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第七話 最愛の母(故人)
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近衛騎士達による尋問と所持品検査が終わり、ペラン公爵の派閥に属する貴族達が外──といっても、ここは中庭なので我が家の建物を通らなければ行けませんが──へと引き立てられていきます。
どうやら全員が多かれ少なかれ『最後のカード』に関わっていたようです。
ここでの尋問だけでなく、ペラン公爵のところで見つかった名簿もこちらへ運ばれてきていて、彼らの証言と照らし合わされたとの話です。
「ジョゼフィン!」
マティス様が叫びました。
彼は若くて力があるからか、ふたりの近衛騎士に連行されています。
「僕はなにも知らない! なにも知らなかったんだ! 父さんがしていたことも、君を苦しめていた愛人親娘が立てていた計画も! 近衛騎士に、ラザレス殿にとりなしてくれ! 僕を可哀相だと思うなら!」
私は彼を見つめました。
サラサラと流れる美しい金色の髪が、中庭を照らす太陽の光を反射しています。
彼はとても美しい、私の最愛の婚約者でした。自分の地味な外見に劣等感を持っていた私は、幼いころに出会ってからずっと美しい彼を慕っていました。
──あの日、執務室の窓から中庭へ向かう彼の姿を見つけました。
もしかしたら大学が早く終わったので会いに来てくれたのかもしれない。
庭師に頼んで中庭の花を摘んで、私に贈ってくれるのかもしれない。
美しい鳥を見つけて、私のためにその羽を拾いに行ってくれたのかもしれない。
そんな都合の良い夢を見ながら、そっと後を追って中庭へ出ても彼はいませんでした。
お母様が亡くなって、あの男が愛人親娘を連れ込んだ日からずっと私は不安でした。
デュフール伯爵家運営の仕事をしなければ、だれからも見捨てられてしまうのではないかと思っていました。
だって金の巻き毛のピヤージュは、とてもとても美しい少女だったのです。この国ではありふれた茶色い髪で、地味な外見の私とは比べものにならないほど!
せめて仕事だけは頑張らないといけないと思い、いつも自分を戒めていました。
それでもあの日は、しばらくマティス様と会っていなくて、誕生パーティが近づいたことによる心のときめきもあって、仕事の手を休めて彼を探しに出てしまったのです。
マティス様は肌も露わな姿で、ピヤージュと茂みの中で睦み合っていました。
悲しい、辛い、と頭の中では思っているのに、あの日から私が涙を流すことはありませんでした。
享楽の館でシャンターラ様の巻き毛にピヤージュを思い出して、ふと口に出したことから仮面の下の素顔を見せていただいたときも、驚きはしたけれど心は冷めていました。
今日、あの男達が人目を忍んで私の酒杯に入れた『最後のカード』が毒薬になるよう処理をされた致死量のものだったと近衛騎士隊の薬物担当の方に教えていただいたときも、怒りと悲しみは心の底にあるだけでした。
「ほら、マティス様」
唇から出る私の声は、妙に楽しげに聞こえました。
マティス様が希望に満ちた顔で私を見ます。
「婚約破棄なんてする必要なかったでしょう? あなたはこれから処刑されるのですから」
「ジョゼフィン!」
悲痛な呼び声を聞いても、私の顔は笑顔のままでした。
仕方がないことです。私の人生に与えられた『最愛の婚約者』のカードは、とっくの昔に『裏切り』のカードに替わっているのですから。
マティス様、あなたが替えてくださったのですよ。
「助けてくれ、ジョゼフィン。愛しているんだ、ジョゼフィン」
どうせならマティス様ではなく、愛人に騙されていたことを知ったあの男が叫ぶのを聞きたかった、なんて思います。
ジョワ子爵家の伯父様に『離縁』のことを聞くまで、私は『最悪の父親』のカードを捨てられませんでした。どこかでなにかを期待していたのでしょう。
騒ぎ続けるマティス様が消えた後、あの男も無言で連れて行かれました。ピヤージュはマティス様と同じように騒いでいましたが、なにを言っていたのかは覚えていません。
