最後のカードは、

豆狸

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第六話 真実の愛

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「お母様っ? いやあぁぁっ!」

 金切り声を響かせる異母妹──いいえ、赤の他人のピヤージュとは対照的に、あの男は冷静でした。
 冷静というのは違うかもしれません。
 真実の愛の相手が目の前で倒れたというのに、その胸が真っ赤だというのに、どうでも良いとでも言いたげな表情だったのです。

 彼は倒れている女にずっと麻薬としての『最後のカード』を与えられてきて、そのため彼女の言いなりになっていたのだろうと聞いています。
 『最後のカード』の副作用で活力が失せて無気力になっているのかもしれません。
 まあ、なにをされていたとしても、それは彼自身が望んだことです。身重の妻が家にいる状態で学生時代の憧れの相手に擦り寄られ、浮かれて罠に飛び込んだのは自分自身なのですから。

「マティス様、その子を押さえておいてください」
「ジョ、ジョゼフィン?」
「まだ彼女が死んだとは限りません、胸を刺されただけなのですから。素人が余計なことをして手遅れにならないよう、ピヤージュの動きを封じておいてください」
「あ、ああ」

 マティス様がピヤージュを見る目は、この騒動が起きる前とは違います。
 あの男の子どもでも、今は亡き歌手の子どもでも、不貞の子だということに変わりはないのですけれどね。
 ピヤージュの母親が殺人犯だと明かされたからでしょうか。

 ……マティス様だって清廉潔白というわけではありませんのに。
 先ほどの私の酒杯に入る予定だった『最後のカード』は致死量で、ちゃんと毒薬になる処理をされていました。
 彼はそれを知っていたのです。

 自分を抱くマティス様の腕が、まるで汚いものにでも触れているかのように硬くなっているのに気づいたらしいピヤージュが、なぜか私を睨みつけます。
 異母姉だと思っていた人間の婚約者を奪うために体を与えるという手段を取った時点で、自分が清くはなくなったとわかっていても良いはずですのにね。
 彼女は自分の母親を刺して呆然としているように見えるシャンターラ様を指差して叫びました。

「お義姉様ね! お義姉様がお母様の命を狙って、そんな女を引き入れたのね!」

 私は今日からこの家の当主です。
 だれをこの家に入れようと私の自由なのです。
 心の中だけで思いつつ、私は中庭を囲むデュフール伯爵邸の建物へこっそり入ろうとしていたダンビエ侯爵に呼びかけました。ええ、マティス様のお父様です。

「ダンビエの小父様」
「な、なんだね、ジョゼフィン」
「ピヤージュの母親には息があるかもしれません。医学薬学に長けた小父様なら命を救うことが出来るかもしれませんわ。どうかお願いします。私の誕生パーティで殺人事件が起こるなんて嫌ですし、私が招いたせいで天才歌姫として知られているシャンターラ様の未来を閉ざしてしまうのも悲しいですもの」
「う……それは……」
「マティス様はまだ学生ですもの。小父様でなければ」
「お願いします、侯爵閣下」

 黒髪の執事と数人の使用人がダンビエ侯爵を取り囲みます。
 デュフール伯爵家の運営補佐を放棄したあの男は知らない今日だけの使用人達は、ざわめく招待客達が勝手に中庭から出て行かないよう見張ってくれています。
 目の前で事件が起こり、なお且つ自分には関係がないとわかっているので、招待客も使用人達の制止や監視を受け止めているようです。ダンビエ侯爵はどこか焦ったような表情を浮かべながらも、渋々こちらの頼みに従って戻って来てくださいました。

「そうだな。胸を刺されただけで即死は……んんっ?」

 ピヤージュの母親の横にしゃがみ込んだ彼は、すぐにそのことに気づいたようでした。

「なんだ? これはオモチャの短刀ではないか。押し付けると刃が柄の中に入って、中に入っていた赤い絵の具が溢れ出る。突き立っているように見えるのは、柄についた飾りがドレスの布地に絡みついているからか。……ははは、ジョゼフィン。この余興はあまり趣味が良いとは……」

 ダンビエ侯爵の言葉が途切れたのは、自分を逃がさないように立っている黒髪の執事の正体に気づいたからでしょう。
 高位貴族家の当主である彼ならば、中立派を自称する彼ならば、マルシャン公爵家の次男の顔も知っています。
 執事の振りをしていた王太子殿下直属の近衛騎士は、黒髪のカツラを外して尊い銀髪を青空に晒しました。こうして正体を現すときに備えて、色粉で染めるのでなくカツラにしていたのです。

「『最後のカード』と呼ばれている麻薬毒薬についての捜査のため、デュフール伯爵にご協力をいただいていました。ダンビエ侯爵、あなたが上着の内ポケットに入れていらっしゃる薬瓶についてお尋ねしたいのですが。……もちろん、それをデュフール伯爵の乾杯の酒杯に入れようとしていたことについてもです」

