最後のカードは、

豆狸

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最終話 最初のカードは、

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 十八歳の誕生パーティから一年が過ぎました。
 所属していた派閥の犯罪を暴き、実父さえも処刑させた冷酷非情のデュフール女伯爵ジョゼフィンこと私は、今も王都にある伯爵邸で暮らしています。たまに領地へも顔を出しますけれど、生活の中心はこちらです。
 代々の伯爵家が暮らしてきた屋敷には愛着がありますし、あの男達がいた間も忠義を尽くしてくれていた使用人達はここに慣れていますからね。

 ジョワ子爵家の伯父様が探してくれているのですが、私の新しい縁談は一部の特殊な方達以外からは持ち込まれていません。
 今のところはそれで良いと思っています。
 冷酷非情の女伯爵という呼び名を否定する気もありません。私は地味な外見で内面は臆病な小心者ですので、それくらいの箔がついていたほうが他家との交渉がやりやすいのです。向こうが勝手に怯えて便宜を図ってくれますもの。

 生活の中心がこちらだからといっても、領地のことすべてを代官に任せているわけではありません。最終的な決定権は私にあるのです。
 代官から送られてきた報告書を吟味して、いろいろな貴族家の条件を比較して交渉し、デュフール伯爵領の生産物を売って必要なものを購入して──結局執務室に籠もりきりの毎日は変わっていません。
 でも、たまに友人達とカードゲームに興じるくらいの余裕は出来ました。

 今日も中庭の東屋で、いささか未熟な竪琴の音を聞きながら遊んでいます。
 一枚のカードを捨てて選んだ最後のカードで出来た役が上々のものだったので、私は自分の最後のカードを引いて青くなった対戦相手に微笑みかけました。
 青かった顔を白くして、彼が自分のカードを東屋の中央に置かれたテーブルに開きます。一応役は出来ていますけれど、私の役には敵いません。

「あーもう! フィンの全勝じゃんか!」
「おふたりの運が悪いだけではありませんの?」
「そんなことないよ。ラザレスはともかく、俺は結構運が良いほうだったんだからね!……まあ運が良かったら、子どものころに両親を喪ったりしてないか」

 私は、テーブルのカードの上にうつ伏せになったシャンタール様のピンクブロンドの髪を撫でました。
 シャンタール様──仮面の歌姫シャンターラ様は、女装の男性でした。本当は父親と同じ名前だったのです。
 女装で歌姫として活躍していたのは彼女、ピヤージュの母親フォリーが怖かったからだといいます。

『女だったら最悪殺されるだけだけど、男だったらどんな手を使っても自分のものにしようとするだろうからさ』

 あの夜の享楽の館で、その巻き毛が異母妹(当時はそう思っていました)に似ていると言った私のために仮面を取ってくれた彼は、申し訳なさそうな顔でそうおっしゃいました。
 彼が男性歌手として活躍していたら、もっと早く後妻フォリーの本性が暴かれて私やあの男が不幸になることはなかったのではないか、そう思われたのでしょう。
 優しい方です。その可能性が皆無とは言えませんが、あの男が道を踏み外したのは後妻のせいだけでも『最後のカード』のせいだけでもありません。あの男が、父が選んだことの結果なのです。

「……フィン……」

 髪を撫でる私の手を掴んだ彼が、私の愛称を呼びました。
 大きなその手は骨ばっていて、仮面の歌姫のときはいつも手袋で隠されています。
 テーブルの上から上げたお化粧をしていない素顔も、美しくても厳しさのある男性のものです。ピヤージュと会うこともない今は、ほかのだれでもない彼だけの顔だとしか感じません。

「俺の顔、嫌じゃないって言ってくれたよね?」
「ええ」

 自分の地味な外見と重ねて、ちょっと嫉妬してしまうことはありますけれどね。

「この髪も、赤毛だったお母さんを思い出して好きだって言ってくれたよね?」
「ええ。そのせいでつい触ってしまいます。嫌でした?」
「嫌じゃない、嫌じゃないよ。だからさ、俺と結婚しない?」

 ──ピーン!

 甲高い音を立てて、私にもシャンタール様にもカードで負けて竪琴を弾かされていたラザレス様が竪琴の糸を切りました。
 今日のカードゲームは三人で総当たり戦をしていたのです。
 一年前の騒ぎが収束した後で、頑張った自分へのご褒美のつもりで享楽の館へカードゲームをしに行ったらふたりと再会して、伯爵邸へ遊びに行くからここへは来るなと説得されました。それからお友達として屋敷へ遊びに来てくださるようになったのです。