あの男の愛人は気を失ったまま運ばれていきました。
彼女は学園時代、歌手に貢ぐ金欲しさに当時は跡取り令息だったペラン公爵に擦り寄り、彼に『最後のカード』の密売を任されたのだそうです。
そういうことがペラン公爵のところにあった使用者や購入者の名簿からわかったと、ラザレス様が教えてくださいました。
それから二十年ほどで王国に『最後のカード』が蔓延したのですから、密売人としてはかなり有能だったのでしょう。
取り引きの手続きを整えて、目的に合った『最後のカード』をダンビエ侯爵に準備させるのが彼女の役目でした。
あの男が恋したのは、お母様や私より選んだのは、そんな女でした。
「……ジョゼフィン」
「伯父様」
マルシャン公爵の派閥で、私の親族として今日の誕生パーティにいらしていた伯父様は、当然捕縛されたりしていません。
あの男の計画も私とラザレス様達の計画もお教えしていなかったので、さぞ驚かれたことでしょう。
でも伯父様は怒るのではなく、申し訳なさそうにおっしゃるのです。
「伯父として、なにもしてやれなくてすまなかったな」
「そんなことありませんわ。お互い貴族なのですもの。親族とはいえ、派閥が違うとお付き合いも難しいものですわ」
だからダンビエ侯爵は中立派として、上手く立ち回っていたわけですが。
次男のマティス様を私の婚約者にしたのは、最初はマルシャン公爵の派閥に深く食い込むため、あの男が愛人の支配下に落ちてからはデュフール伯爵家を乗っ取るためだったのでしょう。
お母様と……あの男の頑張りで、今のデュフール伯爵家はかなり裕福なのです。いくら『最後のカード』で儲けていたとしても、お金はあればあるだけ役立つものですからね。
「弟は、クレマンは初恋の幻に惑わされた大莫迦者で、こんなことを仕出かしてしまった屑だが、それでもお前や先代伯爵のことも、その……大切に思う心もあったはずだ」
「ありがとうございます、伯父様。あのときお返事を下さって、今日も来てくださって、本当に本当に嬉しかったですわ」
『復讐』にカードを使ったので、今の私に残っている人生のカードは『最愛の母(故人)』だけです。
一枚だけなので、なんの役も作れません。ただ懐かしいだけです。
……お母様の人生で最後に残っていたカードは、あの男だったのでしょうか。離縁すると決めても、捨てることは出来なかったのかもしれません。
どうやら全員が多かれ少なかれ『最後のカード』に関わっていたようです。
ここでの尋問だけでなく、ペラン公爵のところで見つかった名簿もこちらへ運ばれてきていて、彼らの証言と照らし合わされたとの話です。
「ジョゼフィン!」
マティス様が叫びました。
彼は若くて力があるからか、ふたりの近衛騎士に連行されています。
「僕はなにも知らない! なにも知らなかったんだ! 父さんがしていたことも、君を苦しめていた愛人親娘が立てていた計画も! 近衛騎士に、ラザレス殿にとりなしてくれ! 僕を可哀相だと思うなら!」
私は彼を見つめました。
サラサラと流れる美しい金色の髪が、中庭を照らす太陽の光を反射しています。
彼はとても美しい、私の最愛の婚約者でした。自分の地味な外見に劣等感を持っていた私は、幼いころに出会ってからずっと美しい彼を慕っていました。
──あの日、執務室の窓から中庭へ向かう彼の姿を見つけました。
もしかしたら大学が早く終わったので会いに来てくれたのかもしれない。
庭師に頼んで中庭の花を摘んで、私に贈ってくれるのかもしれない。
美しい鳥を見つけて、私のためにその羽を拾いに行ってくれたのかもしれない。
そんな都合の良い夢を見ながら、そっと後を追って中庭へ出ても彼はいませんでした。
お母様が亡くなって、あの男が愛人親娘を連れ込んだ日からずっと私は不安でした。
デュフール伯爵家運営の仕事をしなければ、だれからも見捨てられてしまうのではないかと思っていました。
だって金の巻き毛のピヤージュは、とてもとても美しい少女だったのです。この国ではありふれた茶色い髪で、地味な外見の私とは比べものにならないほど!
