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第三話 婚約破棄
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「彼女は、貴方でなくても良いのです!」
卒業も近いある日、学院の中庭で私は叫んでしまいました。
叫んだ相手は私の婚約者カルロス王太子殿下です。
殿下のお隣には隣国からの留学生、男爵令嬢のペサディリャ様がいます。
私達三人の周りにはだれもいませんが、少し離れたところには学院の生徒や教員達がいて様子を窺っていました。
周囲の憐れみの視線や囁き声にもすっかり慣れました。
男爵令嬢が我が国に留学して来てからというものの、殿下は彼女に付きっきりだったのですもの。
「彼女はお金と爵位を持っていると見ると、婚約者のいらっしゃる殿方であっても擦り寄って行きます。最終的にこの王国で一番身分の高い貴方に狙いを定めたのに過ぎません。そもそも隣国を追い出されたのだって、向こうで婚約者のいる男性に擦り寄って自分の婚約者に婚約を破棄されたからですわ!」
こんなことを言いたくはありません。
言いたくはないのに、殿下に肩を抱かれた彼女の勝ち誇った顔を見ていると、次から次へと唇から悪口雑言が飛び出してきます。
貴族令嬢のすることではありません。彼女の言動に対する私の注意を意地悪だと殿下に吹き込んだ男爵令嬢と、どちらが見苦しいでしょうか。
男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、先ほど私を咎めた殿下が眉間に皺を寄せています。
「軽蔑するぞ、パトリシア。自分の罪を認めないだけでなく、根も葉もないことで他人を貶めるだなんて。……君は王家の妃には相応しくない。俺は君との婚約を破棄する」
殿下がそうおっしゃった瞬間、男爵令嬢の赤い唇の端が上がりました。
もちろん隣にいる殿下の目には入っていないことでしょう。
殿下の瞳、緑色の……大陸の南にあるこの王国の美しく豊かな森、人々に恵みを与えてくれる自然を思わせるその瞳が好きでした。だけど今、そこには私への嫌悪と侮蔑しか灯っていなかったのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
学院の授業が終わって王都の侯爵邸へ戻ると、兄グレゴリオに迎えられました。
「お帰り、パトリシア」
北にある隣国ほどではありませんが、十年前の大寒波では我が国も被害を受けました。
一番被害が大きかったのは、隣国との国境に接した我が侯爵領です。
先代当主夫婦だった私の両親は、農民を大寒波で喪ったことで荒れ果てた農地の再開発に数年かけて励んだあと、跡取りに残りを託して儚くなりました。
その跡取りが、私のふたつ年上の兄です。
まだ十五歳で今の私よりも幼かったのに、当主に就任した兄は見事に役目を果たし、私を王太子殿下の婚約者として育てあげてくださいました。
両親の死で王家との婚約継続が危ぶまれる中、カルロス殿下を慕う私のため、兄は周囲を説得してくださったのに……
「少し話が……どうしたんだい? 学院で殿下と喧嘩でもしたの?」
侯爵家当主の兄が領地を離れて王都にいるのは私のためでした。
私と殿下の正式な結婚は学院卒業から一年後の予定でしたが、それまでの一年は王宮で花嫁修業をすることになっていました。
学院卒業までの日々を兄妹水入らずで過ごしたいと言って、兄は領地の代官に手紙で指示を送りながら、王都で私と暮らしているのです。
「……婚約破棄、されてしまいました」
「それは……」
「学院の中庭で、周囲に生徒や教員達がいる状態で王太子殿下が宣言なさいました。簡単に取り消すことは出来ないでしょう」
「学院には他国からの留学生もいるからね」
「はい。すぐに本国へ報告したことでしょう」
兄グレゴリオも隣国の学園へ短期留学していたことがあります。
国の将来を担う優秀な若者は他国の雰囲気を知っておかなくてはなりません。
