貴方でなくても良いのです。

豆狸

文字の大きさ
3 / 7

第三話 婚約破棄

しおりを挟む
「彼女は、貴方でなくても良いのです!」

 卒業も近いある日、学院の中庭で私は叫んでしまいました。
 叫んだ相手は私の婚約者カルロス王太子殿下です。
 殿下のお隣には隣国からの留学生、男爵令嬢のペサディリャ様がいます。

 私達三人の周りにはだれもいませんが、少し離れたところには学院の生徒や教員達がいて様子を窺っていました。
 周囲の憐れみの視線や囁き声にもすっかり慣れました。
 男爵令嬢が我が国に留学して来てからというものの、殿下は彼女に付きっきりだったのですもの。

「彼女はお金と爵位を持っていると見ると、婚約者のいらっしゃる殿方であっても擦り寄って行きます。最終的にこの王国で一番身分の高い貴方に狙いを定めたのに過ぎません。そもそも隣国を追い出されたのだって、向こうで婚約者のいる男性に擦り寄って自分の婚約者に婚約を破棄されたからですわ!」

 こんなことを言いたくはありません。
 言いたくはないのに、殿下に肩を抱かれた彼女の勝ち誇った顔を見ていると、次から次へと唇から悪口雑言が飛び出してきます。
 貴族令嬢のすることではありません。彼女の言動に対する私の注意を意地悪だと殿下に吹き込んだ男爵令嬢と、どちらが見苦しいでしょうか。

 男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、先ほど私を咎めた殿下が眉間に皺を寄せています。

「軽蔑するぞ、パトリシア。自分の罪を認めないだけでなく、根も葉もないことで他人を貶めるだなんて。……君は王家の妃には相応しくない。俺は君との婚約を破棄する」

 殿下がそうおっしゃった瞬間、男爵令嬢の赤い唇の端が上がりました。
 もちろん隣にいる殿下の目には入っていないことでしょう。
 殿下の瞳、緑色の……大陸の南にあるこの王国の美しく豊かな森、人々に恵みを与えてくれる自然を思わせるその瞳が好きでした。だけど今、そこには私への嫌悪と侮蔑しか灯っていなかったのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 学院の授業が終わって王都の侯爵邸へ戻ると、兄グレゴリオに迎えられました。

「お帰り、パトリシア」

 北にある隣国ほどではありませんが、十年前の大寒波では我が国も被害を受けました。
 一番被害が大きかったのは、隣国との国境に接した我が侯爵領です。
 先代当主夫婦だった私の両親は、農民を大寒波で喪ったことで荒れ果てた農地の再開発に数年かけて励んだあと、跡取りに残りを託して儚くなりました。

 その跡取りが、私のふたつ年上の兄です。
 まだ十五歳で今の私よりも幼かったのに、当主に就任した兄は見事に役目を果たし、私を王太子殿下の婚約者として育てあげてくださいました。
 両親の死で王家との婚約継続が危ぶまれる中、カルロス殿下を慕う私のため、兄は周囲を説得してくださったのに……

「少し話が……どうしたんだい? 学院で殿下と喧嘩でもしたの?」

 侯爵家当主の兄が領地を離れて王都にいるのは私のためでした。
 私と殿下の正式な結婚は学院卒業から一年後の予定でしたが、それまでの一年は王宮で花嫁修業をすることになっていました。
 学院卒業までの日々を兄妹水入らずで過ごしたいと言って、兄は領地の代官に手紙で指示を送りながら、王都で私と暮らしているのです。

「……婚約破棄、されてしまいました」
「それは……」
「学院の中庭で、周囲に生徒や教員達がいる状態で王太子殿下が宣言なさいました。簡単に取り消すことは出来ないでしょう」
「学院には他国からの留学生もいるからね」
「はい。すぐに本国へ報告したことでしょう」

 兄グレゴリオも隣国の学園へ短期留学していたことがあります。
 国の将来を担う優秀な若者は他国の雰囲気を知っておかなくてはなりません。
 若き侯爵として、王太子の婚約者の兄として多忙な中の留学だったにもかかわらず、生涯忘れられないくらい素晴らしい日々だったと教えてくださいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

相手不在で進んでいく婚約解消物語

キムラましゅろう
恋愛
自分の目で確かめるなんて言わなければよかった。 噂が真実かなんて、そんなこと他の誰かに確認して貰えばよかった。 今、わたしの目の前にある光景が、それが単なる噂では無かったと物語る……。 王都で近衛騎士として働く婚約者に恋人が出来たという噂を確かめるべく単身王都へ乗り込んだリリーが見たものは、婚約者のグレインが恋人と噂される女性の肩を抱いて歩く姿だった……。 噂が真実と確信したリリーは領地に戻り、居候先の家族を巻き込んで婚約解消へと向けて動き出す。   婚約者は遠く離れている為に不在だけど……☆ これは婚約者の心変わりを知った直後から、幸せになれる道を模索して突き進むリリーの数日間の物語である。 果たしてリリーは幸せになれるのか。 5〜7話くらいで完結を予定しているど短編です。 完全ご都合主義、完全ノーリアリティでラストまで作者も突き進みます。 作中に現代的な言葉が出て来ても気にしてはいけません。 全て大らかな心で受け止めて下さい。 小説家になろうサンでも投稿します。 R15は念のため……。

わたしの婚約者なんですけどね!

キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は王宮精霊騎士団所属の精霊騎士。 この度、第二王女殿下付きの騎士を拝命して誉れ高き近衛騎士に 昇進した。 でもそれにより、婚約期間の延長を彼の家から 告げられて……! どうせ待つなら彼の側でとわたしは内緒で精霊魔術師団に 入団した。 そんなわたしが日々目にするのは彼を含めたイケメン騎士たちを 我がもの顔で侍らかす王女殿下の姿ばかり……。 彼はわたしの婚約者なんですけどね! いつもながらの完全ご都合主義、 ノーリアリティのお話です。 少々(?)イライラ事例が発生します。血圧の上昇が心配な方は回れ右をお願いいたします。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

恋人が聖女のものになりました

キムラましゅろう
恋愛
「どうして?あんなにお願いしたのに……」 聖騎士の叙任式で聖女の前に跪く恋人ライルの姿に愕然とする主人公ユラル。 それは彼が『聖女の騎士(もの)』になったという証でもあった。 聖女が持つその神聖力によって、徐々に聖女の虜となってゆくように定められた聖騎士たち。 多くの聖騎士達の妻が、恋人が、婚約者が自分を省みなくなった相手を想い、ハンカチを涙で濡らしてきたのだ。 ライルが聖女の騎士になってしまった以上、ユラルもその女性たちの仲間入りをする事となってしまうのか……? 慢性誤字脱字病患者が執筆するお話です。 従って誤字脱字が多く見られ、ご自身で脳内変換して頂く必要がございます。予めご了承下さいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティのお話となります。 菩薩の如き広いお心でお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...