せめて仕事だけは頑張らないといけないと思い、いつも自分を戒めていました。
それでもあの日は、しばらくマティス様と会っていなくて、誕生パーティが近づいたことによる心のときめきもあって、仕事の手を休めて彼を探しに出てしまったのです。
マティス様は肌も露わな姿で、ピヤージュと茂みの中で睦み合っていました。
悲しい、辛い、と頭の中では思っているのに、あの日から私が涙を流すことはありませんでした。
享楽の館でシャンターラ様の巻き毛にピヤージュを思い出して、ふと口に出したことから仮面の下の素顔を見せていただいたときも、驚きはしたけれど心は冷めていました。
今日、あの男達が人目を忍んで私の酒杯に入れた『最後のカード』が毒薬になるよう処理をされた致死量のものだったと近衛騎士隊の薬物担当の方に教えていただいたときも、怒りと悲しみは心の底にあるだけでした。
「ほら、マティス様」
唇から出る私の声は、妙に楽しげに聞こえました。
マティス様が希望に満ちた顔で私を見ます。
「婚約破棄なんてする必要なかったでしょう? あなたはこれから処刑されるのですから」
「ジョゼフィン!」
悲痛な呼び声を聞いても、私の顔は笑顔のままでした。
仕方がないことです。私の人生に与えられた『最愛の婚約者』のカードは、とっくの昔に『裏切り』のカードに替わっているのですから。
マティス様、あなたが替えてくださったのですよ。
「助けてくれ、ジョゼフィン。愛しているんだ、ジョゼフィン」
どうせならマティス様ではなく、愛人に騙されていたことを知ったあの男が叫ぶのを聞きたかった、なんて思います。
ジョワ子爵家の伯父様に『離縁』のことを聞くまで、私は『最悪の父親』のカードを捨てられませんでした。どこかでなにかを期待していたのでしょう。
騒ぎ続けるマティス様が消えた後、あの男も無言で連れて行かれました。ピヤージュはマティス様と同じように騒いでいましたが、なにを言っていたのかは覚えていません。
あの男の愛人は気を失ったまま運ばれていきました。
彼女は学園時代、歌手に貢ぐ金欲しさに当時は跡取り令息だったペラン公爵に擦り寄り、彼に『最後のカード』の密売を任されたのだそうです。
そういうことがペラン公爵のところにあった使用者や購入者の名簿からわかったと、ラザレス様が教えてくださいました。
それから二十年ほどで王国に『最後のカード』が蔓延したのですから、密売人としてはかなり有能だったのでしょう。
取り引きの手続きを整えて、目的に合った『最後のカード』をダンビエ侯爵に準備させるのが彼女の役目でした。
あの男が恋したのは、お母様や私より選んだのは、そんな女でした。
「……ジョゼフィン」
「伯父様」
マルシャン公爵の派閥で、私の親族として今日の誕生パーティにいらしていた伯父様は、当然捕縛されたりしていません。
あの男の計画も私とラザレス様達の計画もお教えしていなかったので、さぞ驚かれたことでしょう。
でも伯父様は怒るのではなく、申し訳なさそうにおっしゃるのです。
「伯父として、なにもしてやれなくてすまなかったな」
「そんなことありませんわ。お互い貴族なのですもの。親族とはいえ、派閥が違うとお付き合いも難しいものですわ」
だからダンビエ侯爵は中立派として、上手く立ち回っていたわけですが。
次男のマティス様を私の婚約者にしたのは、最初はマルシャン公爵の派閥に深く食い込むため、あの男が愛人の支配下に落ちてからはデュフール伯爵家を乗っ取るためだったのでしょう。
お母様と……あの男の頑張りで、今のデュフール伯爵家はかなり裕福なのです。いくら『最後のカード』で儲けていたとしても、お金はあればあるだけ役立つものですからね。
「弟は、クレマンは初恋の幻に惑わされた大莫迦者で、こんなことを仕出かしてしまった屑だが、それでもお前や先代伯爵のことも、その……大切に思う心もあったはずだ」
「ありがとうございます、伯父様。あのときお返事を下さって、今日も来てくださって、本当に本当に嬉しかったですわ」
『復讐』にカードを使ったので、今の私に残っている人生のカードは『最愛の母(故人)』だけです。
一枚だけなので、なんの役も作れません。ただ懐かしいだけです。
……お母様の人生で最後に残っていたカードは、あの男だったのでしょうか。離縁すると決めても、捨てることは出来なかったのかもしれません。
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