 ダンビエ侯爵が焦ったような顔で中庭から立ち去ろうとしていたのは、その薬瓶を始末するためだったのに違いありません。
 殺人事件が起こったら、どんなに関係ないといっても同じ場所にいた人間は調べられますから。
 医学薬学に詳しいダンビエ侯爵だからこそ、鎮痛剤でなく毒薬になる処理をされた『最後のカード』を持っていたのでは言い訳しようがありません。息子の婚約者の誕生パーティに鎮痛剤を持ってきていたとしても怪しいことこの上ないですし。

 あの夜、享楽の館で出会った私とラザレス様、そしてシャンターラ様は、私を暗殺もしくは麻薬漬けにしようとしている人達の裏を掻いて捕縛する作戦を考えました。
 以前マティス様が私とラザレス様の仲を疑ったのは、王都の喫茶店で計画を詰めている私達を彼のご友人が目撃でもしたのでしょう。
 そのときはシャンターラ様も私のメイドも同行していたのですけれどね。前から我が家にいる使用人達は私の味方なのです。

 本当は乾杯のときに私が死んだ振りをして、父が当主になることを認めようとしたペラン公爵の派閥の人間を捕らえる予定だったのです。
 でもジョワ子爵家の伯父様の手紙でお母様のことを知った私が、あの男の『真実の愛』を打ち砕いてやりたいと望んだため、こういう手はずに変更されたのです。
 最初の計画だと、少し都合の悪いこともありましたしね。

 シャンターラ様の父親がシャンタールという名の歌手で、彼がピヤージュの母親に殺されたというのは事実です。そう、これはシャンターラ様にとっても『復讐』でした。

「お母様が亡くなったときのこともご存じですわよね、小父様」

 私はダンビエ侯爵を見つめました。
 周囲ではペラン公爵の派閥の人間が使用人に扮していた近衛騎士に尋問を受けています。王太子殿下直属の近衛騎士だけでなく、ほかの近衛騎士隊にも応援を頼んでいるそうです。
 もちろんダンビエ侯爵が『最後のカード』を隠し持って私を殺そうとしただけでは、ほかの貴族にまで累は及びません。

 実は、ペラン公爵がもう捕縛されているのです。
 彼こそが禁断の薬『最後のカード』密売の元締めでした。
 鎮痛剤として正規に手に入れることが出来るダンビエ侯爵を操って、敵対するマルシャン公爵の派閥の貴族を陥れたり王国自体を不安定にさせていっていたりしたのです。行く行くは政情不安を理由に国王陛下と王太子殿下を廃して、第二王子殿下を即位させて傀儡にするつもりだったのかもしれません。

 扱いの難しい『最後のカード』の保管はダンビエ侯爵に任せていましたが、使用者や購入者の名簿はペラン公爵が隠し持っていました。
 王太子殿下直属の近衛騎士、銀髪のラザレス様は、近衛騎士隊に入り込んだ間諜を利用して今日の計画をペラン公爵に報告させたのです。私の殺人計画を立てているデュフール伯爵代行に『最後のカード』を提供したダンビエ侯爵が、禁断の薬密売の元締めとして捕まりそうだ、と。
 ペラン公爵はすべての罪をダンビエ侯爵に被せようとして、パーティを欠席して自分のもとにある証拠を始末しようとしていたところを捕まりました。

 ラザレス様はそこまで予測して向こうの間諜に情報を流したようです。
 先ほど我が家のパーティに来られなくなったと連絡に来たのはペラン公爵家の従者ではなく、あちらを担当していて捕縛を完了したラザレス様の同僚です。
 このパーティの出席者への尋問は、寄り親貴族のペラン公爵の犯罪をどこまで知って関わっていたか、なのです。

 私の殺人計画への関与も調査する予定だそうですが、あの男かピヤージュがデュフール伯爵家を継ごうとしたときに認めるつもりだったかどうかまでは追及しないといいます。
 王家に認められた貴族家の簒奪は大罪であり、国家反逆罪に匹敵します。
 ペラン公爵の派閥に問題があると言っても、所属するすべての貴族家が一族郎党処刑されたのではこの王国が成り立たなくなってしまいます。禁断の『最後のカード』への関わりで現当主が引退する、その程度で収められるに違いありません。最初の計画から変更された理由のひとつです。

 もちろん、あの男と愛人親娘、マティス様とダンビエ侯爵は殺人計画と『最後のカード』の件で死罪になるでしょう。
 私はマティス様と婚約破棄したりしません。私達の間に真実の愛があるからではありません。
 婚約破棄の手続きをするより前に彼は処刑されるからです。罪人との婚約は、こちらから強いて継続を望まない限り白紙となります。

 ちなみに、ピヤージュの母親はシャンターラ様に当て身をされて気絶しているだけです。
 本当はシャンターラ様が興奮してピヤージュの母親を刺す振りをするという予定だったのですが、先に興奮されてしまったので仕方がありません。
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