若き侯爵として、王太子の婚約者の兄として多忙な中の留学だったにもかかわらず、生涯忘れられないくらい素晴らしい日々だったと教えてくださいました。
卒業も近いある日、学院の中庭で私は叫んでしまいました。
叫んだ相手は私の婚約者カルロス王太子殿下です。
殿下のお隣には隣国からの留学生、男爵令嬢のペサディリャ様がいます。
私達三人の周りにはだれもいませんが、少し離れたところには学院の生徒や教員達がいて様子を窺っていました。
周囲の憐れみの視線や囁き声にもすっかり慣れました。
男爵令嬢が我が国に留学して来てからというものの、殿下は彼女に付きっきりだったのですもの。
「彼女はお金と爵位を持っていると見ると、婚約者のいらっしゃる殿方であっても擦り寄って行きます。最終的にこの王国で一番身分の高い貴方に狙いを定めたのに過ぎません。そもそも隣国を追い出されたのだって、向こうで婚約者のいる男性に擦り寄って自分の婚約者に婚約を破棄されたからですわ!」
こんなことを言いたくはありません。
言いたくはないのに、殿下に肩を抱かれた彼女の勝ち誇った顔を見ていると、次から次へと唇から悪口雑言が飛び出してきます。
貴族令嬢のすることではありません。彼女の言動に対する私の注意を意地悪だと殿下に吹き込んだ男爵令嬢と、どちらが見苦しいでしょうか。
男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、先ほど私を咎めた殿下が眉間に皺を寄せています。
「軽蔑するぞ、パトリシア。自分の罪を認めないだけでなく、根も葉もないことで他人を貶めるだなんて。……君は王家の妃には相応しくない。俺は君との婚約を破棄する」
殿下がそうおっしゃった瞬間、男爵令嬢の赤い唇の端が上がりました。
もちろん隣にいる殿下の目には入っていないことでしょう。
殿下の瞳、緑色の……大陸の南にあるこの王国の美しく豊かな森、人々に恵みを与えてくれる自然を思わせるその瞳が好きでした。だけど今、そこには私への嫌悪と侮蔑しか灯っていなかったのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
学院の授業が終わって王都の侯爵邸へ戻ると、兄グレゴリオに迎えられました。
「お帰り、パトリシア」
北にある隣国ほどではありませんが、十年前の大寒波では我が国も被害を受けました。
一番被害が大きかったのは、隣国との国境に接した我が侯爵領です。
先代当主夫婦だった私の両親は、農民を大寒波で喪ったことで荒れ果てた農地の再開発に数年かけて励んだあと、跡取りに残りを託して儚くなりました。
その跡取りが、私のふたつ年上の兄です。
まだ十五歳で今の私よりも幼かったのに、当主に就任した兄は見事に役目を果たし、私を王太子殿下の婚約者として育てあげてくださいました。
両親の死で王家との婚約継続が危ぶまれる中、カルロス殿下を慕う私のため、兄は周囲を説得してくださったのに……
「少し話が……どうしたんだい? 学院で殿下と喧嘩でもしたの?」
侯爵家当主の兄が領地を離れて王都にいるのは私のためでした。
私と殿下の正式な結婚は学院卒業から一年後の予定でしたが、それまでの一年は王宮で花嫁修業をすることになっていました。
学院卒業までの日々を兄妹水入らずで過ごしたいと言って、兄は領地の代官に手紙で指示を送りながら、王都で私と暮らしているのです。
「……婚約破棄、されてしまいました」
「それは……」
「学院の中庭で、周囲に生徒や教員達がいる状態で王太子殿下が宣言なさいました。簡単に取り消すことは出来ないでしょう」
「学院には他国からの留学生もいるからね」
「はい。すぐに本国へ報告したことでしょう」
兄グレゴリオも隣国の学園へ短期留学していたことがあります。
国の将来を担う優秀な若者は他国の雰囲気を知っておかなくてはなりません。
若き侯爵として、王太子の婚約者の兄として多忙な中の留学だったにもかかわらず、生涯忘れられないくらい素晴らしい日々だったと教えてくださいました。
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