「シャン!」
「なんだよ、ラザレス。フィンに求婚してんだから邪魔すんなよ」

 シャンというのはシャンタール様の愛称です。
 私にもそう呼んで欲しいと言われているのですが、婚約者だったマティス様のことも愛称で呼んだことがないので、まだ呼ぶ勇気が出ません。
 マルシャン公爵家次男で王太子殿下直属の近衛騎士であるラザレス様がシャンタール様を愛称で呼ぶのは、ふたりが同僚だからです。シャンタール様は髪の色だけストロベリーブロンドに戻して、今も仮面の歌姫として活動されています。仮面の歌姫は王太子殿下直属の密偵なのです。

「ジョ、ジョゼフィン嬢に求婚したのは私が先だ!」
「そのときすぐに断られたよね?」
「お、お前だって来るたび求婚して断られているくせに!」

 私に縁談を持ち込んでくる一部の特殊な方達というのはこのおふたりのことです。
 ラザレス様はお仕事が忙しくて浮いた話がなかっただけで、月光のような銀髪が映える整ったお顔の持ち主ですし、シャンタール様にいたっては男性の姿でも女性の姿でも溜息が出そうなほど美しい方です。
 美麗なおふたりに劣る地味な外見で、臆病な小心者の私のどこが良いのかはわかりません。

 ひとりで享楽の館へ来て、父親の陰謀を暴こうとしていた度胸に惹かれた、とか。
 両親を殺した犯人の影に怯えていたシャンタール様に復讐を決意させた、とか。
 冷酷非情の女伯爵という呼び名を利用するほど逞しいくせに、未だに涙を流せないでいる弱さが放っておけない、とか。

 おっしゃってくださるのは嬉しいのです。
 おふたりと過ごす時間は楽しいし、私も女なので美麗なお顔を見つめているだけで胸の動悸が激しくなるのを感じます。
 でも私の本質は臆病な小心者なので、おふたりの気持ちを信じ切れないのです。

「三人で会っているから、ジョゼフィン嬢が私達を意識してくれないのではないか?」
「朴念仁のラザレスにしては良いこと言うじゃん。フィン、今度ふたりで遊びに行こうよ。どこへ行きたい?」
「でしたら私……享楽の館へカードゲームをしに行きたいですわ。おふたりとも弱くて運が悪いので、赤子の手を捻るようなものなのですもの」
「……ジョゼフィン嬢」
「……フィン」
「あの部屋の出入り口に近いテーブルには、いつも王太子殿下直属の近衛騎士様か密偵の方が座っていらっしゃるのでしょうか?」

 その情報もお母様に聞いたことがありました。
 だからあの夜、あそこへ行ってラザレス様に話しかけたのです。

「でもイカサマは気づかれなければイカサマではないわけですし、むしろ出入り口近くのテーブルでないから逃げられないと自分を追い込むことで、イカサマの成功率を上げることが出来るかもしれませんわね」
「ジョゼフィン嬢、私達にイカサマをしてたのか?」
「凄いね、フィン。俺、結構目が効くほうだと思うんだけど、全然気がつかなかったよ」
「おふたり相手にはイカサマする必要はありませんでしたわ。ですが、享楽の館で海千山千の相手と対戦するのなら、それもひとつの手段だと思いましたの」

 おふたりは私を見つめて溜息をつきました。

「これだからジョゼフィン嬢は……」
「よく自分のことを臆病な小心者だなんて言えるよね」
「だから目を離せないんだ」
「こんなに一緒にいてドキドキする女の子なんて、もう二度と会えないよ」

 なにやらおふたりで囁き合っています。
 おふたりに付き合っていただけないのなら、ひとりで行くのも良いですね。
 まあ、正式にデュフール伯爵家の当主となったのですから、護衛くらいはつけたほうが良いかもしれません。

 『復讐』にカードを使ったので、今の私に残っている人生のカードは『最愛の母(故人)』だけです。
 一枚だけなので、なんの役も作れません。ただ懐かしいだけです。
 そろそろ新しいカードを引くときなのかもしれません。私の新しい人生を描いて役を作る、最初のカードは──

「ジョゼフィン嬢、私達が付き合わないならひとりで行く気だな」
「どうしておわかりになりましたの?」
「俺達がフィンのことずっと見てるからに決まってるだろ。ひとりで行くのは駄目。伯爵家の護衛を連れて行くのも駄目。……普段と違うフィンを見たら惚れちゃうかもしれない」
「とにかく! 享楽の館へ行くというのなら、ちゃんと俺達も同行する」
「俺達って……また三人なの?」
「ふたりっきりで行って良い雰囲気になれる場所ではないだろうが」
「フィンの気持ちが一番だけど、そのうち劇場とか宝飾店とか、普通に男女が行く場所にも行こうね」

 『銀髪の近衛騎士』と『ストロベリーブロンドの密偵』の二枚のようです。
 人生の最後まで持ち続ける大切なカードとなるか、いつかほかのカードと取り換えることになるのかは、今の私にはわかりません。
 それが人生、それがカードゲームというものですものね。
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