した自尊心と男爵に逆らうことへの恐怖が、サギニに竜王と男爵が望む言葉を紡がせた。
サギニは竜王を拒むために魔力の鱗を纏うこともしていない。
逆らうよりも媚びを売ることを選んだのだ。
竜王ニコラオスはサギニを番として選んだ。それを受け入れたサギニは、これからも自分で選んだ悪夢の中で暮らしていく。
血の匂いでむせ返るような自室のベッドで、荒れ狂う嵐のような竜王ニコラオスに抱かれながらサギニは思った。
彼に抱かれるのは久しぶりだ。
あの屈辱の収穫祭の後から、いや、夏になってあのディアナとかいうヒト族が活躍を始めてからサギニはニコラオスを拒んでいた。
向こうに夢中になって自分を捨ててくれれば良いのにと願ったこともあったが、実際に自分の価値を低く見られるのは嫌だった。
番でないと気づかれて罰を受けるのも怖かった。
ガヴラス大公領から商人の父や養父兼愛人のメンダシウム男爵が盗み出していたディリティリオ茸が今年は手に入らなかった。あの茸の毒が無ければ無意識の解毒による興奮状態が起こらない。
毒茸から作った酒が手に入らない間、サギニはメンダシウム男爵との関係を再開していた。
どんなにサギニが拒んでもニコラオスは竜王だ。望めばいつだってサギニの部屋へ踏み込める。毒を与えていなければ、いつ番でないことに気づいても不思議はない。
そう考えると不安で不安で、人肌を求めずにはいられなかったのだ。
今はまだ目立つことはしたくないと考えていたメンダシウム男爵も、サギニの剣幕に相手をするようになった。
いっそふたりで子を作ってから竜王を引き込んで、父親であると誤認させたほうが手っ取り早いかもしれない、そう思い、計画を切り替えたのだ。
今夜はメンダシウム男爵と会う予定はなかった。今日はヒト族の竜王妃を送る最後の宴だ。貴族であり、竜王の寵姫であるサギニの養父である男爵も宴へ出席していた。
メイドを走らせ、男爵を自室へ呼び寄せたのはサギニである。
自分の部屋は静まり返っているのに、王宮が賑やかなのが耐えきれなかったのだ。かといって宴に顔を出す気にはなれなかった。収穫祭のときのように、がっかりされたくなかったのだ。
あの日、集まった民人はサギニではなくヒト族の竜王妃を求めて、その名前を連呼した。
(だから竜王の妃になんかなりたくなかったのよ!)
自分の美貌を誇り、周囲に認めさせたいと思う気持ちは人並みにある。
けれどそれ以上に目立つことへの恐怖がサギニにはあった。
本当は、サギニは知っていたのだ。自分の父はヒト族の美しい吟遊詩人ではない。醜い竜人族のトカゲ男──金持ちで年寄りの商人がサギニの本当の父だ。
父は娼館から身請けするほど母の美貌に惚れ込んでいた。
そう、美貌だけに。
自由にさせているように見えるのは表向きだけ。母は父の金で雁字搦めに縛られたお人形だった。歌を聞きに行って絵姿を買っただけの相手が真実の恋人だと夢見ることしか出来ない、可哀相なお人形だ。
サギニは母のようになりたくなかった。
でもひとりの力で生きていく気もなかった。
自分の美貌には自信があったのだ。褒め称えられたいという気持ちが、だれかに束縛されることへの恐怖に打ち勝った。
だから妥協案としてメンダシウム男爵夫人になりたいと願った。
それなりの権力とほどほどの義務、周囲からの羨望がちょうど良いと考えたからだ。
結局は愛人に成り下がってしまったが、正妻に嫉妬の視線を向けられたことで自尊心は満たされた。
今夜の宴が終わって、竜王ニコラオスはなぜかサギニの部屋へ来た。
そしてサギニと睦み合っていた男爵を肉片に変えて、今サギニを抱いている。
「君は私の番だ。そうだろう、サギニ。たとえそうでなかったとしても私は君を選ぶ。だから、君も私を選んでくれるね?」
「……はい。私はあなたの番です」
あのとき、メンダシウム男爵の言うことを聞かなければ良かった。
頬を赤らめて求婚してくる竜王に、自分はあなたの番ではないとはっきり言えば良かった。
だが肥大した自尊心と男爵に逆らうことへの恐怖が、サギニに竜王と男爵が望む言葉を紡がせた。
サギニは竜王を拒むために魔力の鱗を纏うこともしていない。
逆らうよりも媚びを売ることを選んだのだ。
竜王ニコラオスはサギニを番として選んだ。それを受け入れたサギニは、これからも自分で選んだ悪夢の中で暮らしていく。
515
あなたにおすすめの小説
間違えられた番様は、消えました。
夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。
運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」
ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。
ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。
「エルマ、私の愛しい番」
けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。
いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。
名前を失くしたロイゼは、消えることにした。
竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる