お爺様の贈り物

豆狸

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第四話 新しい後見人

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「御大のお好きな砂糖菓子と南方のお茶です。どうぞお召し上がりくださいませ」
「主人自らが給仕をするな。従者が困っておるぞ」
「御大だって大暴走スタンピード制圧のときは、新兵の皿に肉を載せて鼓舞してくださったではありませんか」

 熊と呼ばれていた巨体のわしと小柄なゲルトルーデは少しも似ていない。
 いや、似ていなくて良かったと思う。
 婆さんやベティーナと同じ赤い髪は、大暴走スタンピード制圧が終わったときに見る朝日と同じ鮮やかで優しい色で……なのに、わしが好きだった砂糖菓子と南方のお茶は、ゲルトルーデの体にも美味しく染み通っていった。

「御大」
「クレープス伯爵家の当主が気軽に跪くな。ゲルトルーデはシュタインボック辺境伯家の跡取りじゃが、まだ跡取りでしかないのだぞ」
「求婚のときに男が跪くのは当然のことでしょう」
「はあ?」
「僕と結婚してください、御大。いいえ、シュタインボック辺境伯令嬢ゲルトルーデ様」

 なんでコイツはこんなにわしが好きなのじゃろう。
 魔獣と戦う姿に恋をしたと言って、そのときの戦いが終わった後で最初の求婚をされた。
 ……そうか。あのときはもう婆さんはいなかったのか。それでも婆さんを愛していると断ったにもかかわらず、姉である公爵夫人の雷が落ちるまでコイツの求愛は止まらなかった。

 男女を問わず魅了する蜂蜜のように甘い美貌にしなやかな体躯、頭が良くて武勇にも秀でている。脳筋武人のわしと違い、清濁を併せ飲みまつりごとの海も自在に泳ぐ。
 これで男色家でさえなければクレープス伯爵家も安泰なのですけれどね、とコイツの姉には溜息をつかれたものだ。
 わしのせいでないことはちゃんと理解してくれたので良かったが。

「この体はゲルトルーデのものじゃ。すぐに孫娘へ返す」
「では御大。もし十年経ってもゲルトルーデ様ご自身がお戻りにならないときは、僕と結婚していただけないでしょうか? 事情を知らぬほかの男に抱かれるなどお嫌でしょう? 当然僕もそれまでの十年間は身を慎み、潔斎させていただきます」

 わしが自分の意思でゲルトルーデの体に宿っているわけでなく、どうすれば孫娘の心が戻ってくるのかもわかっていないことくらい、頭の回るクレープス伯爵家当主のヘルベルトにはお見通しのようだ。

「そんな約束をして、わしになんの得がある?」
「御大は、僕にゲルトルーデ様の後見人になれとご命じにいらしたのではないですか? もちろん御大のご命令に逆らうつもりはございませんが、十年後のご褒美を誓っていただけるなら、ゲルトルーデ様とシュタインボック辺境伯家のために尽くす張り合いが出るというものでございますよ」

 彼はニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。
 全然その気がなくても背筋に甘い雷が走る危険な表情だ。
 低くて耳に心地良い声で、歌うように言葉を続ける。

「ベティーナ様へ求婚して断られたのを根に持って回りくどい嫌がらせをしてきた侯爵家の莫迦も、娘に股を開かせるしか能のない男爵家も、次男の躾も出来ずに出荷しておきながら婿入り先にたかり続けた子爵家も、残らず僕がお仕置きいたしましょう」
「……」

 明日をも知れぬ傭兵団の中では男同士女同士の恋人も珍しいものではなかった。
 でもなあ、なんかコイツは違うんじゃよなあ。
 同性が対象でも異性が対象でも、行為自体が異常でなくっても、なぁーんかコイツ……変態な気がするんじゃよなあ。

 とはいえ、わしがここを訪れたのはそのためじゃ。
 わし本人の体なら、ゲルトルーデのために差し出しても構わないのじゃが。あんな皺くちゃの年寄り熊の体でも喜びそうなところが怖いのう。
 ……早急にゲルトルーデの心が戻ることを祈るしかない。

「よかろう。しかし文書は残せぬぞ」
「ええ、口約束で結構です。御大は嘘をおっしゃる方ではありません。それに、将来僕のものになるということでゲルトルーデ様を妙な目で見るものが出てもいけない」
「そうじゃな」

 わしは頷いた。
 クレープス伯爵ヘルベルトは男色家であることを隠していない
 独身のため妻の実家に頼ることは出来ない彼の政治力は、男友達に支えられている……ということになっている。お盛んなのは確かじゃが、男友達に頼らねばなにも出来ない男ではない。というか、お盛んなのはわしを諦めたからではなかったのか?

「ですので、僕の甥っ子と婚約しておいてください。ああ、第三王子と側妃のことはお気になさらず。適当に片付けておきます」
「うむ。貴様の甥っ子と言うのは公爵家の次男のほうだな?」
「上の子は公爵家を継ぐ予定ですからね。次男のアレクサンダーは、まあ、莫迦ですけれど悪い莫迦ではありません。御大がお望みなら上の子にしますよ」
「いや、そのアレクサンダーで構わん」

 妙齢の貴族家跡取り令嬢に婚約者がおらぬのも、いろいろ面倒な事態を引き起こすからのう。
 ……もし十年間ゲルトルーデの心が戻らなかったら、ヘルベルトは自分の甥っ子をどうするつもりじゃろうか。
 一瞬頭に浮かんだ疑問は、わしの心の安寧のためにもしまっておくことにした。代わりにべつの質問を口にしてみる。

「そう言えば貴様、女も大丈夫なのか?」
「魂さえ御大ならば、たとえ魔獣であろうとも。……それはそうと御大、おみ足に口付けしてもよろしいでしょうか?」
「蹴り殺すぞ」
「御大に蹴り殺されるのならば本望でございます」

 なんじゃコイツ怖い。
 今の状態で出来る手続きを全て済ませてから、わしはクレープス伯爵家を去った。
 ゲルトルーデの体に入ったまま、可愛い孫娘の心が戻るよう祈りながら眠りに就いたわしは、そのまま二度と目覚めることはなかった。

 あ、ゲルトルーデの体で、という意味で、わしの意識が消えたゲルトルーデの体は、本人の心を宿して翌朝目覚めたぞ。……十年経つ前で良かった、本当に良かった。
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